【ゴーマンかますな、カウンセラー】

記事
コラム
 今し方、カウンセラー養成学校の講座で
 事例検討会に参加してきたところである。
 私以外の諸氏は専門用語を用いて、解釈、
 見立て、果ては療法までも考えていたが、
 私には、まだクライエントと向き合って
 いない段階では、それは早計だと思える。
 理屈のオンパレードで不快な時間だった。
 おまけに、こういう場合はこうすべしと
 いうカウンセリングの答えはないのか?
 とは愚か極まりない。カウンセリングに
 答えなどある筈がない。答えがなければ
 カウンセリングできないカウンセラーに
 カウンセリングの資格などありはしない。
 人生、何事にも答えなどない。何が正解
 かは人によって違う。心理カウンセラー
 の役目は、その人それぞれの答えを探す
 手伝いをすることにあるのだと私は思う。
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 私も含めて、カウンセラーの姿勢として、
 「クライエントの悩みを自分が解決して
 あげなければならない」という気持ちで
 カウンセリングするカウンセラーがもし
 いるとしたら、それは傲慢な人だと思う。
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 過日、自殺防止支援センター電話相談員
 の最終面接でも述べたが、クライエント
 (希死念慮・自殺念慮)を持つ人の人生
 を決めるのはその人自身であり、自分が
 解決できる、何とかしよう、というのは
 思い上がった考え方だと私は思っている。
 カウンセラーにできるのは、「思い」を
 変える手伝いだけ。だから、こうあって
 くれれば、という気持ちがもしあったと
 しても、そこに誘導するようなことなど
 は許されない。カウンセラーは「教える
 先生」ではなくて、「寄り添う同志」で
 いなければならない、というのが自論だ。
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 カウンセリングは悩みを解決するために
 行なうものだが、クライエントが自分で
 気づいて悩みを解決するものであるため、
 悩みを解決するためカウンセラーが何か
 する必要はない。というよりもできない。 
 無論、物理的な問題ならば、社会資源に
 つなぐことはできるし、クライエントが
 積極的にそれを望んでいるなら手助けは
 できる。だが、心の問題、特に、死のう
 とまで追い詰められ、気持ちが固まって
 いる相手に対しては、ただその気持ちを
 受け入れ、見守ることしかできない場合
 もある。何が何でも自分が止めてみせる、
 死ぬんじゃないぞ、というのは、冷たい
 ようだが、独りよがりの傲慢な考え方だ。
 それこそ、「相手ではなく自分に意識が
 向いている」カウンセリングそのものだ。
 カウンセラーや各種相談員というものは、
 常に、そんな重さ・つらさを抱えている。
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 私は、甚だ未熟ではあるが、少なくとも、
 「悩みを解決してあげなければならない」
 というような気持ちでカウンセリングや
 各種相談を行なう傲慢なカウンセラーに
 なるつもりはないし、なりたくもないと
 思っている。私はゴーマンはかまさない。
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 駄文の御閲覧、心より感謝申し上げます。
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