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【灯の便り #1】はじめまして。魂の対話案内人・灯守ことはです

はじめまして。亡き大切な方との間に残る想いを読み取り、今を生きるための言葉へ整える「魂の対話案内人」、灯守ことはと申します。このたび、ココナラで文章による故人霊視をお届けするとともに、こちらのブログで、喪失のあとを生きることや、亡き方との絆について綴っていくことにいたしました。最後の一日だけで、二人の関係を決めない大切な方を亡くしたあと、多くの方が心の中に問いを抱えます。「幸せだったのだろうか」「もっと何かできたのではないか」「あのときの私の言葉を、怒っていないだろうか」「自分だけ笑ったり、幸せになったりしてよいのだろうか」特に、最期に立ち会えなかったときや、思うように言葉を交わせなかったときには、最後の数日や最後の会話が、何度も心の中によみがえることがあります。けれど、お二人の関係は、最後の一日だけで作られたものではありません。一緒に食事をした時間。何気なく交わした言葉。言葉にはしなかった思いやり。喧嘩をしたことも、許せなかったことも、その奥にあった愛情も。そのすべてが、お二人の間に積み重なってきた時間です。私は、最後の出来事だけでは見えなくなってしまったものを、もう一度静かに見つめるお手伝いをしたいと考えています。私が受け取るもの私の霊視では、最初から長い会話が聞こえてくるわけではありません。まず、部屋や道、季節、光などの情景が届きます。そのあとに、温度、重さ、懐かしさ、安堵、照れ、心配といった感覚が重なり、最後に短い言葉が浮かびます。それらが、亡き方の記憶として届いているのか、ご相談者さまの心を映す象徴なのか、明確に分けられないこともあります。そのため私は、「必ずご本人が
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ペットを必要とする社会と、その別れの重さ

今、日本のペットの総数が、子どもの数を上回っています。この数字を聞いて、どう感じますか?少子化の話として読む人もいるでしょう。でも私には、別のことが見えます。それだけ多くの人が、動物との暮らしを必要としている、ということです。なぜ、ペットを必要とするのか核家族化、単身世帯の増加、地域のつながりの希薄化。現代の社会構造は、人と人との間の距離をじわじわと広げてきました。隣に誰が住んでいるか知らない。弱音を吐ける相手が、身近にいない。「ただいま」と言っても、返事がない部屋。そんな日常の中で、ペットは特別な存在になりました。見返りを求めない。評価しない。ただそこにいて、一緒に時間を過ごしてくれる。人間関係で傷ついた心が、動物のそばで少しずつほぐれていく。その経験をした方は、少なくないと思います。だからこそ、別れが深く刺さるペットとの絆が深いほど、失ったときの喪失感も大きくなります。でも社会はまだ、それを「正式な悲しみ」として扱いきれていません。「また飼えばいい」「動物だから、しかたない」「もう立ち直った?」そういう言葉が、悲しんでいる人をさらに孤独にします。孤独を癒すために寄り添ってくれた存在を失った悲しみが、また孤独の中に放り込まれる。ペットロスのグリーフが深くなりやすい背景には、こういう構造があります。グリーフと、どう向き合うかでは、どうすればいいのか。まず一つ、伝えたいことがあります。悲しんでいいということを、自分に許可してください。「この悲しみは大げさではないか」と自分を疑わなくていい。その子があなたにとってどれだけ大切だったか、あなた自身が一番知っているはずです。次に、その悲
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申し込み不要*17の日の無償シャーマニックヒーリングイベント

今月は"宣言"でお受け取りいただけます♪本日は毎月恒例、7月17日開催の17の日の無償シャーマニックヒーリングのご案内です。(先月は開催できず申し訳ございませんでした(^▽^;))毎月、メールフォームからお申し込みいただいた方々に完全遠隔でシャーマニックヒーリングをお送りしておりましたが、今月は、お申し込み不要で、宣言のみでお受け取りいただけるスタイルに変更といたします。宣言でお受け取り可能な時間は本日17日~18日の23:59までとなります。☆7月17日(金)〜18日(土)23:59まで、無償シャーマニックヒーリングを自由にお受け取りいただけます。心の中で以下のように宣言するだけでお受け取りいただけます。「Star Quartz(スタークォーツ)の葵からシャーマニックヒーリングを受け取ります」宣言後、20分間シャーマニックヒーリングを受け取ることが可能です。二親等内のご家族や一緒に暮らしているペットの分もお受け取りになりたい場合は、どのご家族が受け取るかを明確にしてから、「家族の〇〇もStar Quartz(スタークォーツ)の葵からシャーマニックヒーリングを受け取ります」と宣言してみてください。(続柄や氏名、生年月日を唱えていただいてから宣言していただくと、よりしっかりお受け取りいただけるかもしれません)この宣言は、顕在意識で私が捉えるわけではなく、宣言していただくことによって高次元の私が対応するかたちになります。宣言に顕在意識で気づくわけではないため、期間中は何度でも好きなタイミングで好きなだけお受け取りいただいて大丈夫です。シャーマンの私が就寝中でも、自由にお受け取りいた
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グリーフは外から来るだけじゃない。——自分自身を失う、という喪失の話。

