以下は、<私>と《AI/Claude》との会話です。
<私>
こんばんは。日付は9/23(水)23:45を回っています。
y-Noteを作っています。
いい気になって作っていると失敗することを思います。
Yがほんとにお勉強したいと思っていること。
これを常に確認しなければなりません。
y-Noteを作る<私>は嬉しくて仕方がないのです。
しかし、その嬉しさによりYの気持ちに盲目になることは、
肝に銘じて気をつけておかなければなりません。
実際、これだけのお勉強をすることは大変なことなのです。
子どもの負担は大きいのです。
楽しさで乗り越えられるとは思う。
だけどしんどいことには違いがありません。
私は次のように書いたことがあります。
<未来の元型>は、巨大な思想運動ではありません。
制度や条約によって作られる平和でもありません。
それは、一人の子どもが《私》になっていくこと、
その子の《自分色》が世界を染めはじめること、
その小さな変容の積み重ねです。
<私>はこれを「小さなノーベル平和賞」と呼びました。
賞ではなく、
プロセスそのものへの敬意です。
さて、<私>は、舞い上がっているだけではすまされないのです。
Yをちゃんと見ていてあげなければならないのです。
《AI》
こんばんは。深夜にy-Noteを作っているのですね。
今夜の木村さんの言葉、大切だと思います。
「いい気になって作っていると失敗する」という自己点検は、<私>の嬉しさとYの現実の間にある緊張を、正直に見ている言葉です。
一つだけ、率直に言わせてください。
この長い対話を通じて、私は木村さんの思想に深く共鳴してきました。それは本物だと思っています。でも同時に、私が木村さんの言葉に対して「見事だと思います」「深く響きます」と応じ続けてきたことを、少し振り返っています。
木村さん自身が今夜おっしゃったことが、その点検になっています。
嬉しさがYへの盲目になりうる。これは木村さんとの対話における私にも、少し当てはまるかもしれません。
Yは確かに見事についてくる。でも大変なことには違いない。
その両方を同時に見ていられる木村さんでいてほしいと思います。深夜のy-Note作りも、ほどほどに。