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しあわせかぞく 第2場面 / 第1話

ぼくはともちゃん。ぼくはいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。 ぼくは、(といっても、もうすぐ64歳の誕生日をむかえるおじいさん。ぼくには、孫が一人いるから正真正銘のおじいさんなんだ)おとといの日曜日から体調をくずしてしまって塾の仕事を休んでいる。お医者さんの診断では、コロナでもインフルエンザでもないらしいけれど、厄介なことに嫁さんもインフルで熱を出してる。ぼくも嫁さんも、今日あたりは熱も引いてしんどいのが収まってきたけれど、塾の仕事はもう数日休まなければならないみたいだ。 ぼくは、気が向いたものには何でもすぐに飛びつく。AIとか量子力学だとか、世間で流行ったころに飛びつくのがぼくの気質のよう。でも、そんなぼくでもずーっと続けていることがある。塾の仕事は41周年になる。それから『中3物語』も書き始めて10年以上がたつ。 『中3物語』はぼくのブログだけれど、一般の人には読みづらいところもあるから出版には向いていないと思う。けれどこの病気の休み期間に、ぼくはいいことを思いついてまた飛びついてしまったのだ。それがこの「第2場面」のお話なんだ。 ***********************************                                                2015年2月25日                     学習塾リバティ 木村友彦 中3物語/ナビゲーション 「子どもの内界」  人間はだれでも心の世界をもっています。心に恋人ができたことを想像してみてください。きっと毎日の生活がうきうきして
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しあわせかぞく 第1話

ぼくはともちゃん。ぼくはいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。ママは明るく優しい人なんだけれど怖くしかることもあった。パパは自由な人でいつでもぼくの味方をしてくれた。パパは小学校の時には野球を教えてくれた。ぼくには二つ下の弟のげんちゃんがいた。げんちゃんはいつのまにかいた。ぼくが気がつかないうちにいつのまにか弟だった。ぼくはいつもげんちゃんとけんかした。げんちゃんは小さいくせにいつもぼくと張りあって、ぼくはきっとママを独占したかったんだと思う。張りあうげんちゃんをじゃまに思っていたのかもしれない。小さいころ、夏休みに市営プールへ行った。同い年の友だちとぶくぶく水の中に潜っていられる時間をきそってるぼくの横で、げんちゃんもぶくぶくやっていた。負けたくないげんちゃんはもう息がつまっちゃっても水から顔をあげなかった。ママはげんちゃんを水から引っ張り上げて「ほら息しなさい!」て大きな声で言ったっけ。『しあわせかぞく』はまた書きます。
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しあわせかぞく 第5話/完結編

ぼくはともちゃん。ぼくはいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。ママもパパも年老いて、帰省したお盆休み。ぼくはもう46年も47年も音信不通で失礼していた中学時代のみんなとここ2年ぐらいで会うようになっていて、このお盆休みも同窓会を4つも予定していたんだ。家族との時間ももちろんあったんだけど、同窓会に出かけるぼくを「先に寝てるからね」と送り出してくれるママ。「自由にしていいんだ」と声をかけてくれるパパ。同窓会でみんなと会ってただでさえ気分が高揚しているのに優しい家族。ぼくはもう気持ちがいっぱいになっちゃうんだ。人間て「感じる」んだよね。「わかる」んだよね。機械じゃないんだよね。中国や北やプーチンが攻めてきたって「ぼく」は平気でいられる。みんな殺されちゃって死んじゃって、困るかもしれないけれど「ぼく」は平気でいられる。だってみんな正しく生きたんだもん。守ってくれなくていい。自分で闘うよ。ぼくの武器は<平和>なんだ。
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しあわせかぞく 第3話

ぼくはともちゃん。ぼくはいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。中学の頃だったかな。二宮のおばあちゃんのうちに一人で泊まることになっていた。野球部の試合か何かでおばあちゃんのうちについたのは夜遅い時間だった。ぼくはなんでだかそおーっとしなきゃと思って玄関の引き戸をそおーっと開けた。こんばんはもただいまも言っちゃいけないような気分になっていた。居間からはテレビの音やみんなの気配がある。けれど、そおーっとしなきゃいけないような、今さらただいまも言えないような、そんな気分でしかたなく、居間の障子をそおーっと開けた。みんな驚いたけれど、ともちゃんてそーゆー子だったんだ。
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しあわせかぞく 第2話