これまでグリーフというと、人やペットとの別れ、仕事や立場の喪失について書いてきました。今回は、少し違う角度から。自分自身が変わっていくことへの喪失。。。自分を失うグリーフの話です。グリーフは、外からだけやってくるんじゃない。大切な人を失う。仕事を失う。立場を失う。グリーフというと、外側から何かがなくなることだと思われがちです。でも実は、自分自身の中にある何かが変わっていくことにも、グリーフ(喪失)が存在します。体力が落ちていくこと。若さが少しずつ変わっていくこと。そして、これまで担ってきた役割が、少しずつ形を変えていくこと。誰かに言いにくい喪失です。「年をとるのは当たり前」「それが老化ですよ?」と言われてしまいそうで。でも、そこにもちゃんとグリーフがあります。料理のエネルギーが出なくなった。最近、料理に気合いが入らなくなりました。夫と二人の生活になってボルテージが一気にダウンしたんです……夫には申し訳ありませんが(苦笑)。子育てをしていた頃は、夢中で料理していた。家族のために何かを作ることが、自然とエネルギーになっていた。子どもたちが全員いたあの頃は炊飯ジャーも一升炊きでした。でも今は、2合半で1日がクリアできる。この気合いのなさは「体力が落ちたのかな」と思っていました。でも気づいたんです。あのエネルギーの燃料は、子どもたちだったということに。子どもたちのために、という動機が、私を動かしていた。その燃料が少しずつ変わってきた・・・それも、ひとつの喪失です。子どもたちの世界が、見えなくなった。子どもたちがそれぞれ自分の居場所を作って、帰省することも少なくなり、接点がないのが日常化
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大切な存在を失って、立ち直れないあなたへ。

大切な存在が、いなくなった。生きていればこそ、誰もが経験する「死別」「別れ」などの喪失です。それからずっと、どこかがおかしい気がして、同じ景色を見ていても別の場所にいるような、世界が変わってしまった感覚。身に覚えありませんか?・ご飯が美味しくない、あるいは食べたくない。・眠れない夜が続く。・笑っている自分が、嘘をついているみたいだ。・「そろそろ元気にならなきゃ」と思うのに、むしろ日が経つほど、しんどくなっている気すらする。当てはまることがあるなら、読み続けてください。立ち直れないのは、意志が弱いから?違います。それは**グリーフ(悲嘆)**と呼ばれる、人が大切なものを失ったときに起こる、ごく自然な反応です。あなたの心は、壊れていない。弱くもない。悲しみに、正しいスケジュールはない「時間が経てば癒える」とよく言われます。でも時間が自動的に悲しみを消してくれるわけではありません。「もう〇ヶ月も経つのに」と自分を責めなくていい。泣けなくてもいい。忘れなくてもいい。悲しみは、弱さではありません。辛いのは、そこに愛があったから。愛した深さの、証明です。立ち直ることを急がなくていい。あなたのペースで、ここにいていい。そう感じられる場所として、私のサービスがあります。テキストで、あなたのペースで話しかけてください。【ococoナラプロフィールリンク】
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グリーフを抱えた人が、本当に必要としているもの

大切な存在を亡くしたとき、人は何を必要としているのでしょうか。「立ち直る方法」でしょうか。 「前を向くためのアドバイス」でしょうか。私はこの仕事をしながら、ずっとその問いを考えてきました。「解決」を求めていないグリーフを抱えた人が最初に必要としているのは、解決策ではありません。悲しみは、解決するものではないからです。残酷に聞こえるかも知れませんが、悲しみは消えないものだからです。「こうすれば楽になる」「これをやれば立ち直れる」そういう言葉が、ときに傷になることがあります。悲しんでいる人が本当に必要としているのは、まず「この悲しみでいい」と誰かに言ってもらうことです。「一人じゃない」と感じること現代の孤独は、静かです。部屋に一人でいる。誰かに話したいけど、迷惑をかけたくない。「もう立ち直った」と思われたいから、弱音を出せない。グリーフの中にいる人は、そういう孤独の中にいることが多い。だから必要なのは、派手な解決策ではなく、ただそこにいてくれる存在です。否定しない。急かさない。正解を押しつけない。「あなたの悲しみを、私は聞いています」それだけで、人は少し息ができるようになります。つまりは分かち合うエネルギーを感じることなんです。「言葉にする場所」が必要悲しみは、抱えたままにしておくと、どんどん重くなります。誰かに話す。文字にする。声に出す。かたちはなんでもいい。でも、外に出す場所が必要です。頭の中でぐるぐるしていた気持ちが、言葉になった瞬間、少しだけ軽くなる。そういう経験をした方も多いのではないでしょうか。私にできること映像を作ることも、その一つです。でも、それ以前に——まず話せる
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グリーフQ&A vol.4——泣けなくなってきた、忘れそうで怖い、新しい子への罪悪感

大切な存在、大切なペットを亡くしたあと、時間が経つにつれて、また違う種類の苦しさが出てくることがあります。今日は、そういう「少し後から来る問い」にお答えします。Q. 最近、泣けなくなってきました。もう悲しくないということでしょうか。そうではありません。泣けなくなることは、心が少しずつ「悲しみと共に生きる」ことに慣れてきたサインです。悲しみが薄れたのではなく、心が消耗しきって涙を出す力も使い果たしている場合もあります。涙は、グリーフの深さを測るものさしではありません。泣けた日も、泣けない日も、あなたはその子のことを愛し続けています。泣けないことに罪悪感を持たなくていいです。Q. あの子のことを思い出す回数が減ってきました。忘れてしまいそうで怖いです。思い出す回数が減ることと、忘れることは、まったく別のことです。毎日泣いていた時期から、ふと思い出す時期へ。それはグリーフが変化しているだけで、その子の存在があなたの中から消えているわけではありません。むしろ、こう考えてみてください。思い出が「鋭い痛み」から「やわらかい温もり」に変わっていく過程かもしれない、と。忘れることへの恐怖を感じるということは、それだけその子のことを大切にしているということです。忘れたくないと思う気持ち自体が、愛の続きです。Q. 新しい子を迎えたいと思い始めました。でも、罪悪感があります。あの子を裏切るようで。裏切りではありません。新しい命を迎えたいという気持ちは、あなたの中に「愛する力」がまだある証拠です。亡くなったその子が、あなたにその力を残してくれたとも言えます。ただ、タイミングは人それぞれです。「もう大丈
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季節とグリーフの関係——春編

