絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

7 件中 1 - 7 件表示
カバー画像

そのやさしさが、少しだけ苦しかった。

夜の空気は、思っていたより静かだった。さっきまで残っていた夕焼けの色は、もうほとんど消えている。街灯の下。悠真は、少しだけ立ち止まっていた。ポケットの中のスマホ。さっきのやりとりが、まだ残っている。「……ゆうまのおばかさん」小さく、息を吐く。(ほんとだよな)誰にも聞こえない声で、つぶやく。歩き出す。でも。さっきとは、少しだけ違う。前に進んでいる感じがした。――その頃。凪は、もう家の近くまで来ていた。同じ帰り道。でも。今日は、少しだけ長く感じる。歩くたびに、思い出してしまう。「なんかあった?」あの声。やさしかった。でも。そのやさしさが、少しだけ苦しかった。(どうして、そんなふうに聞くの)心の中で、小さくつぶやく。(気づいてるくせに)歩くスピードが、少しだけ落ちる。家の前の角。いつもなら、そのまま曲がる。でも。今日は、足が止まる。振り返る。誰もいない。当然なのに。少しだけ、胸がきゅっとなる。(来るわけ、ないよね)わかってる。わかってるのに。ほんの少しだけ、期待してしまった自分に気づく。凪は、目を伏せる。そのとき。遠くで、足音がした。凪は顔を上げる。夜の中。街灯の明かりの向こう。誰かが、こっちに向かって歩いてくる。心臓が、少しだけ速くなる。でも。その姿がはっきり見えた瞬間。凪は、少しだけ安心して、少しだけ寂しくなった。「……あれ?」聞き慣れた声。クラスメイトの男子だった。柔らかい雰囲気の。いつも、無理に話しかけてこないタイプ。「凪、だよね?」凪は、小さくうなずく。「うん。」その男子は、少しだけ笑った。「こんな時間に珍しいね。」「……ちょっと、遅くなっちゃって。」自然に会話が続く。気を
0
カバー画像

二人で並んで歩いていることが嬉しい。

放課後の教室を出て、昇降口へ向かう途中、窓の外が少し暗くなっていることに気づいた。さっきまで差していた夕陽は、厚い雲に隠れ始めている。「雨降りそうだね」陽菜が言う。凪も空を見る。確かに朝は晴れていたのに、いつの間にか雲が増えている。校門を出た頃だった。ぽつ。小さな雨粒。そして、もう一粒。「あ」陽菜が空を見上げる。次の瞬間、雨が少しずつ強くなり始めた。「急にきたね」陽菜が鞄から折りたたみ傘を取り出す。ぱっと開く。そして、何の迷いもなく言った。「入る?」凪の心臓が跳ねる。「え」「風邪ひくよ」陽菜は当たり前みたいに言う。凪は頷くしかなかった。傘に入る。距離が近い。近すぎる。肩が触れそうになる。雨の音が聞こえる。車の音も。人の話し声も。なのに、凪の耳には、自分の心臓の音ばかり響いていた。「狭くない?」陽菜が聞く。「だ、大丈夫」全然大丈夫じゃない。でも、そう言うしかない。陽菜は少し笑った。その横顔を見た瞬間、凪は慌てて前を見る。雨は少しずつ強くなっていく。道端には、紫陽花が咲いていた。青。紫。雨粒をまとって、静かに揺れている。凪は思い出す。紫陽花は、ひとつの色じゃない。青にも見える。紫にも見える。見る場所によって、少しずつ違う。今の気持ちも、少し似ている気がした。友情なのか。憧れなのか。安心なのか。恋なのか。まだ分からない。でも、ひとつだけ分かることがある。二人で並んで歩いていることが嬉しい。この時間が終わってほしくない。その気持ちだけは、昨日よりもはっきりしていた。雨音が少し強くなる。紫陽花が揺れる。その時だった。陽菜がふと前を向いたまま言う。「ねえ」凪の胸が跳ねる。「ん?」少しだけ沈
0
カバー画像

……なんかあった?

