絵を見る、変性意識に入る
こんにちは、Rayです。GWですね。お休みの方も、お仕事の方も、いつもの日常とは少し違う空気の中にいる頃かもしれません。旅行に行く方も、近くを散歩する方も、家でゆっくり過ごす方も、どうか少しでも楽しい時間を過ごせますように。GWのように日常の流れが変わると、心の感じ方も少し変わることがあります。いつもなら考えないことを考えたり、普段は見過ごしているものに、ふと目が止まったり。そういうときに、「ああ、自分は本当はこう感じていたんだ」と気づくことがあります。最近、私は「絵を見ること」について、考えていました。もともと絵を見るのが好きです。有名な画家の作品を見るのも、もちろん好きです。美術館で、長い時間をかけて残ってきた絵の前に立つと、やはり何か大きなものに触れている感じがします。でも私は、それと同じくらい、地元の街を描いたスケッチを見るのも好きです。高校の美術の先生が、地元の通りや建物を描いたような作品。観光地として整えられた景色ではなく、いつも誰かが歩いている道、古い商店、川沿いの風景、夕方の光が入る路地。そういう絵を見ると、なぜか心が静かになります。先日も、石巻の高校で美術の先生をされいた方の作品を見てきました。石巻の街並みや、かつてそこにあった風景が描かれている作品です。震災前の様子なども、写真で見るのはまた、違った印象をうけますね。その場所に流れていた時間。そこで暮らしていた人たちの気配。今はもう変わってしまった景色。けれど、どこかにまだ残っている空気。そういうものが、絵の中に静かに折りたたまれているように感じました。以前、ロバート・ノージックの『生のなかの螺旋』という本を
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