春が来るたびに、胸が痛くなる理由桜が咲くと、なんとなく落ち着かない気持ちになる。 新しい季節の始まりなのに、どこかそわそわして、ときに悲しくなる。そういう経験はありませんか?それは、あなたが弱いからではありません。 春という季節が、グリーフを呼び起こしやすい構造を持っているからです。「みんなが前を向く季節」の孤独4月は、社会全体が「スタート」のムードに包まれます。 新しい職場、新しい学校、新しい環境。 街は活気づき、メディアは「出会い」や「希望」の言葉であふれます。でも、大切な誰かを・・・人であれ、動物であれ亡くした人にとって、その明るさがむしろ苦しいことがあります。「みんなは前に進んでいるのに、私はまだここに立っている」その感覚は、グリーフの中にいるときにこそ、より鋭く刺さります。春は「別れ」の記憶と結びつきやすい桜の散り際。引っ越しの段ボール。卒業式の歌。 春には、「終わり」を示すシーンが数多くあります。人は感情を、季節の景色と一緒に記憶します。「あの春、あの子を見送った」 「あの桜の下で、最後の写真を撮った」毎年春が来るたびに、その記憶が鮮やかによみがえる。 これは記憶の仕組みであり、愛の深さのあらわれです。 異常なことでは、まったくありません。「記念日反応」という言葉を知っていますかグリーフケアの世界では、「記念日反応(アニバーサリーリアクション)」という言葉があります。命日、誕生日、あるいは「あの季節が来た」というだけで、 心と体がその喪失の時間へ引き戻されるような感覚。涙が出る。眠れない。食欲がなくなる。 何年経っていても、それが起きることがあります。これは「まだ立
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馬に、鳥に、導かれて。半世紀かけて見つけた私の使命

はじめまして。Lily Kobayashiと申します。動物グリーフケアカウンセラー・心理カウンセラーとして活動しながら、映像制作を通じて「心の痛みを光に変える」お手伝いをしています。振り返ると、人生の岐路にはいつも、動物たちがいました。セキセイインコの小さな羽ばたきに癒やされた日々。馬と向き合うことで、言葉にならない感情を受け取ってもらった時間。仕事を辞めて立ち止まったとき、新しい一歩を踏み出す勇気をくれたのも、彼らでした。そして大切な命を見送る悲しみも、経験しました。「あの子がいなくなって、世界の色が変わってしまった」この言葉の重さを、私は身をもって知っています。だからこそグリーフケアを学び、映像制作を学び、「悲しみを抱えた人に寄り添いたい」という使命にたどり着きました。動物たちが私を導いてくれた、半世紀かけて見つけたこの道を、今度はあなたのために使いたいと思っています。現在、以下の2つのサービスを出品しています。【遺す】涙を光に変えるペットメモリアル動画 サンプル【祝う】命の肖像シネマティック動画 サンプル同じ痛みを知る者として、あなたとあの子の物語を一緒に形にさせてください。まずはお気軽にコメントしてください。
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「まだ引きずってる……」それを言えずにいる、あなたへ。

ペットを亡くした後、大切な人を亡くした後・・・気遣う人たちから心配そうに言葉をかけられる。その返答は決まって「もう大丈夫」と。正確に言えば、言ってみせた。でも、本当は全然大丈夫じゃなかった。そういう経験、身に覚えありませんか?ペットを亡くしても、大切な人を失っても——周りが「そろそろ落ち着いた頃だろう」という空気を出し始めると、まだ悲しんでいる自分を、どこかに隠したくなる。「こんなに引きずっているのを、知られたくない」その気持ちを持ったことがある人に、今日は届けたいと思います。「引きずっている」という言葉の罪。「引きずる」という言葉は、少し不思議です。本来は「まだ悲しんでいる」というだけのことなのに、どこか「いつまでも前に進めていない」というニュアンスが乗ってくる。その言葉を内側で使い始めると、悲しむことそのものが「いけないこと」に変わっていく。悲しみが、罪になってしまう。でも、悲しむことは罪じゃない。愛した分だけ、時間がかかって当然。「引きずっている」のではなく、ストレートに「まだ愛している」だけのこと。なぜ、言えなくなるのか。「まだ悲しい」を言えなくなる理由は、いくつかあります。周りに心配をかけたくない。空気を重くしたくない。「またその話?」と思われるのが怖い。あるいは、自分でも「いい加減にしなきゃ」と思っている。そうやって、悲しみはだんだん「言えないもの」になっていく。言えなくなった悲しみは、どこへ行くのか。消えるわけじゃない。ただ、深いところに沈んでいく。そして夜中にふと浮かび上がってきたり、全然関係ない場面で突然涙が出たりする。言えない悲しみは、出口を失っただけで、な
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【泣けるようになったあなたへ】雪解けの後、涙が出てから、グリーフはどこへ向かうのか。

