ペットを亡くした後、大切な人を亡くした後・・・
気遣う人たちから心配そうに言葉をかけられる。
その返答は決まって
「もう大丈夫」と。
正確に言えば、言ってみせた。でも、本当は全然大丈夫じゃなかった。
そういう経験、身に覚えありませんか?
ペットを亡くしても、大切な人を失っても——周りが「そろそろ落ち着いた頃だろう」という空気を出し始めると、まだ悲しんでいる自分を、どこかに隠したくなる。
「こんなに引きずっているのを、知られたくない」
その気持ちを持ったことがある人に、今日は届けたいと思います。
「引きずっている」という言葉の罪。
「引きずる」という言葉は、少し不思議です。
本来は「まだ悲しんでいる」というだけのことなのに、どこか「いつまでも前に進めていない」というニュアンスが乗ってくる。
その言葉を内側で使い始めると、悲しむことそのものが「いけないこと」に変わっていく。悲しみが、罪になってしまう。
でも、悲しむことは罪じゃない。愛した分だけ、時間がかかって当然。
「引きずっている」のではなく、ストレートに「まだ愛している」だけのこと。
なぜ、言えなくなるのか。
「まだ悲しい」を言えなくなる理由は、いくつかあります。
周りに心配をかけたくない。
空気を重くしたくない。
「またその話?」と思われるのが怖い。
あるいは、自分でも「いい加減にしなきゃ」と思っている。
そうやって、悲しみはだんだん「言えないもの」になっていく。
言えなくなった悲しみは、どこへ行くのか。消えるわけじゃない。ただ、深いところに沈んでいく。そして夜中にふと浮かび上がってきたり、全然関係ない場面で突然涙が出たりする。
言えない悲しみは、出口を失っただけで、なくなってはいない。
「まだ悲しい」を、誰かに言える場所。
グリーフケアの観点から言うと、悲しみには「言葉にする」ことがとても大切です。
誰かに話す。日記に書く。声に出す。
それだけで、沈んでいたものが少し動く。全部解決しなくていい。ただ、「出口」をつくること。
でも、身近な人には言いにくい——そういう方も多い。だから私は、こういう場所を作りたかったのです。
そう、自分もずっと自分の内に置いたまま辛い時間を過ごしてきたからこそ。
「まだ悲しい」をそのまま置いていける場所。「引きずってる自分」を責めなくていい場所。
あなたのペースが、正しいペース。
グリーフに、「ここまでに終わらせる」という期限はないです。
一年経っても、三年経っても、ふとした瞬間に波が来ることがある。それは、立ち直れていないのではなく、それだけ深く愛した証です。
周りのペースに合わせなくていい。「もう大丈夫」と言わなくていい。
あなたのペースが、正しいペース。それだけを覚えていってくださいね。
「まだ悲しい」を、誰かに言ってみませんか。ここは、そのための場所です。
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