相談支援専門家として学ぶ意義

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こんにちは。ライフ・キャリアコンサルタントShizuです。

私は、キャリアコンサルタントの国家資格(は2016年に誕生しましたから、正確には民間資格時代も含みます)を取得してから10年以上が経ちました。
対人支援を始めてからはすでに15年を越えました。
対人支援の仕事を、細々とでもずっと運よく続けることができていることにっ感謝の言葉しかありません。
なかなか仕事がうまくいかなかった時、引っ越しなどで築いたキャリアがゼロになったように感じた時、自分も大変なのに笑顔で支え続けてくれた家族に今更ながら、深い感謝の気持ちを感じずにはいられません。
ここに至るまでものすごく大きな葛藤もあり、つい最近まで生まれた家族には恨めしい気持ちを持っていました。スッキリしきったわけではなくても、”まぁ、いっか。”と思えることが多くなりました。

さて。この仕事を始めて2年くらいしたときに、ご相談いただく課題の根っこが相談者本人だけでなく、その方を取り巻くご家族や組織などの人間関係、住んでいらっしゃる地域的な問題や社会問題に起因することへの対処に苦しみ続けました。
当時、どれだけそのことを訴えても、若くて権力もなく、地位もない、人脈もない私の意見に返ってくるのは、”誰が言うかの問題。発言権がない。”という言葉でした。

そして、女である。ということが、最大の足かせに感じていました。

今に至るまでの間に、何とか支援策を一緒に考えるため制度はもちろん、行政機関から民間、NPOや個人事業の方まで課題解決に利用できるリソースには積極的に繋がりを持つように動いてきました。ですが、どこの世界にも利権を守りたい人はいます。権力に向かっては聞こえのいいこと言っていても、自分の邪魔になる存在に向かっては足を引ている、発言力のある人もたくさん見てきました。

そこで考え方を変えました。
相談支援の専門家としてあるために、発言力がないのなら何ができるのか。

ここからは皆さんがどう思うか、想像してみてください。
非常にデリケートな話題になりますから、想像すること自体が苦痛に感じる場合は無理をしないでください。

日本ではあまり起きていないと感じる方も多いと思いますが、世界には”人種差別”が明らかに起こっています。先日、プロテニス選手の大坂なおみが試合会場に人種差別被害で亡くなった方の名前を書いたマスクをして話題になっていましたね。
アスリートが政治的な見解を示すべきではない、という批判に対して

”この問題は政治的な問題である以前に、人権の問題だ”

と発言していました。

ところで。人種差別もそうですが、差別をされている側が差別を受けていると感じながらも声を上げることができない場面があります。

このような事例は、日本にもたくさんあります。
では、差別を受けているので何とかその状況から助けてあげたい。と思い、積極的に制度の利用を勧めたり、その方のために何かを訴えたりすることは支援になるのでしょうか。

ここに、「その課題に介入すべきかどうか」という判断が必要になります。
これは、専門用語でスティグマと言いますが、ざっくりいうと

差別を受けている・権利侵害をされている自分を認識し、助けを求めることへの恥ずかしさ。

を指します。
このスティグマを相談支援に当たる側が、どのような仕組みで特定の人たちに付与されてしまったのか、という理論的な知見がないまま関わってしまうと、何が差別なのか、人権侵害なのかが分からないまま支援することになります。
ボランティアとして関わる分にはこれでもいいのだと思います。
ですが、専門家としてはどうなのか、と考えました。

また、個別相談支援にこの考えを下してくると、人はどのようなときにどのような振る舞いをするものなのか。社会がどのような仕組みでどう機能しているのかを知り、時には相談者の思いに沿わないことも含めて学問的な理論の蓄積の上でのサービス提供する必要あります。

私は理論と実践に裏打ちされた活動に、支援者本人の”人として”を加えて支援に当たろうと思います。
ですから私はずっと、キャリア理論だけによらず様々な理論や考え、事例検討(実際の相談内容の検討方法を専門職で話し合う会議)やスーパーバイズ(自分の相談内容を他者目線で見てもらい、自分の相談の癖などを知る方法)を受け続けています。







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