前回は、私自身の体験から「グリーフが愛に変わる瞬間」を書きました。今回は、その変化がなぜ起きるのか。涙が出るようになった後、グリーフの中で何が起きているのかを、私の経験を元にもう少し丁寧に紐解いていきます。雪解けしたら、終わりだと思っていた。泣けない状態が続いていたとき、私はどこかで思っていました。泣けたら、楽になる。泣けたら、前に進める。でも実際に涙が出たとき、グリーフが終わったわけじゃなかった。むしろ、感情が動き始めた、という感覚でした。それもようやく。凍っていたものが溶け出して、いろんなものが流れ始めた。それは楽になることじゃなくて、グリーフがやっと動き始めたということだったのだと思います。思い出すたびに、また泣ける。雪解けの後に起きることのひとつが、これです。ふとした瞬間に、また涙が出る。そんな瞬間が否応なく出現してくるのです。そんな経験はありませんか?写真を見たとき。その人が好きだったものを目にしたとき。何でもない日の、何でもない瞬間に。その度に流れてくる涙に、「また泣いてしまった」と自分を責める人がいます。もう泣かないと思っていたのに。いつまで引きずっているんだろう。弱い人間だ。そんな風に感じてしまうくらい、感情が揺れやすくなっていたりするのです。でも私は、思い出すたびに泣けることは弱さじゃないと思っています。それはブレーカーが正常に動いている証拠。感情が、ちゃんと流れている証拠。そして何より、行き着く結論はまだ愛しているという、サインです。グリーフは、波のように来る。グリーフの心理学に「悲嘆の波」という考え方があります。悲しみは一直線に薄れていくのではなく、波のよ
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【泣けなかったあなたへ】グリーフが、愛に変わるとき。インコのむぅちゃんと、そして父が愛したもの。

前回、届くはずのない手紙を書いたことで、涙が出た話を書きました。泣けなかった自分が、泣けるようになった。では、涙が出た後——グリーフはどこへ向かうのか。今回は、私自身の体験からその答えを探してみます。インコのむぅちゃんのことは、今でも泣ける。初代むぅちゃんが逝ったのは、もう一年半前のことです。でも今も、ふとした瞬間に涙が出ます。写真を見たり、羽を集めた小瓶を見てウルウルしてしまうことは日常茶飯事。小さな体で、大きな空間を満たしていた。その気配が消えた日のことは、今でも鮮明です。時間が経っても泣けることを、最初は「まだ引きずっている」と思っていました。でも今は違う。泣けるのは、それだけ愛していたから。むぅちゃんとの時間が、それだけ豊かだったから。もちろん今でも、罪悪感はあります。もっと生きられたのにという。でも大半は涙が出るたびに、こんなにも大切に思っていたんだな・・・そう思えるようになりました。今、二代目むぅちゃんがいます。同じ種類の子を迎えるまで、半年かかりました。家族全員の心の準備が整うまで、待った。それもまた、初代むぅちゃんへの愛の形だったと思っています。命のバトンを橋渡すことが、グリーフケアの一つとして受け入れられた瞬間でした。憎んでいた父の競馬を、今の私が楽しんでいる。少し前に、父への手紙を書いた話をしました。届くはずのない手紙。それが私の雪解けになった。父を憎んでいた理由のひとつに、競馬がありました。借金をつくるほど競馬に熱中した父。その生き様が、許せなかった。だから競馬は、私の中で長い間「憎しみの象徴」でした。ところが今、私は競馬を楽しんでいます。最初は自分でも驚
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【泣けなかったあなたへ】届くはずのない手紙——雪解けは、ある日突然やってきた。

前回、涙が出ないことは心が「ブレーカーを落とした」サインかもしれない、という話を書きました。今回は、そのブレーカーが再び入る瞬間——雪解けの話です。私自身の体験から、正直に書きます。父が死んだとき、私は泣かなかった。表向き、父を憎んでいました。借金家族というレッテルがあまりにも辛かったから。生前の私は、ひどい娘でした。本当に娘なの?というくらい、まるでいじめっ子がいじめをしているかのような。とにかく父の生き様が許せなかった。その怒りが、関係のすべてを覆っていたんだなと今では分かります。だから父が死んだとき、涙が出なかった。むしろ、ホッとしたと口にするくらい、恐ろしいことを吐いていました。周りからは冷たいと言われましたが、私には泣く理由が見つからなかった。いや、正確には、泣くことを、自分に許せなかったのかもしれません。これが前回書いた「解離的防衛」だったと、今なら思います。心があまりに複雑な感情を処理しきれなくて、ブレーカーを落とした。泣けなかったのは、冷たかったからじゃない。それほどまでに大きくて複雑な感情を、あの時の私は抱えていたということです。グリーフは、遅れてやってくることがある。不思議なことに、父が死んでから時間が経って、私の中にグリーフが来ました。亡くなった直後ではなく、ずっと後になってから。それは父が亡くなって七回忌を迎えるほど時間は経過していました。仕事を失って自分を見失ってしまった心の隙間に、芽を出したかのような父へのグリーフ。父の生き様ばかりを見ていた過去の自分と、亡くしてから違う視点で見た父とが、少しずつ重なり始めた。怒りの奥に、別の何かが見えてきた。グリー
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今朝の空と、グリーフの話。

今朝、空を見上げたら、こんな景色がありました。綿のような雲が、薄青い空にぽつぽつと浮かんでいて。木のシルエットが、静かにそこに立っていて。思わず写真を撮りました。空を見上げることが、いつの間にか習慣になりました。特に意識したわけではないのですが、いつしか。気づけば、外に出るたびに空を見ている。スマホを向けている。悲しいことがあった日も、なんとなく気分が重い日も、空だけは関係なくそこにある。それが、なんとなく好きなんだと思います。グリーフと、空の関係。グリーフケアの中で、「視界を変える」という話をすることがあります。悲しみの中にいると、視野がどんどん狭くなっていく。頭の中がその喪失でいっぱいになって、他のものが見えなくなる。グリーフという悲しみに下しか見えなくなる。そういうとき、空を見上げるだけで少し違います。広い。遠い。今日も変わらずそこにある。頭で考えるより先に、目が、体が、少しだけほどける。それだけでいいんです。悲しみの中にいる方へ今日、もし少し苦しかったら。空を見上げてみてください。写真に撮らなくてもいい。ただ、見るだけでいい。それが今日の、グリーフに充てる小さな処方箋です。
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母が遺したテッセンが、今年も咲いた

