『ちいさなつぶと ふしぎなルールのおはなし』〜カタカムナのカガミにうつるセカイ〜
孫にシンクロニシティの基礎的なお話をしました。 孫「ねぇねぇジイジ!」 私「どうしたのかな?」孫「“そりゅうし”ってなに?それと、“りょうし”って、どうちがうの?」私「おお、いい質問だねぇ。では…これはちょっとカガミの世界の話になるぞ。」私「たとえばね、この世界はぜ〜んぶ、“アマ”というエネルギーの海からできているとしよう。」孫「え?うみ?エネルギー?私「そう。カタカムナでは、見えないけど、すべてを生み出すモトの“アマ”というものがあると考えるんだ。このアマが、“つぶつぶ”になって現れる。
それが…“イツノタマ”――つまり、“素粒子”じゃよ。」孫「ふ〜ん……つまり、アマがつぶつぶになったら、素粒子なんだね!」私「そう!カタカムナではこの“イツノタマ”が、すべてのハジマリ。宇宙も星も人も、ぜんぶ、この“つぶ”からできているんだ。」孫「じゃあ、“りょうし”ってなあに?」私「うん、“量子”というのはね、その“つぶ”たちが動いたり、光ったり、消えたり、また現れたり……そういうふしぎなルールのことなんじゃ。」孫「ルール?…運動会のルールとか?」私「あはは、そうそう、いい例えじゃ!たとえば、フツウの世界では、モノはポンと飛んだり、消えたりしないだろう?
でもね、つぶつぶの世界では……あるときは波、あるときは粒、そして“同時にいくつもの場所にいる”なんてことも起きるんじゃ。」孫「えええっ!?そんなのズルい!」私「ズルく見えるかもしれんが、それがアマの本質なのだ。見えない世界では、“全部がつながっていて、同時にうつしあっている”。
それをカタカムナでは“カガミのうつし”“ウツシミ”と呼ぶんじゃ
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