1. 「正解」のレールが作り出した、透明な自分
私は以前、世間から見れば「安定」と「成功」の代名詞とも言える、東証一部上場企業に籍を置いていました。
当時の私のキャリアは、誰もが羨むような「正解のレール」の上を走っているように見えたはずです。しかし、心の中には常に「なんとなく、自分は本当にこれで良いのだろうか」という、輪郭の曖昧な違和感が横たわっていました。
振り返れば、私は知らず知らずのうちに、自分の価値観を脇に置き、世間の基準や期待に合わせて自分を調整していました。
「昇進すべき」「東京で働くべき」「誰もが知る会社にいるべき」という、外側の成功モデルに自分を埋め込もうとする。 自分の本能的な「居心地の悪さ」を、論理的な「成長のチャンスだ」「我慢が必要だ」という言葉で抑え込んでしまう。
その結果、私は自分の人生を生きているというよりも、「東証一部の社員」という役割を演じているような、透明で空虚な存在になってしまっていたように感じています。自分の本心が望む生き方とは、どんどんかけ離れていきました。
2. ループする日常が生んだ「付き合う人」の偏り
この「正解のレール」の上を走る単調な日々、すなわち「会社と家の往復」という日常のループが、私の人間関係の幅を驚くほど狭めていきました。
朝、満員電車に揺られ、夜遅くまで働き、帰宅して寝る。このサイクルの中では、付き合う人は必然的に「会社の関係者」か「幼馴染や学生時代の友人」という、極めて限定されたコミュニティになってしまいます。
自分を評価してくれる人、自分の常識を形作る人が、たった一つの経済圏(会社)や、過去の経験(友人)に偏ってしまうのは、生存戦略としては非常に危険な状態でした。東証一部から転職したスタートアップ時代も、その会社の成長スピードや価値観が「世界の全て」だと錯覚していたことがあります。一歩外に出た時、「自分の常識」が他のコミュニティでは全く通用しないと気づいた時の衝撃は大きかったです。しかし、その時初めて、「会社の外」に自分を評価してくれる人、自分の人生を豊かにしてくれる視点があることに気がつきました。
3. 違和感から逃げない勇気と、「自分軸」の景色を取り戻すための環境設定
自分の人生の羅針盤を「自分軸」に戻すには、まず「環境を変える」という物理的な行動が決定的に重要でした。そして、そのきっかけは、「なんとなく合わない」という違和感から逃げることをやめたことです。
私にとって、長野県栄村での二拠点生活と、フリーランス・独立という道が、その突破口になりました。
環境と人間関係の多様化:地方での生活を始めたことで、職業も年齢も価値観も全く異なる、様々な地元の方や、農家の方々との繋がりが生まれました。会社というフィルターを通さない、「人」としての純粋な付き合いが増えたことで、視野が格段に広がりました。
物理的な解放:「いつかは」と先送りしていた地方移住や複業を「今」始めたことで、社会的な規範から意識的に距離を置くことができました。これにより、自分の五感が再び鋭敏になり、「自分が本当に心地良いのはどんな場所か」「どんな生き方が自分を最も活かすか」という本能的な声を聞き取れるようになりました。
4. 論理的な「べき論」より、本能的な「心地よさ」を選ぶ
キャリアの道に迷い、現状から一歩踏み出せないでいる時、論理やデータで答えを出そうとしがちです。しかし、本当に進むべき道は、スペックや社会的地位といった「他人軸」ではなく「この場所は居心地が良い」「この人たちといるとエネルギーが湧く」といった、本能的な「心地よさ」のサインが指し示しているのではないでしょうか。
私自身、東証一部という「正解」の景色から離れ、この「なんとなく合わない」という直感を信じ、環境調整という勇気ある一歩を踏み出したことで、自分の人生の主導権を取り戻せたと思っています。
もし今、これまでのキャリアや人間関係が、自分の本当の姿とズレていると感じているならば、まずはその「感覚」を信じて、小さな一歩から環境を変え、自分が心地よいと思える選択をしてみてはいかがでしょうか。