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猫のいる生活

先ほど仕事をしていましたら、何やら視線を感じ……、ふと目を上げると我が家の猫がこちらをじっと見ていました。しかも片目で笑「なぁに?」「どうしたの?」と聞いてももちろん何も答えないし、ただただこちらを見つめるのみ。あまりにかわいいので急いで写真を撮りました。その後部屋に入ることもなく、一定時間こちらを見たらどこかに去っていきました。いったい何を考えているのでしょうか!可愛すぎます。我が家は鳥も飼っているので彼女なりに気を遣っているのかもしれません。かも、ですが。前も書いたかもしれませんが、猫は妖精みたいです。美しくて、突然現れ、突然消えます(笑)家の中で会っていても、すれ違ったり、寄ってきたりしてくれると「ラッキー!」と思うのです。エジプトで神と崇められるだけあるなぁ、と。我が家の神にやる気をあやかり、気合を入れて今日も頑張ります!
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うちの子アートとfuuのお話し。

ブログをご覧いただきありがとうございます!fuu(フー)と申します。ただいまSNSでご依頼殺到中の、fuuのうちの子アートについて。私は、小さい頃からいろんな命と触れ合ってきました。・すぐ指を噛んでくるハムスター・小さいまま成長が何故か止まったえせミドリガメ・生まれつき心臓に穴が空いていた柴犬・保健所行き寸前の捨て猫・寒い雨の日に必死に助けを求めていた捨て猫他にもカブトムシやザリガニなど、森に取りに行って蜂に刺されたことも...。フリーランスのイラストレーターとして活動を始めたある日。とある保護犬を家族に迎え、そのわんちゃんを描いて欲しいとのご依頼がきっかけでした。ご依頼元は、元保護犬の子や、ご縁があって家族に迎えられた子、虹組の子など様々です。中でもみんな共通するのは、楽しそうに走ったり、食べたり、いたずらしたり、時に着飾ったり。みんな幸せそうなんです。それがとても嬉しいんです。私の目標は、里親になって1匹でも多く幸せな子を増やしたい。これだけです。そのためにイラストレーターとして活躍してまずその環境を作る。そのために一枚一枚、丁寧にfuuにしか描けないものを描く。そんな意気込みと目標と熱意を持って制作してます。詳しくはプロフィールから出品サービスをご確認ください。ご依頼はお気軽にご相談ください♪最後までご覧くださりありがとうございました٩( 'ω' )و
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🐾もふにゃん日誌 番外編②🐾

ぽんず王子の癒し仕事術 ~「そこにいるだけで偉い」が正義にゃん~ やあやあ、ぽんず王子ですにゃ〜(´ω`)🌼 特技は「そこにいるだけ」✨ 今日は、ぼくが実践してる“癒し系お仕事の流儀”をご紹介するにゃよ🎩🍵 🌟その①:とにかく、ゆっくり動け‼️ まず第一の心得にゃ。 急いではいけません。焦ったら負けです。 のそのそ、ふにゃふにゃ、あくびしながらの一歩──それがぼくの流儀✨ 🐾ぽんず王子語録:「早さより、やわらかさにゃ」 (※でもカリカリの音には音速で反応) 🌟その②:困ってる人には、無言でそばに寄れ。 悩んでる人がいたら、言葉なんていらないにゃ。 ぼくはそっと近くに座って、ただ一緒に“ぼーっ”とする。 それだけで、なんかちょっと元気になるんだって。 🐾ぽんず王子語録:「しゃべらなくても、ぬくもりで通じるにゃ」 🌟その③:たまにヘンな動きで、笑わせるべし。 ずっと癒してばかりじゃ、相手が気をつかうにゃ。 たまには寝ながら大開脚したり、宙を見つめて謎の空中パンチ👊✨ ゆず姫:「ちょ、王子、誰と戦ってるの?」 ぽんず:「……さっき夢で、羽毛とバトったにゃ…」 🐾ぽんず王子語録:「気取らず、ふいに笑わせるのが王道にゃん」 🌟その④:許しこそ、王子の器にゃ。 怒られても、理不尽でも、すり寄ってゴロゴロ。 理由は知らんけど、まず許す。だいたい相手も許してくれるにゃ。 🐾ぽんず王子語録:「あきらめて、なでるがよい。もふもふの勝ちにゃ」 🌟その⑤:寝顔が、最大の実績にゃ。 もふ庵でふわふわのおなかを見せて寝てるだけで、 「今日も癒された〜」って言われるにゃよ✨ 働いてる人間のみなさん、たまには
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人を信じるとはなんだろう