夕焼けが、少しずつ色を深めていた。校舎の外に出ると、空気が少しだけ冷たくなる。三人は並んで歩いていた。でも。その並び方は、いつもと少し違う。凪は、ほんの少しだけ前を歩いていた。悠真は、その背中を見ている。陽菜は、その二人の間にある距離を感じていた。足音だけが、静かに続く。しばらくして、陽菜が口を開いた。「今日の実験さ、ちょっと難しかったよね。」明るい声。いつもの陽菜。凪は、少しだけ振り向く。「うん……そうだね。」笑う。でも。やっぱり、どこか遠い。悠真は、その笑顔を見て、目を細める。言葉が出てこない。出そうとして、止まる。何を言えばいいのか、わからない。三人でいるのに。どこか、うまく話せない。沈黙が、少し長くなる。そのとき。凪が、小さく言った。「わたし、こっちだから。」分かれ道だった。いつもの帰り道。でも。今日は、その分かれ道が、少し違って見える。陽菜が笑う。「そっか、じゃあまた明日ね。」「うん。またね。」凪は、軽く手を振る。そのまま、歩き出そうとする。その瞬間。「凪。」悠真が呼ぶ。凪の足が止まる。振り向く。夕焼けの光が、横顔を照らす。悠真は、少しだけ言葉を探してから言った。「……なんかあった?」凪は、一瞬だけ目を揺らす。でも、すぐに笑う。「なにもないよ。」やわらかい声。でも。その言葉は、少しだけ軽かった。悠真は、わかってしまう。なにもないわけがない。でも。それ以上、踏み込めない。言葉が、喉の奥で止まる。そのとき。陽菜が、二人を見ていた。静かに。何も言わずに。でも。確かに感じていた。「なにもない」じゃないことを。凪は、少しだけ視線をそらす。「じゃあ、またね。」今度こそ歩き出す。夕
0
カバー画像

『傘を二本、持ってきた理由』

雨の日は、好きじゃなかった。理由ははっきりしている。濡れるのが嫌とか、髪が乱れるとか、そんなことじゃない。――思い出してしまうからだ。中学の頃、仲が良かった子がいた。毎日一緒に帰って、他愛もないことで笑い合える、そういう存在だった。だけど、ある雨の日。その子は突然、転校してしまった。何も言わずに。帰り道、ひとりで傘をさして歩いた道が、今でも忘れられない。アスファルトに落ちる雨粒を見ながら、「傘なんて、もういらない」そう思ったのを、よく覚えている。それから私は、“言葉にならないもの” をノートに書くようになった。書いては破り、破ってはまた書いた。でも、一度だけ捨てられなかった手紙がある。“いつか、この想いを渡せたら” と思った。渡せないと分かっていながら。その手紙を、私はずっと持ち歩いている。だから――濡らしたくなかった。それが、傘を二本持ってきた理由。でも、昨日。あの人は、何も聞かなかった。理由も、事情も、詮索もしなかった。ただ、「……ありがとう」とだけ、言ってくれた。その声を聞いた瞬間、胸の奥に、あの頃とは違う雨が降った気がした。だから私は、帰り道にこう思った。――雨も悪くないかもしれない。今日は、少しだけ好きになれそうです。いつか、この手紙を渡せる日が来るなら――私はもう一度、雨の日を選ぼうと思う。泣いてもいいように。笑えるように。心を濡らしたのは、雨じゃない。抱えたままの手紙だった。
0
カバー画像

でも、心は言うことを聞かない

朝の教室は、いつもより静かに感じた。凪は席に着きながら、無意識に前の席を見てしまう。悠真の背中。昨日と同じはずなのに、どこか遠く見える。(気にしすぎ……だよね)そう思おうとするほど、胸の奥がざわつく。チャイムが鳴る直前、悠真が振り返った。一瞬、目が合う。凪の心臓が跳ねる。でも——悠真は、少し迷うような表情をしてから、何も言わずに前を向いてしまった。(……あ)ほんの一瞬の出来事なのに、胸がきゅっと縮む。休み時間。陽菜が悠真のところへ行くのが、視界に入る。「悠真くん、昨日寒くなかった?」明るい声。悠真は少し驚いたあと、笑った。「まあ、ちょっと」その笑顔に、凪の指先が冷たくなる。(私の知らない会話……)黒板を見つめながら、凪は深く息を吸った。(大丈夫。大丈夫……)でも、心は言うことを聞かない。放課後。今日は、凪は一人で帰る日だった。校門を出ると、空気がひんやりとしていて、昨日よりも寒く感じる。歩きながら、ふと足を止めてしまう。——ここ。昨日、悠真と別れた場所。(また、立ち止まってる……)自分でも苦笑いしてしまう。何かあったわけじゃない。誰かに傷つけられたわけでもない。それなのに。(どうして、こんなに苦しいんだろう)スマホを取り出す。メッセージは、何も来ていない。送る理由も、ない。凪はそっと画面を消した。空を見上げると、小さな雪が、ちらちらと舞い始めていた。(あの日みたい……)まだ、楽しかった記憶の方が新しいのに、それがもう遠いものみたいに感じてしまう。「……戻れないのかな」小さくこぼれた言葉は、雪に吸い込まれて消えた。凪は歩き出す。足元で、雪が静かに音を立てる。その音だけが、今の自分
0
カバー画像

