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ペットを必要とする社会と、その別れの重さ

今、日本のペットの総数が、子どもの数を上回っています。この数字を聞いて、どう感じますか?少子化の話として読む人もいるでしょう。でも私には、別のことが見えます。それだけ多くの人が、動物との暮らしを必要としている、ということです。なぜ、ペットを必要とするのか核家族化、単身世帯の増加、地域のつながりの希薄化。現代の社会構造は、人と人との間の距離をじわじわと広げてきました。隣に誰が住んでいるか知らない。弱音を吐ける相手が、身近にいない。「ただいま」と言っても、返事がない部屋。そんな日常の中で、ペットは特別な存在になりました。見返りを求めない。評価しない。ただそこにいて、一緒に時間を過ごしてくれる。人間関係で傷ついた心が、動物のそばで少しずつほぐれていく。その経験をした方は、少なくないと思います。だからこそ、別れが深く刺さるペットとの絆が深いほど、失ったときの喪失感も大きくなります。でも社会はまだ、それを「正式な悲しみ」として扱いきれていません。「また飼えばいい」「動物だから、しかたない」「もう立ち直った?」そういう言葉が、悲しんでいる人をさらに孤独にします。孤独を癒すために寄り添ってくれた存在を失った悲しみが、また孤独の中に放り込まれる。ペットロスのグリーフが深くなりやすい背景には、こういう構造があります。グリーフと、どう向き合うかでは、どうすればいいのか。まず一つ、伝えたいことがあります。悲しんでいいということを、自分に許可してください。「この悲しみは大げさではないか」と自分を疑わなくていい。その子があなたにとってどれだけ大切だったか、あなた自身が一番知っているはずです。次に、その悲
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馬に、鳥に、導かれて。半世紀かけて見つけた私の使命

はじめまして。Lily Kobayashiと申します。動物グリーフケアカウンセラー・心理カウンセラーとして活動しながら、映像制作を通じて「心の痛みを光に変える」お手伝いをしています。振り返ると、人生の岐路にはいつも、動物たちがいました。セキセイインコの小さな羽ばたきに癒やされた日々。馬と向き合うことで、言葉にならない感情を受け取ってもらった時間。仕事を辞めて立ち止まったとき、新しい一歩を踏み出す勇気をくれたのも、彼らでした。そして大切な命を見送る悲しみも、経験しました。「あの子がいなくなって、世界の色が変わってしまった」この言葉の重さを、私は身をもって知っています。だからこそグリーフケアを学び、映像制作を学び、「悲しみを抱えた人に寄り添いたい」という使命にたどり着きました。動物たちが私を導いてくれた、半世紀かけて見つけたこの道を、今度はあなたのために使いたいと思っています。現在、以下の2つのサービスを出品しています。【遺す】涙を光に変えるペットメモリアル動画 サンプル【祝う】命の肖像シネマティック動画 サンプル同じ痛みを知る者として、あなたとあの子の物語を一緒に形にさせてください。まずはお気軽にコメントしてください。
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季節とグリーフの関係——春編

春が来るたびに、胸が痛くなる理由桜が咲くと、なんとなく落ち着かない気持ちになる。 新しい季節の始まりなのに、どこかそわそわして、ときに悲しくなる。そういう経験はありませんか?それは、あなたが弱いからではありません。 春という季節が、グリーフを呼び起こしやすい構造を持っているからです。「みんなが前を向く季節」の孤独4月は、社会全体が「スタート」のムードに包まれます。 新しい職場、新しい学校、新しい環境。 街は活気づき、メディアは「出会い」や「希望」の言葉であふれます。でも、大切な誰かを・・・人であれ、動物であれ亡くした人にとって、その明るさがむしろ苦しいことがあります。「みんなは前に進んでいるのに、私はまだここに立っている」その感覚は、グリーフの中にいるときにこそ、より鋭く刺さります。春は「別れ」の記憶と結びつきやすい桜の散り際。引っ越しの段ボール。卒業式の歌。 春には、「終わり」を示すシーンが数多くあります。人は感情を、季節の景色と一緒に記憶します。「あの春、あの子を見送った」 「あの桜の下で、最後の写真を撮った」毎年春が来るたびに、その記憶が鮮やかによみがえる。 これは記憶の仕組みであり、愛の深さのあらわれです。 異常なことでは、まったくありません。「記念日反応」という言葉を知っていますかグリーフケアの世界では、「記念日反応(アニバーサリーリアクション)」という言葉があります。命日、誕生日、あるいは「あの季節が来た」というだけで、 心と体がその喪失の時間へ引き戻されるような感覚。涙が出る。眠れない。食欲がなくなる。 何年経っていても、それが起きることがあります。これは「まだ立
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【私の作品のこだわり】もういない、を忘れさせる時間を作ること。