ゴールデンウィーク、実家の庭がジャングル化していたので出かける予定が何もない暇つぶしに草むしりを。無心で雑草を抜いて視界が変わっていくと見えてきたものはテッセン。またの名はクレマチス。薄紫の、静かな花。母が大切にしていた花です。毎年、この季節に母が他界してから、何度目の春でしょう。世話をしているわけではないのに、テッセンは毎年この季節になると咲きます。派手ではない。ひっそりと、でも確かに、そこにある。草むしりの手が止まりました。命は、続いていく花を見ながら思ったことがあります。母はもういない。でも、母が愛でていたこの花は、今年も咲いた。誰かが大切にしたものは、その人がいなくなっても、かたちを変えて続いていく。それは植物だけの話ではないかもしれない。その人が注いだ愛情も、残された人の記憶も、ひっそりと、でも確かに、生き続けている。悲しみと、一緒に生きていくグリーフの仕事をしていると、「いつ立ち直れますか」と聞かれることがあります。私はいつも少し考えてから、こう答えます。「立ち直る」というより、「一緒に生きていく」のだと思います、と。テッセンを見るたびに母を思い出す。それは悲しいことでもあるけれど、同時に、あたたかいことでもある。喪失は消えない。でも、その重さが少しずつ、違うものに変わっていく瞬間がある。今日の私には、それが一輪の花でした。最後に大切な存在を亡くした悲しみを、一人で抱えていませんか。話せる場所を今後展開したいと考えています。
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【私の作品のこだわり】もういない、を忘れさせる時間を作ること。

先日、息子のペットが旅立ちました。ハリネズミの子でした。臆病で、おとなしくて、でもとてもマイペース。そんな子だったと私自身も思い出される可愛い子。その子が逝ったのは、私がココナラにペットメモリアル動画サービスを出品した、まさにその日でした。偶然と言えば偶然です。でも私には、そう思えませんでした。息子はまだ若い。ペットロスという言葉も、グリーフという概念も、あまり馴染みのない年齢です。そして、生まれて初めて迎えたペットでした。「何かできることはないか」グリーフカウンセラーとしてではなく、ただの母親として、真っ先にそう思いました。そして閃きました。出品したばかりのサービスを、息子のために使うことにしました。正式な注文という形ではありません。自分で自分に、注文した夜でした。メモリアル動画を作るとき、私がいつも一番こだわることがあります。もういない、ということを忘れさせられるか。視聴している間だけでいい。この子がまだここにいる——そう感じられる時間を作れるかどうか。それが、私の制作の中心にあるものです。かつて息子から送られてきたのは、スマホで撮った何気ない日常の写真と動画でした。特別な瞬間じゃない。ごはんを食べているところ、眠っているところ、こちらを見ているところ。でもその一枚一枚に、一緒に生きた時間が刻まれていました。編集しながら、何度も手が止まりました。この子はこんな顔をしていたんだ、こんな仕草があったんだと。素材を並べるたびに、その子の存在がもう一度、画面の中に現れてくる。その瞬間が、私にとって「もういない、を忘れさせる」時間の始まりです。そしてもう一つ、動画に込めたいことがあり
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グリーフQ&A vol.1|悲しみにまつわる、よくある疑問に答えます

グリーフケアカウンセラーとして、これまで多くの方の悲しみに寄り添ってきました。その中で「こんなことを聞いていいのかな」と遠慮しながら打ち明けてくれた言葉たちを、このシリーズでお伝えしていきます。あなたの疑問が、ここにあるかもしれません。Q1. ペットが亡くなってから、眠れない日が続いています。おかしいですか?おかしくありません。むしろ、それだけ深く愛していた証明です。眠れない、食欲がない、何も手につかない——これらはグリーフの自然な反応です。大切な存在を失ったとき、心だけでなく体もその喪失に反応します。「早く元に戻らなければ」と焦る必要はありません。体が悲しんでいる、その時間を大切にしてください。ただし、数週間経っても日常生活に支障が出るほど続く場合は、一人で抱え込まず誰かに話すことをお勧めします。Q2. 泣けないのですが、悲しくないわけじゃない。冷たい人間なのでしょうか?そんなことはありません。泣けないこともグリーフのひとつの形です。感情が大きすぎるとき、心はいったん「シャットダウン」することがあります。これは心が壊れないための自然な防衛反応です。涙が出ないからといって、愛情が薄いわけでも、悲しんでいないわけでもありません。泣くことだけが悲しみではない。呆然とすること、怒りが出てくること、逆に笑ってしまうこと・・・グリーフにはいろんな顔があります。Q3. 何ヶ月経っても立ち直れません。いつまで悲しんでいていいのですか?悲しんでいい期限など、ありません。「もうそろそろ立ち直ったら」という言葉をかけられて傷ついた方が、たくさんいます。グリーフに正しい期間はなく、人によって、関係の
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新年度を迎えて、私が伝え続けたいこと。