「信じてたのに裏切られた」──ドラマや小説ではお馴染みの台詞です。けれど、その「信じる」とは一体なんだったんでしょうか。多くの場合、それは「相手を信じていた」のではなく、「自分の期待どおりに動け」という監視と束縛です。「信じる」という名の取引「君を信じてるよ」耳障りはいいけれど、例えば職場でこんな人はいませんか。私の期待を裏切るな私のシナリオどおりに動け私を失望させるなほんとにこんなふうであれば、信じてないだろ(笑)と思いますよね。それは小さな脅迫、善意につけ込んだコントロールだと感じます。自分の期待が壊れただけなのに部下が失敗したとき、子どもが思うように育たなかったとき、「裏切られた」と憤慨する人がいます。だがその瞬間、露呈するのは「信じていた相手」ではなく、「自分の描いた都合のいい物語」だったと気づかされるだけです。裏切られたのではない。勝手に期待を抱き、勝手に壊れただけ。本当の「信じる」は、なんだろうもし、あなたが信じると決めたなら、相手が変わらなくても、結果が出なくても、それでも信じ続ける。そこに見返りもドラマもない。ただ、自分の不安や疑念と戦いながら、静かに信じ続ける。それができる人だけが、本当に「信じている」と言えると考えます。あなたはどうですか?あなたが今まで口にした「信じてる」は、相手を信じていた言葉ですか?それとも、私の期待を裏切るなという鎖でしたか?でも、そんなのはどちらでもいいんです。問題があるとすれば、自分のしていることに気づかないことです。
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🌸今日のもふっとひとこと~7月13日号~🌸

「今は、まだ“途中”なだけにゃ。 ゴールじゃなくて、“一歩”を見てあげてにゃ」 🌈もふっと解説 ときどき、自分がどこに向かってるのか見失いそうになるよね。 でもね、もふにゃんは知ってるにゃ。あなたはちゃんと進んでる。 大事なのは、“全部できた”じゃなくて、“今日の一歩”を認めること。 「まだ途中」って、それだけで偉いにゃんよ。 虹は、雨の後にかかるんだにゃ☀️
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🌿もふにゃん日誌 第8話🌿

~そっと開かれたカードたち~しとしとと降り続いていた雨がようやく上がり、もふ庵の庭先には、雨粒をまとった紫陽花が静かに揺れていた。 ぽんず王子は、まかない番として台所で湯気を見守り中。 ゆず姫は、窓辺でしっとり毛づくろい中。時折ガラス越しに、通りすがる小鳥たちを目で追っている。 そして、もふにゃんは…… 朝の光を背に受けながら、カードをそっとひと束、清めの香に包んでいた。 「今日は……もふ庵にとって、大切な一日になるにゃ」 昨日、フクロウのココさんが静かに語ってくれたあの言葉が、まだ胸の奥に残っていた。 ──誰かが来るにゃ。   そのカードは、運命を映す鏡になるにゃ。 と、そのとき。 「……こんにちは。あの……こちらで、占いを……」 ふわりと扉が開き、 ひとりの女性が、緊張した面持ちでもふ庵に足を踏み入れた。 もふにゃんは、にこやかにうなずくと、静かに座布団をすすめ、お茶を差し出した。 ゆず姫は、お客様のスカートの裾に興味津々で、こっそり顔を突っ込もうとしたが、ぽんず王子に「だめにゃ」と前足でそっと制され、しぶしぶ隣に座り込んだ。 ぽんずは、なぜか真剣な表情でカードの箱を見つめている。まかないの湯気チェックは、いつのまにか忘れていた。 「お名前は……ティナさん、にゃ? ようこそ、もふ庵へ」 彼女の相談は、「これから、私はどこへ向かえばいいのか、わからなくなってしまって……」というものだった。 静かにうなずいたもふにゃんは、カードを一枚、ゆっくりと引き、そっとテーブルの上に置いた。 ──現れたのは、“正義”のカード。 その瞬間、もふ庵に、すうっと風が吹き込んだ気がした。 紫陽花が
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ゼロベースでの風景