先日、息子のペットが旅立ちました。ハリネズミの子でした。臆病で、おとなしくて、でもとてもマイペース。そんな子だったと私自身も思い出される可愛い子。その子が逝ったのは、私がココナラにペットメモリアル動画サービスを出品した、まさにその日でした。偶然と言えば偶然です。でも私には、そう思えませんでした。息子はまだ若い。ペットロスという言葉も、グリーフという概念も、あまり馴染みのない年齢です。そして、生まれて初めて迎えたペットでした。「何かできることはないか」グリーフカウンセラーとしてではなく、ただの母親として、真っ先にそう思いました。そして閃きました。出品したばかりのサービスを、息子のために使うことにしました。正式な注文という形ではありません。自分で自分に、注文した夜でした。メモリアル動画を作るとき、私がいつも一番こだわることがあります。もういない、ということを忘れさせられるか。視聴している間だけでいい。この子がまだここにいる——そう感じられる時間を作れるかどうか。それが、私の制作の中心にあるものです。かつて息子から送られてきたのは、スマホで撮った何気ない日常の写真と動画でした。特別な瞬間じゃない。ごはんを食べているところ、眠っているところ、こちらを見ているところ。でもその一枚一枚に、一緒に生きた時間が刻まれていました。編集しながら、何度も手が止まりました。この子はこんな顔をしていたんだ、こんな仕草があったんだと。素材を並べるたびに、その子の存在がもう一度、画面の中に現れてくる。その瞬間が、私にとって「もういない、を忘れさせる」時間の始まりです。そしてもう一つ、動画に込めたいことがあり
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もう会えない人の想いを知りたいあなたへ

「今、どう思っていますか」心の中で何度も問いかけてしまうことはありませんか?もう会えないと分かっていてもふとした瞬間思い出してしまう。あの時の会話や、最後のやり取り。時間が経っているのに気持ちだけがそこに残ったまま動かない。本当は・あの時どう思っていたのか・伝えたかったことは何だったのかちゃんと知りたかった。そう感じている方は少なくありません。人は大切な人との関係ほど「分からないまま」では終われません。だから心のどこかでずっと答えを探し続けてしまいます。実際にご相談では「やっと受け取れた気がします」「気持ちが少し落ち着きました」そんな言葉をいただくことがあります。無理に忘れなくていいです。忘れることが前に進むことではなくてちゃんと受け取ることで少しずつ整理されていく感情もあります。もし今もどこかに引っかかりがあるならその感覚は大切にしていいものだと思います。必要なタイミングで必要なメッセージは届くものだからです。故人からの想いやメッセージを言葉としてお届けしています。大切な人からのメッセージはテキストで鑑定しています。
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グリーフQ&A vol.1|悲しみにまつわる、よくある疑問に答えます

グリーフケアカウンセラーとして、これまで多くの方の悲しみに寄り添ってきました。その中で「こんなことを聞いていいのかな」と遠慮しながら打ち明けてくれた言葉たちを、このシリーズでお伝えしていきます。あなたの疑問が、ここにあるかもしれません。Q1. ペットが亡くなってから、眠れない日が続いています。おかしいですか?おかしくありません。むしろ、それだけ深く愛していた証明です。眠れない、食欲がない、何も手につかない——これらはグリーフの自然な反応です。大切な存在を失ったとき、心だけでなく体もその喪失に反応します。「早く元に戻らなければ」と焦る必要はありません。体が悲しんでいる、その時間を大切にしてください。ただし、数週間経っても日常生活に支障が出るほど続く場合は、一人で抱え込まず誰かに話すことをお勧めします。Q2. 泣けないのですが、悲しくないわけじゃない。冷たい人間なのでしょうか?そんなことはありません。泣けないこともグリーフのひとつの形です。感情が大きすぎるとき、心はいったん「シャットダウン」することがあります。これは心が壊れないための自然な防衛反応です。涙が出ないからといって、愛情が薄いわけでも、悲しんでいないわけでもありません。泣くことだけが悲しみではない。呆然とすること、怒りが出てくること、逆に笑ってしまうこと・・・グリーフにはいろんな顔があります。Q3. 何ヶ月経っても立ち直れません。いつまで悲しんでいていいのですか?悲しんでいい期限など、ありません。「もうそろそろ立ち直ったら」という言葉をかけられて傷ついた方が、たくさんいます。グリーフに正しい期間はなく、人によって、関係の
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新年度を迎えて、私が伝え続けたいこと。

