ぼくはともちゃん。
ぼくはいい子ちゃんで育った。ぼくはとてもはずかしがりで人見知りが今でもきつい。
ぼくは、この日曜日ぐらいから体調をくずして、月曜日から塾の仕事を休ませてもらっている。土曜日ぐらいまで休むつもりなんだけれど、熱は下がり気分もはれている。体力が落ちていてしんどいのはしんどいのだけれど、そこはセンセ気性というか職業病というか、じっとしておれない。
で、昨日の夕方、小学6年のMNに四則混合計算のPDFファイルを送ったんだ。そしたらノートに計算式を書いて丸付したのを写メで返信してきたんだ。ペケもいっぱいだったけれど、途中のひっ算もいっぱい書いてあった。MNがんばったんだ。
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2015年4月20日
学習塾リバティ 木村友彦
中3物語/
「褒めることと意欲」
<引用>
先生は、授業の合間にいろいろな話を僕たちにした。たとえば、こんな話が印象に残っている。
「私はあなたたちに、人が悲しいときに寄り添ってあげる友だちよりも、その人が喜んでいるときに、よかったねと一緒に喜んであげられる友だちになってほしいな」
悲しんでいる人には誰でも慰めくらいはいえる。だが喜んでいる人には、人間はやきもちをやくものだ。そのとき心から一緒になって喜んであげられる友だちこそ、本当の友達だというのだ。
変わっているところをあげればきりがないほどだが、苅間澤先生がほかの先生といちばん違っていたのは、とにかく子どもを褒めたことだろう。どんなに褒めるところがなさそうな子でも、何かよいところを見つけだして褒めた。いや本当は、よいところなど何もなくても褒めていたのかもしれない。
というのも、このぼく自身が信じられないほど褒められたからだ。
ある日の国語の時間、ぼくは自分で書いた詩を朗読していた。国語は自分としては苦手な科目ではなかったが、それは通知表の「がんばろう」の数が他の科目より少ないという程度のことで、自分の作文や詩を褒められたことなどそれまで一度もなかった。
ところが僕が詩を朗読し終えると、先生は目を見開いていったのである。
「なんてすてきな詩なの、セガショー!君って、詩の才能があるのね!」
僕はぽかんとして、先生の顔を見つめた。誰かほかの子どものことを褒めているのだろうと思ったほどだった。
しかし、先生に「セガショー」と呼ばれる人間はクラスにこの僕しかいない。
残念ながら、そのとき僕がどんな詩を書いたのかはもう忘れてしまった。だが、生まれて初めて自分の作品を褒められたときのあの気持ちを、僕は生涯忘れることはないだろう。
胸の中を突然、熱い血が通いはじめたようなあの感覚を。
先生は「ひろば」にも、
「瀬川君が朗読した詩は大変よかったです」
と、書いてくれた。
あれは夢じゃなかったんだ。
それを見て、僕は本当に褒められたのだと確認することができた。
しばらくたったある日、保護者面談のために学校へ行っていた母が帰ってくるなり、いつになく興奮した様子で僕を呼んだ。
「ショウ、ショウ!あなたの作文、あれ何?」
母は学校で僕が書いた作文を見せられて驚いたのだという。苅間澤先生に詩を褒められてから何日かあとで書いた作文だった。英語塾の教師をしていた母は、言葉にうるさい。だからというべきか、僕は母に文章を褒められたことは一度もなかった。
その母が、僕の作文に興奮していた。
「あなたって、あんなに作文が上手だったかしら!」
母は知らなかった。僕はもともと作文が上手なのではない。生まれて初めて書きたいと思って作文を書いた。書きたいという意欲が、母を驚かせるような作文を僕に書かせたのだ。
どんな才能の持ち主も、意欲がなければ決してそれを発揮することはできない。そもそも人にどんな能力があるかなど、誰にもわかることではない。ただひとつはっきりしているのは、意欲さえあれば、人はよい結果を残すことができるということだ。
苅間澤先生はそう考えていたのだと思う。
(瀬川晶司著「泣き虫しょったんの奇蹟より)
少し長い引用をさせていただきました。子どもたちと一緒に国語を勉強をしていると、強く印象に残る文章に出会うことが多くあります。この一節も、そんな文章の一つです。大阪府立高校の2008年の入学試験に採用されていました。
現実のところはまだまだ下手ですが、私もこんな先生になりたいなぁと思っているわけです。勉強を進めていくときに、子どもたちの意欲が引き出されるようにと、教材づくりや授業準備に明け暮れる毎日です。
高校進学のこと、将来のことについて話をする機会をご家庭でつくるといいですね。根気強く子どもに接していると、勉強するときに中から強い力が出てくるようになります。自分の勉強が進むようになります。学業不振や伸び悩みがある場合、子どもに接するときの考え方を、少し見なおしてみるのもいいかもしれません。いいところを見つけて、ほほ笑みかけてみませんか。
いつも塾生さんのことをそれぞれに考えています。どんなことでもご相談ください。一緒に方法を探しましょう。「いい高校受験だった」ときっと思っていただくことができるのではないか。皆さんにそんなふうに感じてもらえるよう、自分もまた一歩ずつ、子どもたちと一緒に進んでいきたいと考えています。
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ともちゃんは思う。どの子もお勉強が楽しく感じられるようになればいいのになあ。
MNも4年生のころからの塾生だ。最初はお勉強に手がつかない状態だったんだ。ぼくの話に耳を傾けてくれたかーちゃんがエラかったんだ。何度も個人懇談を重ねて、かーちゃんはMNに対する感覚を考え続けはったんだ。
子どもは正直だね。ちゃんと判るんだ。思春期を迎えつつあるMNだけど、お家では笑顔もでているようだし、何よりお勉強がちょっと楽しいかなと思える
ようになってきたんだ。
泣いちゃうくらいに嬉しいぼくなんだ。