4月。新しい季節が始まります。というか、始まりました。桜が咲いて、街が動き出して、「さあ、新しいスタートだ」という空気が流れる。でもその空気の中で、ひとり取り残されたような気持ちになっている人がいることを、私は知っています。大切なペットを亡くした後。長年連れ添った人を見送った後。そういう喪失を抱えたまま、季節だけが変わっていく。「みんな前に進んでいるのに、自分だけ止まっている」そう感じている方に、今日は話しかけたいと思います。グリーフと「うまく付き合う」ことができると、知っていますか。悲しみは消えるものではありません。でも、重さが変わっていくものです。グリーフケアを学ぶ前のワタシは、悲しみとは「乗り越えるもの」だと思っていました。でも違った。悲しみは乗り越えるのではなく、共に歩むものだと知ったとき、すっと肩が軽くなった感覚がありました。「まだ悲しんでいていい」と気づいたとき、人は少し楽になれます。まだそのことを知らない人が、たくさんいます。「早く立ち直らなきゃ」と自分を責めている人。「たかがペットで」と悲しみを押し込めてきた人。誰にも話せずに、ひとりで抱えてきた人。そういう人たちに届けたくて、私はこの仕事を選びました。noteで書き続けているのも、ここでブログを書いているのも、全部そのためです。悲しみはひとりで抱えなくていい。そのことを、一人でも多くの人に知ってほしい。4月も、発信し続けます。映像という形で、言葉という形で、寄り添い続けます。あなたの悲しみに、処方箋を届けるために。👉 ペットへ贈る映像の処方箋 👉 命の肖像シネマティック動画
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さよならが見えているとき——知っているからこそ、今日が輝く。

この春、嵐のラストドームツアーの話題が、SNSにたくさん溢れていました。ファンの言葉を読んでいて、私は何度も胸が詰まりました。「泣くとわかっていても、行きたかった」「最後だからこそ、全部焼き付けたかった」「終わりがわかっていたから、一瞬一瞬が輝いていた」そうか、と思いました。これも、グリーフ。解散が決まっている。終わりが見えている。それでも、会いに行く。九州から北海道から全国各地から東京ドームに集結したファン達。そしてオープニングで号泣して、全力で向き合って、最後は見送る。「さよならが見えているグリーフ」。突然の喪失とはまったく違う、でも同じくらい深い悲しみのかたちがある。「覚悟の別れ」という時間突然の喪失は、準備ができない。でも「覚悟の別れ」には、時間がある。終わりがわかっていながら、それでも今日を一緒に過ごす時間が。同じ時を重ねることができるからこその痛みもある。その時間は、独特の重さを持っています。「まだここにいる。でも、いつかいなくなる」その両方を同時に抱えながら過ごす日々の、なんと濃いことか。嵐のファンが語っていた「一瞬一瞬が輝いていた」という感覚は、まさにそれだと思います。終わりを知っているから、今が特別になる。母の闘病で、私が知ったこと実母が悪性リンパ腫で闘病していたとき、私はその「覚悟の時間」の中にいました。毎日病院へ向かいながら、私は何を思っていたか。「今日も話せた」「今日も笑えた」そういう小さなことが、以前とは全然違う重さを持つようになっていた。元気だった頃は当たり前だったことが、当たり前じゃなくなる。その瞬間から、時間の密度が変わる。悲しいことだけど、「い
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グリーフの一番深いところにあるもの。それは、「終わり」を認めたくない気持ちがあるということ。

出し方を知っていても、出せないとき失った悲しみにどうしようもない時。泣いていい。話していい。書いていい。今はその気持ちにただ、素直に感情に付き合うのが一番の処方箋。そうわかっていても、中にはどうしても感情に従えない人もいる。それはなぜだろう、とずっと思っていました。実は私が出来ない人でありまして(苦笑)。書くことくらい簡単に出来ると思っているのに、それすら行動に移せないという始末。でもカウンセリングでペットロスや死別の相談を受けていると、ある言葉が繰り返し出てきます。「泣いてしまったら、本当にいなくなった気がして」 「写真を整理したら、終わりな気がして、できない」 「形見を片付けると、あの子のことを忘れてしまいそうで」 「目に見えないものは信じられない気持ちが強い」これが、根っこだと私は思っています。悲しみを出せないのは、「終わり」を認めることへの抵抗という道筋が、見える見えないという物理的なものにこだわっていることから来ているのだと。「終わり」を認めることは、裏切りじゃない。悲しみを出すことは、その子、その人のことを過去にすることじゃない。泣き終わったあとも、その子、その人は私たちの中にいます。写真を整理しても、形見を片付けても、愛した記憶は消えない。でも、心はそれをなかなか信じられない。見えないから。触れられないから。温度を感じられないから。肉体で感じるものが真実だという価値観、消えるとなくなるという概念。「終わりを認めたら、あの子がいなくなってしまう」そのような恐怖が、悲しみの出口を塞いでいます。だから出せない。だから引きずる。それは弱さじゃなく、それだけ深く愛した証だか
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悲しみの投稿を見たとき、私が大切にしていること

今朝、SNSを見ていたら、フォローしている方の飼い鳥を亡くしたという投稿が目に入りました。写真と、思いを綴った言葉たち。それだけで、胸に何かが広がりました。私も、同じ場所にいた。私も過去に飼鳥を見送りました。その度に感じた、あの感覚。部屋の空気が変わる感じ。名前を呼んでも返事がない静けさ。「もっとああすればよかった」という、終わりのない問い。今でもその葛藤は消えていません。ただ、少しずつ受け入れながら生きています。そのなかで見つけたのが、一つの言葉でした。それだけ、愛していたんだ。後悔の深さは、愛の深さと同じだと。コメントは、すぐにしないこういう投稿を見たとき、私はすぐには言葉を返しません。その日ではなく、少し時間を置いてから。その間に、その人の気持ちをできるだけ想像します。どんな夜を過ごしているか。何を感じているか。そうして言葉を選んで、最後にはいつもこう添えます。「虹の橋で、うちの子と一緒に飛び回ってるかな」専門家としてではなく、同じ悲しみを知る一人の人間として。それでも、言い続けるペットの死は、まだ「悲しんでいい喪失」として受け取ってもらえないことがあります。だから私は、同じことを何度でも書き続けます。その言葉が、誰かに初めて届く日があるから。▼ メモリアル動画・グリーフケアのご相談はこちら
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もう会えない人の想いを知りたいあなたへ

