さよならが見えているとき——知っているからこそ、今日が輝く。

さよならが見えているとき——知っているからこそ、今日が輝く。

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コラム

この春、嵐のラストドームツアーの話題が、SNSにたくさん溢れていました。
ファンの言葉を読んでいて、私は何度も胸が詰まりました。
「泣くとわかっていても、行きたかった」
「最後だからこそ、全部焼き付けたかった」
「終わりがわかっていたから、一瞬一瞬が輝いていた」
そうか、と思いました。これも、グリーフ。

解散が決まっている。終わりが見えている。
それでも、会いに行く。九州から北海道から全国各地から東京ドームに集結したファン達。そしてオープニングで号泣して、全力で向き合って、最後は見送る。

「さよならが見えているグリーフ」。突然の喪失とはまったく違う、でも同じくらい深い悲しみのかたちがある。

「覚悟の別れ」という時間

突然の喪失は、準備ができない。
でも「覚悟の別れ」には、時間がある。終わりがわかっていながら、それでも今日を一緒に過ごす時間が。同じ時を重ねることができるからこその痛みもある。

その時間は、独特の重さを持っています。
「まだここにいる。でも、いつかいなくなる」
その両方を同時に抱えながら過ごす日々の、なんと濃いことか。

嵐のファンが語っていた「一瞬一瞬が輝いていた」という感覚は、まさにそれだと思います。終わりを知っているから、今が特別になる。

母の闘病で、私が知ったこと

実母が悪性リンパ腫で闘病していたとき、私はその「覚悟の時間」の中にいました。
毎日病院へ向かいながら、私は何を思っていたか。「今日も話せた」「今日も笑えた」そういう小さなことが、以前とは全然違う重さを持つようになっていた。

元気だった頃は当たり前だったことが、当たり前じゃなくなる。その瞬間から、時間の密度が変わる。

悲しいことだけど、「いつかいなくなる」を知っていたから、今日のお母さんを、ちゃんと見られた気がします。あれは苦しい時間だったけれど、同時に、母との一番濃い時間でもありました。
それに向き合えてこその今があるのも事実です。

仕事や場所との「覚悟の別れ」も、グリーフ

「覚悟の別れ」は、人との別れだけじゃない。
長年続けた仕事を手放すとき。慣れ親しんだ場所を去るとき。
「もうすぐここを離れる」とわかってから、その場所の空気が変わって見えることがある。
いつも通り過ぎていた景色が、急に目に飛び込んでくる。

私自身も、仕事をしていた時に転勤で何度も経験しました。「終わる」とわかったとき、初めてちゃんと向き合えたことがあった。

終わりを知ることは、怖いことだけじゃない。それは、今ここにあるものを、ちゃんと見るための合図。確かにここにいたという存在意義。

知っているからこそ、今日が輝く

グリーフというと、喪失の後の話だと思われがち。
でも「覚悟の別れ」を生きている人たちは、喪失の前から、すでにグリーフの中にいます。
嵐のラストライブに向かったファンたちも、闘病中の家族のそばにいる人も、長年の仕事を手放そうとしている人も——みんな、終わりを知りながら今日を生きている。
その時間は、決して無駄じゃない。
さよならが見えているから、今日が輝く。
知っているから、ちゃんと向き合える。傷つくとわかっていても、それでも全力で愛する。
私はその生き方を、とても美しいと思っています。

あなたが今、「覚悟の時間」の中にいるなら。その悲しさも、その濃さも、全部あなたの愛のかたちだと断言します。
一人で抱えることが重くなってきたら、話しかけてみてください。


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