「これ、どうだった?」
そんなふうに感想を求められたとき、あなたは一瞬、息が詰まるような感覚に陥ったことはありませんか。
相手の笑顔が見たい、場を壊したくない、もっと良い言葉をかけてあげたい。
そんなふうに、相手が期待している「正解」を必死に探そうとするあまり、頭の中が真っ白になってしまった経験。
心理カウンセラーとして、そうした場面に直面したとき、それはあなたの「優しさ」が、かえってあなた自身を縛り付けてしまっている状態なのだと感じています。
人は誰しも、自分が作ったものや、自分が話したことに対して「どう思ったか」を知りたいという欲求を持っています。
でも、感想を求められた側にとって、それは時として、とても緊張を強いる場面になってしまうものですよね。
相手を喜ばせたい、あるいは期待を裏切りたくないという気持ちが強い人ほど、その場で見当違いなことを言いたくないと慎重になります。
「なんて言ったら喜ぶかな」と相手の表情を読み、思考を巡らせる。
そうやって必死に考えを練っている間に、どんどん時間が過ぎていき、結局「面白かったです」といった、当たり障りのない言葉しか出なくなってしまう。
そして、そのあとに「もっと気の利いたことを言えばよかった」と、自分を責めてしまうことはないでしょうか。
でも、少しだけ立ち止まって考えてみてください。
感想とは、相手の期待に応えるためのツールではなく、本来は、あなたの「感じたこと」を分かち合うためのものだと思いませんか。
もし、相手があなたに「正解」ばかりを求めてくるのだとしたら、それはあなたの責任ではなく、相手の甘えかもしれません。
逆に、本当に大切な関係性であれば、あなたが言葉に詰まったり、少し照れながらも正直な気持ちを伝えたりするだけで、相手は十分に嬉しいはずです。
「感想を言わなきゃ」と身構えるのではなく、「私は今、どう感じているのかな」と、自分の心に小さな目を向けてみてほしいのです。
良いか悪いか、面白いか面白くないか。
そんな大きな評価を下す必要なんて、どこにもありません。
「ここが少し気になった」とか「なんとなく心地よかった」といった、ささやかな気づきを言葉にするだけで、それは立派な感想になります。
自分の中にある小さな心の動きを、そのまま相手に手渡してあげる。
そうやって、自分の気持ちに素直になる練習を積み重ねていくことで、次第に「感想を求められること」への恐怖心も薄れていくはずです。
誰かの期待に合わせることにエネルギーを使うよりも、あなた自身の心が感じたことを大切にするほうが、ずっと心が軽やかになりますから。
大丈夫、あなたは何も間違っていません。
その優しさを、どうかまずは、一番身近な存在であるあなた自身に向けてあげてくださいね。