ペットロスでも、大切な人との別れのときでも——
「涙を流してこそ供養になる」
「泣くことで感情を浄化すべきだ」
という、ある種の「正しい悲しみ方」の圧力が存在します。
でも、涙が出ないことは決して冷淡さではありません。
むしろそれは、心が処理しきれないほどの巨大な衝撃に直面している証なのかも知れません。
心がフリーズしてしまった状態。(解離的防衛)
こんなにも悲しい出来事が起きたのに、泣けない・・・。
その状態は「解離的防衛」が起こっている、つまり心がヒューズを飛ばしてブレーカーを落とすという強制的な手段を決行した感じです。
あまりに大きな喪失を経験したとき、人間の神経系は「闘争・逃走」を超え、「フリーズ(凍りつき)」の状態に入ります。
これは心が壊れないように、一時的にブレーカーを落として感情を麻痺させている、生命維持のための防衛反応です。
ショックを真正面から受けないよう、感情を目隠ししている・・・そういう状態です。
「体」が引き受ける悲しみ(身体化された悲嘆)
涙という出口を失った悲しみは、しばしば身体へと潜り込みます。これを「身体的悲嘆」(ソマティック・グリーフ)と呼びます。
こんな異変、覚えはありませんか?
胸や喉の圧迫感——言葉にならない塊が詰まっているような感覚
底なしの疲労——睡眠では解決しない、感情が削られるような倦怠感
現実感の喪失——世界が膜一枚隔てた向こう側にあるような、ふわふわとした感覚
グリーフは消えたのではなく、行き場を見失って涙腺よりも深い「細胞のレベル」に刻まれてしまっていたのです。
嘆きの多様性——道具的グリーフ
グリーフの心理学には、感情を表に出す「直感的な嘆き」に対し、思考や行動で処理しようとする「道具的な嘆き」という概念があります。
泣くことを後回しにして、故人のための手続きや仕事を淡々とこなす人。静かに事実を分析することで悲しみと向き合う人。
これは冷たさでも愛情の欠如でもなく、その人の経験や価値観から来る脳の特性であり、一つの「誠実な向き合い方」です。
私も、泣けない人でした。
私も、生前表向き憎んでいた実父が亡くなったとき、全く泣きませんでした。
周りからも「冷たい」と言われました。
でも今となっては、心がフリーズしていたあの時の自分をしっかり受け止められたからこそ、素直に実父を憎んでいたことさえ、許せた気がします。
憎んでいたから泣かなかったのではない。あの時のフリーズは、それほどまでに複雑で、巨大な感情を処理するための精一杯の私のグリーフとの寄り添い方でした。
自分を許してあげて。
大切なのは「泣けない自分」を許すということ
もし今、涙を流せずにいるなら、それはあなたの心が「表現」よりも「生存」を優先しているからです。
回復とは、無理に涙を絞り出すことではありません。自分の内側にある「涙にさえならない重苦しさ」を、そのまま「そこにあるもの」として認め、否定しないこと・・・それがご自身でできるグリーフケアにつながります。
涙はいつか、出るべき時に出ます。あるいは、涙という形を取らない悲しみもあります。どちらもあなたの愛と喪失の証です。
泣けない自分を許したとき、本当の深い悲しみも、ゆっくり見えてくるのかも知れません。
もし今、一人で抱えていることが重くなってきたら、話しかけてみてください。
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