4月。新しい季節が始まります。というか、始まりました。桜が咲いて、街が動き出して、「さあ、新しいスタートだ」という空気が流れる。でもその空気の中で、ひとり取り残されたような気持ちになっている人がいることを、私は知っています。大切なペットを亡くした後。長年連れ添った人を見送った後。そういう喪失を抱えたまま、季節だけが変わっていく。「みんな前に進んでいるのに、自分だけ止まっている」そう感じている方に、今日は話しかけたいと思います。グリーフと「うまく付き合う」ことができると、知っていますか。悲しみは消えるものではありません。でも、重さが変わっていくものです。グリーフケアを学ぶ前のワタシは、悲しみとは「乗り越えるもの」だと思っていました。でも違った。悲しみは乗り越えるのではなく、共に歩むものだと知ったとき、すっと肩が軽くなった感覚がありました。「まだ悲しんでいていい」と気づいたとき、人は少し楽になれます。まだそのことを知らない人が、たくさんいます。「早く立ち直らなきゃ」と自分を責めている人。「たかがペットで」と悲しみを押し込めてきた人。誰にも話せずに、ひとりで抱えてきた人。そういう人たちに届けたくて、私はこの仕事を選びました。noteで書き続けているのも、ここでブログを書いているのも、全部そのためです。悲しみはひとりで抱えなくていい。そのことを、一人でも多くの人に知ってほしい。4月も、発信し続けます。映像という形で、言葉という形で、寄り添い続けます。あなたの悲しみに、処方箋を届けるために。👉 ペットへ贈る映像の処方箋 👉 命の肖像シネマティック動画
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セキセイインコを見送った朝のこと

その朝は、いつもと違いました。異変に気づき、必死で病院に高速で向かい、そして処置を受けた帰り道、この世を去ったまだ生まれて2ヶ月しか経っていない我が家のインコ。壮絶な日を体験しました。泣きながら、頭から離れないことがありました。昨日まで元気だった。あのとき、もっとそばにいてあげればよかった。最後の瞬間、苦しかったんじゃないか。運転していて何もしてあげられなかった。ごめんね。そういう思いがぐるぐると頭の中を回り続けて、なかなか止まらなかった。死と隣り合わせだったあの時間が、しばらくワタシの頭を占領していました。「たかがインコでしょ」と言う人もいるかもしれません。でもワタシは、そう思わない。一緒に朝を迎えた数だけ、その子はワタシの日常の一部でした。小さくても、確かにそこにいた命です。その喪失は、深い悲しみに値します。後からグリーフケアを学んで、わかったことがあります。頭から離れない映像、繰り返す自責の気持ち——それはグリーフの自然な反応だということ。心がその喪失をまだ受け入れられていないとき、何度も何度もその場面に戻ろうとする。それはおかしいことでも、弱いことでもない。それだけ深く愛していた、ということです。あの子を見送った経験が、ワタシをグリーフケアの道に向かわせた理由のひとつです。悲しみを抱えている人に寄り添いたい。「悲しんでいいよ」と言える場所を作りたい。その想いが、今のワタシの仕事につながっています。もし今、ペットを亡くして悲しみの中にいる方へ。その悲しみは、正しい悲しみです。あなたがその子を深く愛していた証明です。映像という形で、あの子との時間を残すお手伝いをしています。
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なぜ「映像」がグリーフケアになるのか?心の痛みを和らげる3つの理由

大切な存在を失ったとき、世界から色が消えたように感じることがあります。「もっと何かできたのではないか」「あの子のぬくもりを忘れてしまうのが怖い」そんな止まらない涙の渦中にいるあなたへ、なぜ一本の「映像」が、心を癒やす処方箋になり得るのか。グリーフケアカウンセラー、また終活アドバイザーの視点から、その理由を紐解きます。「最期の記憶」を「一生の光」に書き換えるからグリーフ(喪失の悲しみ)の渦中にいると、脳はどうしても「苦しかった最期の瞬間」や「動かなくなった姿」を強くリピートしてしまいがちです。それだけインパクトが強かったというのが理由から。映像制作のプロセスは、何百枚という写真や動画の中から、あの子が一番輝いていた瞬間を選び出す作業です。「あぁ、こんなに愛しそうに私を見ていたんだ」映像として再構成された物語を見ることで、脳内のイメージが「死の記憶」から「生の輝き」へと、優しく上書きされていきます。「万象(ばんしょう)」の中に、あの子との繋がりを再定義するから私の作る映像には、空、光、揺れる木々といった自然の情景を多く取り入れます。仏教や心理学の視点でも、命は消えてなくなるのではなく、形を変えてこの宇宙(万象)に溶け込むと考えられます。映像の中で、あの子の姿が虹や光と溶け合うシーンを見ることで、「あの子はどこか遠くへ行ったのではなく、今も風や光として私のそばにいるのだ」という新しい絆を、理屈ではなく直感で受け入れることができるのです。「視覚」と「聴覚」が、思考を超えて魂に届くから言葉や文章は、どうしても左脳(論理)で理解しようとしてしまいます。脳の仕組みなので💦しかし、厳選された音
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ペットロスのグリーフ、5つのよくある誤解