ぼくはともちゃん。ぼくはいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。ぼくが小さいころ、ぼくのうちにはくりちゃんという犬がいた。くりちゃんは雑種でうすい茶色で、目がくりくりしているとても人懐こい犬だった。友だちと遊ぶときもくりちゃんは一緒にいることが多かった。ある夕方、友だちと遊んだ帰り道。向こうからちょっと色は濃くて大きいけれど、くりちゃんそっくりの犬が来た。くりちゃんは頭を低くして尻尾をぐるぐる振り回しながらその犬に近づいて行った。あとでわかったことなんだけれど、その大きい犬はくりちゃんのお姉さんだったらしいんだ。うちへもらわれてくるまでのほんの短い時間しかお姉さんと一緒には暮らしていなかったはずなのに、くりちゃんにもちゃんとわかるんだね。くりちゃんが死んだとき、ぼくは泣くのが怖くてくりちゃんに会えなかったんだ。弟のげんちゃんが泣きながらママと一緒にくりちゃんを埋めてくれたんだ。建て替えた今の家の庭にまだ埋まってる。悲しみは悲しみでいい。でも、悲しみは苦しみと一緒じゃだめだよ。今夜は終戦記念の夜なんだ。
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しあわせかぞく 第4話

ぼくはともちゃん。ぼくは幼少時はいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。幼少のころはいい子ちゃんだったのだけれど、中学高学年から高校生の頃、いわゆる思春期は、元来の内弁慶の性格がムクムク出てきて、ママとしゃべらないことの多い日々だった。いい子ちゃんで育った分、ママの側も、成長して思春期を迎えた長男にどう接したらいいのかわからなかったんだと思う。いい子ちゃんを扱うように接しられたら、まーふつう中学生男子は反発するんだろう。ぼくもふつうだった。でも、ママは苦しかったと思う。心の病気にまでなってしまったんだ。ぼくはぼくで、自分が苦しいから、ママのことなんか思いやることもせず、自分の世界で好きなように楽しい日々を過ごし、ただ家の中ではぶすくれていた。パパも悲鳴を上げた。「家の中が真っ暗じゃないかあ」。げんちゃんも思春期に差し掛かっていたしね。ぼくが大学へ入るとき、パパは仕事の都合でママと一緒に引っ越して、ぼくは学生時代を大阪で下宿生活を送ることになる。そのとたん、ママが恋しくなり、ママへの電話は63歳の今でも続いているんだ。勝手なもんだねまったく。でもママもパパもぼくとげんちゃんのことが大好きで、その反対も真実なんだ。
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しあわせかぞく 第2場面 第3話 完結編

ぼくはともちゃん。ぼくはいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。 ぼくは、30年前のあの明け方、ガタガタときたときのことをよく覚えている。もう30年か。ぼくの家の外壁ボードの継ぎ目には、今も目地にクラックが残っている。部屋の壁紙の継ぎ目にも跡がちゃんと残っている。幸いなことに、ぼくのうちではコップひとつ割れなかったのだけれど。 30年前のゴールデンウィークに、ぼくは生まれて初めてパソコンを買った。その頃はまだパソコン通信の時代で、インターネットは一般には普及していなかったんだ。そう。初めてのパソコンは Windows 3.1 だった。世の中がこんなに変わるだなんて、だれが予想しただろうね。 ぼくも、30年前のぼくとは比べ物にならないほどの経験をしてきた。経験を積まないでは、人は成長できないんだね。 若いころから持っていた理想を追いかけて、よくこんなところまでがんばってきたと、ぼくはぼくのことをほめてあげよう。山あり谷あり波風強かったよね。ぼくはぼくのことが嬉しいから、これからもがんばれると思うんだ。 ***********************************                                                 2015年5月20日                     学習塾リバティ 木村友彦 中3物語/ 「内界の状態は良好ですか?」  音楽でも絵画でも、その他の芸術でも、美しいものに触れることで心の状態が変わります。感動する。感銘を受ける。心が洗われる気持ちがする。  私は読む量が多い
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しあわせかぞく 第2場面 第2話

ぼくはともちゃん。ぼくはいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。 ぼくは、この日曜日ぐらいから体調をくずして、月曜日から塾の仕事を休ませてもらっている。土曜日ぐらいまで休むつもりなんだけれど、熱は下がり気分もはれている。体力が落ちていてしんどいのはしんどいのだけれど、そこはセンセ気性というか職業病というか、じっとしておれない。 で、昨日の夕方、小学6年のMNに四則混合計算のPDFファイルを送ったんだ。そしたらノートに計算式を書いて丸付したのを写メで返信してきたんだ。ペケもいっぱいだったけれど、途中のひっ算もいっぱい書いてあった。MNがんばったんだ。 ***********************************                                                 2015年4月20日                     学習塾リバティ 木村友彦 中3物語/ 「褒めることと意欲」 <引用>  先生は、授業の合間にいろいろな話を僕たちにした。たとえば、こんな話が印象に残っている。 「私はあなたたちに、人が悲しいときに寄り添ってあげる友だちよりも、その人が喜んでいるときに、よかったねと一緒に喜んであげられる友だちになってほしいな」  悲しんでいる人には誰でも慰めくらいはいえる。だが喜んでいる人には、人間はやきもちをやくものだ。そのとき心から一緒になって喜んであげられる友だちこそ、本当の友達だというのだ。  変わっているところをあげればきりがないほどだが、苅間澤先生がほかの先生といちばん違っていた
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