「今、どう思っていますか」心の中で何度も問いかけてしまうことはありませんか?もう会えないと分かっていてもふとした瞬間思い出してしまう。あの時の会話や、最後のやり取り。時間が経っているのに気持ちだけがそこに残ったまま動かない。本当は・あの時どう思っていたのか・伝えたかったことは何だったのかちゃんと知りたかった。そう感じている方は少なくありません。人は大切な人との関係ほど「分からないまま」では終われません。だから心のどこかでずっと答えを探し続けてしまいます。実際にご相談では「やっと受け取れた気がします」「気持ちが少し落ち着きました」そんな言葉をいただくことがあります。無理に忘れなくていいです。忘れることが前に進むことではなくてちゃんと受け取ることで少しずつ整理されていく感情もあります。もし今もどこかに引っかかりがあるならその感覚は大切にしていいものだと思います。必要なタイミングで必要なメッセージは届くものだからです。故人からの想いやメッセージを言葉としてお届けしています。大切な人からのメッセージはテキストで鑑定しています。
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セキセイインコを見送った朝のこと

その朝は、いつもと違いました。異変に気づき、必死で病院に高速で向かい、そして処置を受けた帰り道、この世を去ったまだ生まれて2ヶ月しか経っていない我が家のインコ。壮絶な日を体験しました。泣きながら、頭から離れないことがありました。昨日まで元気だった。あのとき、もっとそばにいてあげればよかった。最後の瞬間、苦しかったんじゃないか。運転していて何もしてあげられなかった。ごめんね。そういう思いがぐるぐると頭の中を回り続けて、なかなか止まらなかった。死と隣り合わせだったあの時間が、しばらくワタシの頭を占領していました。「たかがインコでしょ」と言う人もいるかもしれません。でもワタシは、そう思わない。一緒に朝を迎えた数だけ、その子はワタシの日常の一部でした。小さくても、確かにそこにいた命です。その喪失は、深い悲しみに値します。後からグリーフケアを学んで、わかったことがあります。頭から離れない映像、繰り返す自責の気持ち——それはグリーフの自然な反応だということ。心がその喪失をまだ受け入れられていないとき、何度も何度もその場面に戻ろうとする。それはおかしいことでも、弱いことでもない。それだけ深く愛していた、ということです。あの子を見送った経験が、ワタシをグリーフケアの道に向かわせた理由のひとつです。悲しみを抱えている人に寄り添いたい。「悲しんでいいよ」と言える場所を作りたい。その想いが、今のワタシの仕事につながっています。もし今、ペットを亡くして悲しみの中にいる方へ。その悲しみは、正しい悲しみです。あなたがその子を深く愛していた証明です。映像という形で、あの子との時間を残すお手伝いをしています。
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なぜ「映像」がグリーフケアになるのか?心の痛みを和らげる3つの理由

大切な存在を失ったとき、世界から色が消えたように感じることがあります。「もっと何かできたのではないか」「あの子のぬくもりを忘れてしまうのが怖い」そんな止まらない涙の渦中にいるあなたへ、なぜ一本の「映像」が、心を癒やす処方箋になり得るのか。グリーフケアカウンセラー、また終活アドバイザーの視点から、その理由を紐解きます。「最期の記憶」を「一生の光」に書き換えるからグリーフ(喪失の悲しみ)の渦中にいると、脳はどうしても「苦しかった最期の瞬間」や「動かなくなった姿」を強くリピートしてしまいがちです。それだけインパクトが強かったというのが理由から。映像制作のプロセスは、何百枚という写真や動画の中から、あの子が一番輝いていた瞬間を選び出す作業です。「あぁ、こんなに愛しそうに私を見ていたんだ」映像として再構成された物語を見ることで、脳内のイメージが「死の記憶」から「生の輝き」へと、優しく上書きされていきます。「万象(ばんしょう)」の中に、あの子との繋がりを再定義するから私の作る映像には、空、光、揺れる木々といった自然の情景を多く取り入れます。仏教や心理学の視点でも、命は消えてなくなるのではなく、形を変えてこの宇宙(万象)に溶け込むと考えられます。映像の中で、あの子の姿が虹や光と溶け合うシーンを見ることで、「あの子はどこか遠くへ行ったのではなく、今も風や光として私のそばにいるのだ」という新しい絆を、理屈ではなく直感で受け入れることができるのです。「視覚」と「聴覚」が、思考を超えて魂に届くから言葉や文章は、どうしても左脳(論理)で理解しようとしてしまいます。脳の仕組みなので💦しかし、厳選された音
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ペットロスのグリーフ、5つのよくある誤解

大切なペットを亡くしたとき、周りからかけられる言葉に傷ついた経験はありませんか。悪意はない。でも、刺さる。それはもしかしたら、グリーフ(悲嘆)についての「誤解」から来ているかもしれません。今日は、よくある5つの誤解についてお伝えします。誤解①「時間が解決してくれる」時間は確かに、悲しみの鋭さを和らげてくれることがあります。でも「解決」はしません。グリーフは時間で消えるものではなく、その人の中で少しずつ形を変えながら、共に生きていくものです。「まだ立ち直れていない」と自分を責める必要は、まったくありません。誤解②「また飼えばいい」これは最もよく聞く言葉の一つです。そして最も傷つく言葉の一つでもあります。ペットは「モノ」ではありません。あなたと時間を共にした、かけがえのない存在です。新しい子を迎えることは悪いことではありませんが、それはあの子の代わりにはなりません。悲しみをなかったことにする必要はないのです。誤解③「ペットだから、そんなに悲しまなくていい」「人間じゃないから」という言葉で、悲しみをしまい込んできた方をたくさん見てきました。でも、一緒に朝を迎えて、名前を呼べば反応してくれた。その子の温もりを、息遣いを、知っていた。それは深い愛です。愛が深ければ、悲しみも深い。それは当然のことです。誤解④「グリーフには正しい悲しみ方がある」泣かなければいけない、落ち込まなければいけない・・・そんなことはありません。人によって、悲しみの表れ方は違います。食欲がなくなる人もいれば、逆に何も感じられなくなる人もいる。怒りが出てくる人もいます。どれも正常な反応です。正しい悲しみ方など、存在しま
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悲しい別れと天国からのメッセージ

