散歩中に見つけた石碑や、神社・寺院の古い碑文。「読めそうで読めない」「意味が気になる」そんな経験はありませんか。
本サービスでは、漢文・古文書の翻刻(書き起こし)、書下し、現代語訳を行います。
オプションで、歴史的背景や語句の由来も補足し、碑文の世界を立体的に理解できる様に仕上げます。
日常の小さな疑問から研究・地域活動まで幅広く対応します。
以下は、サービスの参考例です。
【《上野公園 西郷隆盛像 銘文板(抄)》】
【原文(50円×53字=2650円)】
西郷隆盛君之偉功在人耳目不須復賛述前年 勅特追贈正三位 天恩優渥衆莫不感激故吉井友實輿同志謀鑄銅像以表追慕之情
【書下文(10円×53字=530円)】
西郷隆盛君の偉功は人の耳目に在りて、復た賛述すべからず。前年、 勅により特に正三位を追贈せらる。 天恩優渥にして、衆感激せざるは莫し。故に吉井友實、同志と謀りて銅像を鑄し、以て追慕の情を表す。
【現代語訳(0円))】
西郷隆盛の偉大な功績は、あらためて述べるまでもなく広く知られている。前年には、 特別な勅命により正三位が追贈せされ、陛下の恩情の厚さに、人々は深く感激する。そこで吉井友実と同志らは、銅像の建立を計画し、その追慕の気持ちを形にすることとした。
【注釈1(500円))】
原文の空白は闕字と言います。天皇及び藩主その他高貴な人の名前や行動の前に置かれる余白で、古文書や漢文の書式に見られるものです。この空白で敬意を表します。
【注釈2(500円)))】
吉井友實(よしい ともざね。1828〜1891年)は薩摩藩士で、諱は徳春といいます。大坂藩邸で蔵役を務めた後、精忠組として活動。1861年には島津久光に従って上京して山科兵部と改名し、西郷隆盛らと国事に奔走しました。
新政府では徴士・参与・軍務官判事を歴任し、1882年から日本鉄道社長を務め、後に宮内次官・枢密顧問官としても活躍しました。
碑文の翻刻につきましては、撮影した場所も大きなヒントになります。必ずご明示ください。
また、漢文は、二通り以上の読み方が生じる場合があります。そのため、私が提示する読み方以外にも、別の解釈が成り立つ可能性がある点をご理解いただければ幸いです。