変わるのが怖いって、本気で誰かを想ってる証拠だよ

金曜日の帰り道。学校の裏門から続く並木道は、冬の気配をまとった風が通り抜けていた。歩幅は自然と揃っていて、凪と悠真の影は、時々重なっては離れ、また寄り添う。「今日は……ありがとう」凪がぽつりと呟くと、悠真はゆっくり首を振った。「俺の方こそ。 凪に名前呼ばれたの、ずっと反芻してた」「反芻って……牛みたい」凪が笑うと、悠真も照れたように笑った。「でも、本当に……やばかった。 呼ばれた瞬間、 心臓おかしくなったかと思った」(そんなふうに言われると、     またドキドキするよ……)風が二人の間をすり抜け、冬の匂いだけを残していく。ふと、凪の髪が風に揺れて、頬にふわりとかかった。悠真が自然に手を伸ばし、 軽く払い落とそうとした――その瞬間。指先が、ほんの一瞬だけ触れた。「……っ」触れたと言えるほどの強さでも、握ったと言えるほどの距離でもない。ただ、指先の温度が、胸の奥まで届いてしまう“瞬間”。悠真は、そのまま少し固まった。「ご、ごめん……!  今の、勝手に……!」「ち、違……びっくりしただけ……!」凪も顔が熱くなり、手をぎゅっと握りしめた。(触れたいなんて思ってなかった……  でも、触れられた瞬間……      嫌じゃなかった……)むしろ。心臓の高鳴りが止まらなかった。並木道の出口が見えてきたころ、悠真が息を整えながら話し始めた。「ねぇ凪。 俺、ひとつだけ言っていい?」「……なに?」夕暮れの光の中、悠真の横顔は少しだけ真剣だった。「俺、凪に触れるの……すごく怖い。 凪が嫌がったらどうしようとか、 嫌われるかもしれないとか……」凪は思わず立ち止まった。悠真も歩みを止め、こちらを向く。「で
0
カバー画像

晴れた日の影みたいにやわらかかった

土曜日の午後。湿り気を含んだ風が、校庭の端をゆっくり通り抜けていく。凪は部活後のプリント整理のために教室へ戻り、机の上の山を前に小さくため息をついた。ふと、廊下側の扉が開き、真帆が顔をのぞかせる。「凪……今日、時間ある?」その声は、どこか慎重だった。いつも勢いのある真帆が、こんな声を出すのは珍しい。「うん、あるよ」真帆は凪の机の前に立つと、しばらく指先をいじりながら言った。「この前さ、“全部ダメ”って言った時…… 凪、ほんとはイヤじゃなかった?」――ドキッ。(……気づいてたんだ)凪は言葉を探した。でも、正直に伝えようとすると、胸がざわつく。「イヤ、っていうか……   ちょっとだけ苦しくなったかな」凪がゆっくり言うと、真帆の表情が一瞬固まった。「そっか……ごめん」謝られると、凪の胸が反対に少し痛んだ。(謝ってほしいわけじゃなかったんだよ……)凪は慌てて続けた。「真帆が悪いんじゃないよ。   ただ、聞きながら自分が   いなくなっていくような感じがして…… それが怖かっただけ」真帆はしばらく黙った。その沈黙は、以前みたいに不安な沈黙じゃなく、“考えている沈黙”だった。「ねぇ凪。 私、いつも言いたいことを  一気に言っちゃうけど…… 凪がどんなふうに聞いてるかって、   あんまり考えてなかったかも」凪は驚いた。真帆がこんなふうに“自分の内側”を話すのは、初めてだったから。「ねぇ、これからさ…… お互い、しんどいときは言っていい?」「うん」「聞けない日は、聞けないって言ってほしい」「私も、そうする」二人は小さく笑った。その笑顔は、前よりも優しく、前よりも素直だった。(本音を言うって、壊
0
7 件中 1 - 7