【泣けなかったあなたへ】届くはずのない手紙——雪解けは、ある日突然やってきた。

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コラム

前回、涙が出ないことは心が「ブレーカーを落とした」サインかもしれない、という話を書きました。
今回は、そのブレーカーが再び入る瞬間——雪解けの話です。
私自身の体験から、正直に書きます。

父が死んだとき、私は泣かなかった。

表向き、父を憎んでいました。借金家族というレッテルがあまりにも辛かったから。
生前の私は、ひどい娘でした。本当に娘なの?というくらい、まるでいじめっ子がいじめをしているかのような。
とにかく父の生き様が許せなかった。その怒りが、関係のすべてを覆っていたんだなと今では分かります。

だから父が死んだとき、涙が出なかった。むしろ、ホッとしたと口にするくらい、恐ろしいことを吐いていました。
周りからは冷たいと言われましたが、私には泣く理由が見つからなかった。いや、正確には、泣くことを、自分に許せなかったのかもしれません。

これが前回書いた「解離的防衛」だったと、今なら思います。心があまりに複雑な感情を処理しきれなくて、ブレーカーを落とした。
泣けなかったのは、冷たかったからじゃない。それほどまでに大きくて複雑な感情を、あの時の私は抱えていたということです。

グリーフは、遅れてやってくることがある。

不思議なことに、父が死んでから時間が経って、私の中にグリーフが来ました。
亡くなった直後ではなく、ずっと後になってから。
それは父が亡くなって七回忌を迎えるほど時間は経過していました。
仕事を失って自分を見失ってしまった心の隙間に、芽を出したかのような父へのグリーフ。
父の生き様ばかりを見ていた過去の自分と、亡くしてから違う視点で見た父とが、少しずつ重なり始めた。怒りの奥に、別の何かが見えてきた。

グリーフに、時効はありません。
「もうあれから何年も経つのに、今さら悲しむのはおかしい」と思っている人がいたら、そんなことはないと伝えたい。心の準備ができたとき、初めて悲しめることがある。雪解けは、自分では選べないのです。

実は届くはずのない手紙を、書いた。

雪解けのきっかけは、一通の手紙でした。
インナーチャイルドのワークの中で、父への手紙を書くことを講師に課題として出されたのがきっかけ。
最初は形式的な言葉、当たり障りのない謝罪。受講料も払っていたという義務感から、ちゃんちゃらおかしいと感じながらも文面を重ねていると、次第に何かが変わっていったのです。

ペンを動かしながら、私の中から出てきたのは、怒りでも、恨みでもなく。
ごめんなさい。ひどい娘でした。でも、あなたのことが怖かった。こんなに苦しめられたのは、愛されていないからと思っていた。でも本当は、愛されていたことを今更気づいたことに後悔してる。
届くはずのない手紙に、本音を書いた。
そのとき初めて、涙が出ました。しかも号泣レベル(苦笑)

溶けたのは、怒りだけじゃなかった。

涙と一緒に流れ出たのは、怒りでした。でも同時に、自分への罪悪感も一緒に溶けていった。
本当は心のどこかで、憎んでいた自分を責めていた。父に優しくできなかった自分を、許せていなかった。
手紙を書くことで、その罪悪感が少し、外に出た気がしました。
怒りは愛の裏返し。父への怒りの奥にも、愛してほしかったという気持ちがあった。そして父からの愛情が存在していたことに気づいたとき、私の雪解けが始まりました。

雪解けの形は、ひとつじゃない。

手紙でなくてもいい。
誰かに話すことかもしれない。写真を見返すことかもしれない。ふと訪れた場所で、急に泣けることかもしれない。
大切なのは、雪解けを「無理に起こそうとしない」こと。

心の準備ができたとき、ブレーカーは自然に入ります。それまでは、凍ったままでいい。凍っているのは、心があなたを守っているからです。

もしこの記事を読んで「届くはずのない手紙、書いてみようかな」と思った方がいたらぜひ。形式も、宛先も、正しさも、何も要りません。ただ、書きたいことを書くだけでいい。
その一枚が、あなたの雪解けになるかもしれません。

一人で抱えていることが重くなってきたら、話しかけてみてください。
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