シャーマンとして浄霊のお手伝いやミディアムシップなどをする際に感じたりすること。 それは、天国に帰る人たちは遺されたご家族や大切な人たちに対して感謝の気持ちと 「どうか私が幸せだったこと、輝いていたことを忘れないで」 というようなメッセージが根底にあるんじゃないかなということ。 悲しい出来事や悲しい別れがあったとしても、それがその人の人生の全てではないことをどうか覚えおいてほしいということ。 この世界の社会問題や自然災害のこと、あまりに悲しい事件や事故のニュースに触れていると、亡くなった方々、そしてご遺族の方々はどんなに苦しい思いを抱えておられるだろう…と胸が痛むことがあります。 少しずつでも、今すぐには難しくても、とても温かな幸せな記憶と深く深く繋がっていけますように、その真実が共に過ごした人たちのなかでかけがえのない宝物として光り続けますように…と祈っています。 亡くなった方々への、この地上での生命の輝きに対する祝福の気持ちは必ず届くと思います。 それが双方の癒しになるのではないかと思います。 これは私自身のことだから、そうすることが正しいこと、と伝えたいわけではないのですが、私はあまりにも悲しい人生の記憶についてはそれをいつまでも握りしめておくことを手放そうと決めた瞬間がありました。 私の心が温かくなるような瞬間の記憶を私は持ち続けていたいし、それを選ぶことを許してもいいんじゃないかな、と感じたのです。 それを選ぶまでに色んな方々が私の話を聞いてくださったから、そう思えたのかなと思います。 だから悲しみを話すことも重要だったし、すぐには手放せなくて、少しずつそういう道を歩
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8月17日開催☆17の日の無償シャーマニックヒーリングイベント

暑い夏、みなさまいかがお過ごしですか? 私はお盆休みに父やおじいちゃん、おばあちゃんが眠るお墓へお墓参りに行きました。いつもより亡くなった人たちを身近に感じ、ミディアムシップをしながら対話をしたりもしていました。亡くなった人への私たちができるシャーマニックな癒しとは、祈りであり、対話(コミュニケーション)であり、生きていたころの生命の輝きを祝福してあげるということだなぁと感じていました。 暑い夏、谷川俊太郎さんの「生きる」という詩がぴったりだなぁと感じます。日々「いま生きているということ」を自分の体で感じながら、同時に、今は天国にいる人たちもまた「生きていたのだ」ということを感じたりもします。ときに喜びや笑いを分かち合って、悲しみや暗闇を共有して、ときにお互いの弱さや愚かさにうんざりしたこともあったけれど、そんな日々をいつまでも懐かしんで愛していたいなと思います。 亡き人の笑顔と温もり、私に与えてくれた愛、そうしたものをちゃんと受け取って、たくましく生きていきたいなと思うのでした。さて、今月も17の日の無償シャーマニックヒーリングイベントを8月17日22時から開催いたします。(ご参加のお礼をお伝えできておりませんでしたが、前回ご参加くださった皆様、どうもありがとうございました!)悩みの問題解決において、お祓い・浄化によって心を整えることがとても重要なケースがあります。忙しい日々の中で少しでも気軽に、気楽にスピリチュアルなセルフケアの機会を提供していきたいなと思い、毎月シャーマニックヒーリングのイベントを開催しています。 今回の無償シャーマニックヒーリングイベントは、リーブスのカ
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無償シャーマニックヒーリングイベントの御礼

※別ブログで開催した無償シャーマニックヒーリングイベントの御礼の記事です。☆3月17日開催☆17の日の無償シャーマニックヒーリングイベントにご参加くださった皆様、どうもありがとうございました。17日は奇しくも、彼岸の入りの日でしたね。私も天国にいる家族に想いを馳せていました。Nostalghia 〜Kiyomizu〜 by 川上ミネイベントの前に川上ミネさんのピアノミュージックを聴いていました。この曲は京都大原で暮らし、活動されていたイギリス出身のベニシアさんのNHK番組でも使われていたので、聴いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。私はベニシアさんの番組で川上ミネさんの曲とともに美しい大原の風景を見るたびに、優しく、でも少し切なくもあるこの音色、大切なことを思い出してしまいそうな感覚に少しだけ抵抗も感じていました。大切なことを思い出したら、泣いてしまいそう。泣いたら、立ち止まってしまうのかな、私また明日から歩けるのかな、そんなことを感じながら、大切なことを思い出さない方が都合がいいと心を閉じたままにしてしまうことってあるよね、とこの曲を聴きながら感じていました。でも、この曲をイベント前に聴いていた時に、もっとこの曲の美しさを、愛を受け取ればいいだけだったのだな、そこに身を委ねればいいだけだったと感じたのでした。私の中の愛し愛されていた日々の記憶にこの音色が届くことを許して、この音楽とともに旅をすればよかったのだ、と思ったのです。世界に溢れている美しい光、心を見つめることを助けてくれる音楽の力を借りながら、もっとあの時だって思いっきり泣いてもよかったよね、と。忙しく日々を
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