大切なペットを亡くしたとき、周りからかけられる言葉に傷ついた経験はありませんか。悪意はない。でも、刺さる。それはもしかしたら、グリーフ(悲嘆)についての「誤解」から来ているかもしれません。今日は、よくある5つの誤解についてお伝えします。誤解①「時間が解決してくれる」時間は確かに、悲しみの鋭さを和らげてくれることがあります。でも「解決」はしません。グリーフは時間で消えるものではなく、その人の中で少しずつ形を変えながら、共に生きていくものです。「まだ立ち直れていない」と自分を責める必要は、まったくありません。誤解②「また飼えばいい」これは最もよく聞く言葉の一つです。そして最も傷つく言葉の一つでもあります。ペットは「モノ」ではありません。あなたと時間を共にした、かけがえのない存在です。新しい子を迎えることは悪いことではありませんが、それはあの子の代わりにはなりません。悲しみをなかったことにする必要はないのです。誤解③「ペットだから、そんなに悲しまなくていい」「人間じゃないから」という言葉で、悲しみをしまい込んできた方をたくさん見てきました。でも、一緒に朝を迎えて、名前を呼べば反応してくれた。その子の温もりを、息遣いを、知っていた。それは深い愛です。愛が深ければ、悲しみも深い。それは当然のことです。誤解④「グリーフには正しい悲しみ方がある」泣かなければいけない、落ち込まなければいけない・・・そんなことはありません。人によって、悲しみの表れ方は違います。食欲がなくなる人もいれば、逆に何も感じられなくなる人もいる。怒りが出てくる人もいます。どれも正常な反応です。正しい悲しみ方など、存在しま
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悲しい別れと天国からのメッセージ

シャーマンとして浄霊のお手伝いやミディアムシップなどをする際に感じたりすること。 それは、天国に帰る人たちは遺されたご家族や大切な人たちに対して感謝の気持ちと 「どうか私が幸せだったこと、輝いていたことを忘れないで」 というようなメッセージが根底にあるんじゃないかなということ。 悲しい出来事や悲しい別れがあったとしても、それがその人の人生の全てではないことをどうか覚えおいてほしいということ。 この世界の社会問題や自然災害のこと、あまりに悲しい事件や事故のニュースに触れていると、亡くなった方々、そしてご遺族の方々はどんなに苦しい思いを抱えておられるだろう…と胸が痛むことがあります。 少しずつでも、今すぐには難しくても、とても温かな幸せな記憶と深く深く繋がっていけますように、その真実が共に過ごした人たちのなかでかけがえのない宝物として光り続けますように…と祈っています。 亡くなった方々への、この地上での生命の輝きに対する祝福の気持ちは必ず届くと思います。 それが双方の癒しになるのではないかと思います。 これは私自身のことだから、そうすることが正しいこと、と伝えたいわけではないのですが、私はあまりにも悲しい人生の記憶についてはそれをいつまでも握りしめておくことを手放そうと決めた瞬間がありました。 私の心が温かくなるような瞬間の記憶を私は持ち続けていたいし、それを選ぶことを許してもいいんじゃないかな、と感じたのです。 それを選ぶまでに色んな方々が私の話を聞いてくださったから、そう思えたのかなと思います。 だから悲しみを話すことも重要だったし、すぐには手放せなくて、少しずつそういう道を歩
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悲しみの投稿を見たとき、私が大切にしていること