「心の問題」の多くは、比較によって作られている「自分はダメな人間だ」「私なんて、誰にも必要とされていない気がする」そんなふうに感じてしまうとき、人は「心に問題を抱えている」と言われます。でもその問題は、一体どこからやってくるのでしょうか?多くの場合それは、『自分自身が無意識に設定した標準値との比較』から生まれています。標準値をゼロにしたら、すべてが喜びになる?悟りや覚醒と呼ばれる境地。それは、もしかしたら「標準値をゼロにする」ことかもしれません。たとえば、あなたの当たり前がとても高く設定されていたら──ちょっとした失敗や拒絶、うまくいかない出来事は、すべて「マイナス」に感じられるでしょう。でも、もし基準が「ゼロ」、つまり何もないが当たり前だったら?空が青い。テーブルがある。お茶が温かい。ごはんを食べれば、複雑な味が広がる。そのひとつひとつが、信じがたい奇跡に感じられるのです。「感じたい」──それこそが、生きている証あらゆる生き物が、根源的に求めているのは「感じ続けること」です。楽しいことだけでなく、怖いこと、苦しいことさえも。ジェットコースターに乗る。お化け屋敷に入る。山を登り、疲れ果ててもまた登る。なぜ、人はわざわざそうした体験を選ぶのでしょう?それは、人間が「感じたい存在」だから。感じること、それ自体が、生きていることの喜びなのです。なぜ私たちは「不幸」を感じるのか?本当は、どんな体験も生きている証なのに、なぜ「これは不幸だ」「これは良くない」と感じてしまうのでしょう?その原因は、頭の中の「こうであるべき」という勝手な基準。その基準に照らして、「良い」「悪い」「成功」「失敗
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もふにゃん日誌 第5話

🏮もふ庵の夜のルーティン🐾✨ ~静かな夜に灯る、もふっと優しい時間~ もふ庵に、今日のお客さんの足音が遠ざかり、 夜の静けさがゆっくりと降りてくる頃── ふわふわの白猫・もふにゃんは、小さな行灯の灯りをひとつ、またひとつと消していきます。 「今日も、よく頑張ったにゃん……」 柔らかな毛並みに夜風がそっと触れ、 小さく揺れるお香の香りが、心の奥までしんと染みわたります。 🌿ちゃぶ台の上には、今日の占いに使ったカードたちが並んでいます。  「ありがとうにゃん…よく働いてくれたにゃ」 ひとつひとつに語りかけながら、 もふにゃんは大切に、カードを優しく包みこむようにしまいこみます。 その隣で、ぽんず王子がふにゃ〜とあくびをしながら、 お客さんの座っていたクッションを、念入りにくんくんチェック🐽✨ 「うむ、悩みの余韻、まだ少し残ってるにゃ…… 明日までには、お香とぼくの王子オーラでふわっと溶かすにゃ✨」 (※ぽんずの自信は、だいたい根拠がない。でも癒されるからOKにゃ) ゆず姫はというと、すでに高級座布団の上でヘソ天スタイル。 「なによ…静かにしなさいよ…今、夢の中でウニ食べてるんだから…」 (※ウニは夢の中でしか与えられません🍣) 🌙もふにゃんは、最後に小さな窓を開けて、夜空を見上げます。 「今日も、小さな奇跡がたくさんあったにゃ…」 そして、ふとひとこと。 🌟「奇跡ってのはね、ド派手な魔法じゃなくて── 静かな夜に“ありがとう”って思える心のことにゃ」✨ ぽんず「おお…深いにゃ…」 ゆず「…ウニもう一貫…」 (※夢の中でも爆食) そして、もふ庵の灯りがすうっと
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猫が布を食べる?原因と対処法

