悲しみと向き合い続けることも大切だけれど、時には心を痛みから遠ざけて、ただぼんやりと過ごすことも、グリーフケアのひとつです。
今回は、そんな小さな処方箋を。
ずっと向き合い続けなくていい。
グリーフと向き合うことは大切です。でも、ずっと向き合い続けることが正解かというと、そうじゃないタイミングがあります。
悲しみの中にいると、心はずっと重いものを抱えたままになる。
息をつく間もなく痛みと向き合い続けると、心が疲弊してしまう。
グリーフケアには、向き合う時間だけじゃなくて、心を遠くへ散歩させる時間も必要です。
心を遠くへ散歩させる、とはどういうことか。
「心を遠くへ散歩させる」というのは、悲しみを忘れることじゃない。
ただ、少しの間、悲しみから距離を置くこと。
心が「今はここじゃないところにいていい」と感じられる時間を、意図的に作ること。
難しいことじゃなくていい。特別なことじゃなくていい。
過去、様々なグリーフに出会ったとき私がやっていたことは、空を見上げること。そして鳥の声と姿を探すことです。
空を見上げると、童心に帰る。
外に出て、ただ空を見上げる。
雲の形を目で追う。
風の動きを感じる。
どこかに鳥がいないか、耳を澄まし、目を凝らして探してみる。
不思議なことに空を見ているとき、心の中が変わる感覚があります。
グリーフの重さを抱えた大人じゃなくて、ただそこにいる子どもに戻れる感じ。何も考えなくていい、ただ存在していい、という感覚。
あの頃の空をまた見ている感覚。
あの頃は、空を見ているだけでよかった。雲が動いているだけで、なんとなく面白かった。鳥が飛んでいたら、それだけでワクワクした。その感覚を、少しだけ取り戻す。それだけで、心に小さな隙間ができる気がします。
「何もしない」が、グリーフケアになる。
公園のベンチに座って、ただぼんやりする。
川の流れをぼーっと眺める。風が草を揺らしているのを、ただ見ている。
これは「何もしていない」ように見えるけれど、心は確かに、少し休んでいます。
グリーフの中にいると、「ちゃんと悲しまなきゃ」「早く立ち直らなきゃ」という焦りが出てくることがある。
でも、ぼんやりしている時間は、決して無駄じゃない。何もしないことが、グリーフケアになる・・・実はこれはあまり知られていません。
心を遠くへ散歩させる、小さな処方箋。
特別なことじゃなくていい。
空を見上げる。鳥を探す。公園でぼーっとする。好きな音楽をただ聴く。温かいものを飲みながら、窓の外を眺める。寝る。
何かを解決しようとしなくていい。悲しみを消そうとしなくていい。ただ、心を少しだけ遠くへ連れていってあげる。それだけで十分です。
一人で抱えることに限界を感じたら。
心を遠くへ散歩させても、戻ってきたときにまた重くなる。
それは当然のことです。悲しみは消えたわけではないのだから。
でも一人で抱え続けることに限界を感じることだって、当然です。
そのときは、誰かに話すという選択肢を思い出してほしい。
話すことで、固くなったグリーフが少しほぐれることがある。
言葉にすることで、自分でも気づいていなかった感情が見えてくることがある。
感情たるもの、時に「出したい」というサインを見逃さないでください。
今日、空を見上げてみてください。
悲しみの中にいるあなたへ。
今日、一度だけ空を見上げてみてください。鳥がいたら、どこへ飛んでいくか、ちょっとだけ目で追ってみてください。
それだけでいい。童心に帰る、ほんの一瞬が——心の隙間になります。
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もし、誰かに聞いてほしいと思っている。
あるいは、喪失の悲しみに溺れて身動きできない。そんなときは、ここへ。
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