今朝、SNSを見ていたら、フォローしている方の飼い鳥を亡くしたという投稿が目に入りました。写真と、思いを綴った言葉たち。それだけで、胸に何かが広がりました。私も、同じ場所にいた。私も過去に飼鳥を見送りました。その度に感じた、あの感覚。部屋の空気が変わる感じ。名前を呼んでも返事がない静けさ。「もっとああすればよかった」という、終わりのない問い。今でもその葛藤は消えていません。ただ、少しずつ受け入れながら生きています。そのなかで見つけたのが、一つの言葉でした。それだけ、愛していたんだ。後悔の深さは、愛の深さと同じだと。コメントは、すぐにしないこういう投稿を見たとき、私はすぐには言葉を返しません。その日ではなく、少し時間を置いてから。その間に、その人の気持ちをできるだけ想像します。どんな夜を過ごしているか。何を感じているか。そうして言葉を選んで、最後にはいつもこう添えます。「虹の橋で、うちの子と一緒に飛び回ってるかな」専門家としてではなく、同じ悲しみを知る一人の人間として。それでも、言い続けるペットの死は、まだ「悲しんでいい喪失」として受け取ってもらえないことがあります。だから私は、同じことを何度でも書き続けます。その言葉が、誰かに初めて届く日があるから。▼ メモリアル動画・グリーフケアのご相談はこちら
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8月17日開催☆17の日の無償シャーマニックヒーリングイベント

暑い夏、みなさまいかがお過ごしですか? 私はお盆休みに父やおじいちゃん、おばあちゃんが眠るお墓へお墓参りに行きました。いつもより亡くなった人たちを身近に感じ、ミディアムシップをしながら対話をしたりもしていました。亡くなった人への私たちができるシャーマニックな癒しとは、祈りであり、対話(コミュニケーション)であり、生きていたころの生命の輝きを祝福してあげるということだなぁと感じていました。 暑い夏、谷川俊太郎さんの「生きる」という詩がぴったりだなぁと感じます。日々「いま生きているということ」を自分の体で感じながら、同時に、今は天国にいる人たちもまた「生きていたのだ」ということを感じたりもします。ときに喜びや笑いを分かち合って、悲しみや暗闇を共有して、ときにお互いの弱さや愚かさにうんざりしたこともあったけれど、そんな日々をいつまでも懐かしんで愛していたいなと思います。 亡き人の笑顔と温もり、私に与えてくれた愛、そうしたものをちゃんと受け取って、たくましく生きていきたいなと思うのでした。さて、今月も17の日の無償シャーマニックヒーリングイベントを8月17日22時から開催いたします。(ご参加のお礼をお伝えできておりませんでしたが、前回ご参加くださった皆様、どうもありがとうございました!)悩みの問題解決において、お祓い・浄化によって心を整えることがとても重要なケースがあります。忙しい日々の中で少しでも気軽に、気楽にスピリチュアルなセルフケアの機会を提供していきたいなと思い、毎月シャーマニックヒーリングのイベントを開催しています。 今回の無償シャーマニックヒーリングイベントは、リーブスのカ
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無償シャーマニックヒーリングイベントの御礼

※別ブログで開催した無償シャーマニックヒーリングイベントの御礼の記事です。☆3月17日開催☆17の日の無償シャーマニックヒーリングイベントにご参加くださった皆様、どうもありがとうございました。17日は奇しくも、彼岸の入りの日でしたね。私も天国にいる家族に想いを馳せていました。Nostalghia 〜Kiyomizu〜 by 川上ミネイベントの前に川上ミネさんのピアノミュージックを聴いていました。この曲は京都大原で暮らし、活動されていたイギリス出身のベニシアさんのNHK番組でも使われていたので、聴いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。私はベニシアさんの番組で川上ミネさんの曲とともに美しい大原の風景を見るたびに、優しく、でも少し切なくもあるこの音色、大切なことを思い出してしまいそうな感覚に少しだけ抵抗も感じていました。大切なことを思い出したら、泣いてしまいそう。泣いたら、立ち止まってしまうのかな、私また明日から歩けるのかな、そんなことを感じながら、大切なことを思い出さない方が都合がいいと心を閉じたままにしてしまうことってあるよね、とこの曲を聴きながら感じていました。でも、この曲をイベント前に聴いていた時に、もっとこの曲の美しさを、愛を受け取ればいいだけだったのだな、そこに身を委ねればいいだけだったと感じたのでした。私の中の愛し愛されていた日々の記憶にこの音色が届くことを許して、この音楽とともに旅をすればよかったのだ、と思ったのです。世界に溢れている美しい光、心を見つめることを助けてくれる音楽の力を借りながら、もっとあの時だって思いっきり泣いてもよかったよね、と。忙しく日々を
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