「若さ。実は凄いことをやっていた」

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ども~、皆さん元気い~~!

「さぁ、もっと幸せに!」が、このブログのテーマです。

45年ぶりに大学時代のボート部で、一番仲の良かったメンバーと会いました。

これまで、長きに渡り”年賀状だけの友人化”していましたが、LINE年賀状”QRコード作戦”によって再会できました。

”昔の恋人と会うような”ワクワクとドキドキがありました。

会話のひとことひとことで、ほぼ忘れかけていた思い出が映像となって蘇りました。

ボート部の活動。年間200日以上の合宿生活。早朝や夜の厳しい練習、試合や大会。

それでも学生として必要な単位を取り、卒論を書きました。そしてふつうに4年で就職しました。

まわりの者にとって「自分には絶対にできない」と思うようなことを僕はやっていたとあらためて思いました。

「凄いなあ」と言う友人からの声は聞いたことはありませんでしたが、当時、実はまわりの者たちは、内心「凄いなあ」と思っていたんじゃないか?

僕は、同じ“次元”では比較できないところに居ました。

学生の若さの持つエネルギーを存分に発揮していたはずです。ここだけの話しですが、まわりの者たちはせっかくの若さのエネルギーを出し惜しみしていました。いや現在の自分から飛び出す勇気がなかったのかも。

その頃の自分の周りには、就職活動を軸足を移しても良いはず4年生になっても、ボート部の後輩を指導する主将や先輩たちがいました。

OBとなってもボートを続け、次のレースのためにいつも寡黙にシングルスカル(1人漕手)を漕ぎ続ける者や、有力企業の幹部となっても母校のために指導する監督やコーチがいました。

自分よりももっと高いレベルの人たちと比較していました。そうせざるを得ませんでした。つまり「もっと凄い人たち」に対して、自分はそれ以下であると。

ただ、周囲のボート部以外の友人からは、比較することができない“次元の違うポジション”に僕は行っていたのじゃないか?

当時、自分ではそんな風には考えていなかったですが‥

簡単にマネできないような“比較できないところ”に行くこと。それは人生に対する余裕を生みました。

親はどう思っていたのだろう?

父親はともかく、母親は、高校生の時に大病を患った僕のカラダのことを心配しながらも、真っ黒に日焼けして、徐々にたくましく変貌していく息子がまぶしく見えていたのではないでしょうか?

自分のことだけ考えていれば良い学生生活でした。でも案外、親孝行していた?

ボートは辛くて厳しいスポーツ。

3年生の秋に”就職”という誰にもボートにつなぎ止めることのできない理由を”言い訳”にして第一線を退きました。新たな目標に向かっているかの如く。本音はしんどかったですね。解放されたかった。

懐かしい友との再会であらためて思いました。

「いくつになっても、人とは比較できないような“次元”へ自分を引き上げていきたいものだ」

そうすれば、「小さなこと」に頭や心を使わなくて済むはずだから。


これからも「四柱推命」を活用しながら、皆さんの幸せのお役に立ちたいと思っています。

次回以降も、キンおじさんのブログ、よろしくね~~。

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