猫が布やひもを食べてしまうという経験はありませんか。繊維やひもは消化管に詰まり、緊急手術が必要になるなど命に関わることもあることから辞めさせたい行動と言えます。それでは布を食べる原因を見ていきましょう。■猫が布を食べる原因猫が繊維食をする原因はいくつか挙げることが出来ます。①猫の種類によるものオリエンタル種の猫では、繊維摂食行動が多いことが報告されており、遺伝的な要素があるのではないかと言われています。②捕食行動の一種によるもの布製品を食べることで捕食性に行動が満たされるために、正の強化因子となって行動がさらに強化されてしまいます。③離乳が早かった子猫時代に母親と離れるのが早かったなどの理由で離乳が早かった場合、哺乳行動の一つとして布を吸う行動が見られます。■布を食べさせないための対処法どういう時に布を食べてしまうのかなどの行動をメモして分析するのと同時に、「環境管理」「捕食性行動を満たす遊び」「非両立分化強化」「不安軽減」が治療の柱になります。①環境管理出来る限り繊維摂食行動の対象となるものを除去し、環境を整えてあげる必要があります。根本的な治療でないように思えますが、まずは繊維を噛むという習慣を断ち切ってあげることが大切です。②捕食性行動を満たす遊び布製品でないプラスチックなどのおもちゃを利用した遊びや知育玩具などを使って食事を与えることで捕食行動を満たし、運動量を増やします。③非両立行動分化噛みつく行動をしそうになった場面で、「おいで」の号令でコントロールすることを目的として、「おいで」の行動強化をする。これによって噛みたい気持ちが出た時には呼ばれる、という行動が強化され
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愛猫と過ごして私を知る

久しぶりに猫との暮らしが戻ってきて、以前の自分との視点の違いに気づきます。かつて、子どもの頃から中年期までのあいだ、実家には常に猫がいました。多いときには数匹。学校から帰ると、玄関に座っている。膝に乗ってくる。時にわがままで、でも許してしまう存在。その日常はごく自然で、そこにあることが当たり前すぎて、「ただ可愛い」としか思っていなかったように思います。今思えば、その「可愛い」はたしかに愛情でした。でも、それはどこかで「私を癒してくれる外側の存在」──そんな見方だったのだと思います。​​​​​​​ そして今、時間が経ち、改めて猫と共に暮らすようになった日々のなかで、同じように撫でて、同じように見つめているのに、心に芽生える思いの質が変わったことに気づきました。たとえば、ふと横を見ると、丸くなって眠っている小さな背中。その呼吸のゆるやかさに触れるだけで、胸の奥が静かにほどけていくのを感じます。言葉では説明できないような、理由のいらない幸福感。それは「癒される」ではなく、「自分の中から、穏やかさが引き出されている」ような感覚です。猫たちを愛しく思うというより、彼らを通して「私の中にこんなにも愛しさがあったのか」と知る。その発見のたび、静かな喜びが心に広がっていきます。私たちはよく、「幸せは外側にはない」と言います。けど、この体験を通して実感したのは、「外側の存在に触れることで、内側の幸せに気づくことがある」ということです。猫を見ているのに、自分の内面を見ている。彼らの温もりに触れているのに、自分の優しさに触れている。そんな時間を、毎日少しずつ過ごしています。 気づけば私たちは、自分自
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