【ディテールを紐解く⑨】「最高の効率」が心を鈍らせる。横浜⇔長野二拠点生活で気づいた、リモート時代の"身体的な生活習慣"の価値。
私たちは、リモートワークというツールによって、「最高の効率」を手に入れました。無駄な通勤時間は消え、タスクに集中できる環境が整い、論理的なアウトプットの質は高まったように見えました。私自身、長年拠点としてきた都市圏で、その効率を最大限に享受していました。しかし、その裏側で、心と身体が確実に消耗していくのを感じていたのです。それは、高機能な機器に囲まれた都市生活の中で、生命維持に必要な「何か」が欠落していく静かな危機でした。1.効率最適化の裏で進行した“身体の孤独”リモートワークの環境は、私たちの身体から、いくつもの「強制的な動き」を奪い去りました。オフィスに向かうための歩行、無意識に階段を上り下りする動作、昼食を買いに行くための日光浴。これら全てが消え、私たちは一日中、高性能な椅子に座り続けることになりました。これにより、私の生活で進んだのが、「生活習慣のロボット化」です。 ● 運動不足:強制的な移動がなくなり、体は鈍る一方でした。 ● 食生活のパターン化:簡単な調理で済ませるようになり、食事が「栄養補給」という業務に変わりました。 ● 五感の停止:画面の中の情報だけが全てになり、自然の匂い、土の感触、温度の変化といった、生存に不可欠な身体的なサインを見落とすようになりました。このような環境では、心身が完全に分離し、感情や本能を排したやり取りだけが残ります。【ここでいう「ロボットコミュニケーション」とは】(注釈:業務上の論理や建前、形式的なルールが最優先され、感情や本音、背景にある人間的な要素が徹底的に排された、極めて無機質なコミュニケーション様態を指しています。)前回コラムで
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