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自分と向き合い自分を信じる

夫と出会うまで、数々の不毛な恋愛をし失恋をしてきたが、勇気を出してその恋愛を手放したぐらいから、自分のことを信じられるようになった。 まだ夫と出会っていないときも、「今の私ならきっといい人と出会える」。 夫と超スピードでお付き合い、結婚することになっても、不安はこれっぽっちもなく、「今の私が決めた人だから大丈夫」。 と、揺るがない自信があった。 そして、それはそのまま現実になった。 目の前の相手がどうとかではなく、自分にベクトルが向くようになったのは、かなりの変化だったなと今になって思う。 なりたい未来を想像し、自分と向き合う。 そうすれば、きっと昔の私のように悩んでる女性も未来が切り開けると信じている。
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不毛な恋愛を経て気づいたこと

社会人になって、私は地元を離れて一人暮らしを始めた。 その頃から、夜眠る前になると理由もわからず悲しい気持ちになって、涙する日が増えた。 その理由がわかったのは、30歳手前になった頃。 私は、子供の頃の気持ちを思い出して泣いていた。 「もっとお母さんにありがとうと言って欲しかった。」「何で手伝いを頑張ってたのに、あんなに怒られたの?」「何であのとき、ああ言ってくれなかったの?」「私じゃなくて、兄と妹のほうが可愛かったの?」「何も頑張っていなくても、愛してほしかった。」子供の頃のことを映像として頭の中で思い出し、何度も何度も同じような気持ちになって、その度に泣いた。 それは、特に失恋したときに強く思い出した。そして、遂に気づいた。「あれ?私の今の自分でもどうしようもできない不毛な恋愛癖は、この子供の頃のことが関係しているのかな?」って。
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過去の恋愛

過去の恋愛の話をするのは、正直とても恥ずかしい。なぜかというと、、これでもかというぐらい、不毛な恋愛ばかりだったから😢しかも、私からではなく、毎回、気が付くと相手側からアプローチされていた。20代~30代で訳ありではないお付き合いした男性は2人。訳ありのお付き合いをした男性はその倍で4人。自分でも、何でこんなに不毛な恋愛ばかりなのか、さっぱりわからなかった。何で、幸せになりたいのに私だけ不幸なの?周りの友達は当たり前かのように恋愛して結婚して、幸せそうなのに。神様は意地悪だ!!って本気で思ってた。でもあるとき、ふと気づいた。あ、、これって私が引き寄せてるんだ。。「自分では愛されて幸せな恋愛がしたいって思ってると思っていたけど、心のどこかでは自分にはそんな価値はないって思ってるんだ」って。何で、無意識にそう思っちゃったんだろう。。その理由には数年後に気づくことになるけど、とても深い深いところまでさかのぼることになるのです。続きはまた書きますね☆
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自分の人生に責任を持つ

両親のせいで、私は今も幸せになれない。 あのとき、何でああしてくれなかったの? 何であんなこと言ったの? 何で、何で、何で… 過去の私は、子供の頃の出来事を何度も頭の中で繰り返していた。 そして、自分の人生がうまくいっていないことに対しても、こう思っていた。 「私は悪くない」 「こうなったのは親のせいだ」って。 正直、それで幾分か気持ちが楽だった。 それは、自分の人生に満足していない理由を “誰かのせいにして、仕方ないこと”にできるから。 もちろん、子供の頃に傷ついたことは事実。 それはなかったことにはできない。 でも、、36歳を過ぎ、子供を産むタイムリミットがせまってきたとき、ふと思った。 「私は、ずっとこの気持ちを引きずって、孤独に生きていくの?」 「結婚して、子供を3人産む夢は叶わないの?」 そして、それは親のせいにしていても何も変わらないことを、心の何処かでわかってはいた。 過去は確かに影響している。 でも、今の人生をどう生きるかは別の話。 自分の人生に責任を持てるのは、親でもない、他の誰でもない、自分しかいない。そして、思った。 「私は、やっぱり、結婚して子供が3人ほしい」 「今のままじゃ嫌だ。変わろう。」 そして、結婚相談所、婚活アプリに登録した。 決めてからは早く、人生がどんどん自分の思っていた方向に動き出した。 もし、過去の私と同じように感じている人がいたら、一度、自分に問いかけてみて。 「私は、これからどう生きたい?」 答えは、自分の中に絶対あるから。
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愛されようとするほど、愛されない理由

私が恋愛を通して求めていたものはなんだったんだろう? 今になって思えば、相手を通して自分の価値を確認するためだったように思う。 「私って、女性として魅力があるよね?」 「私って、孤独じゃないよね?必要とされてるよね?」 そのままの自分が愛されるなんて、これっぽっちも思ったことがなかった。 だから、常に好かれるために努力。 外見磨きにはかなり精力を費やした。 痩身エステ、脱毛、スポーツジム、、、 クローゼットには、1人分とは思えない大量の 服、服、服!! 「好きでいてほしいから、もっと外見磨こう!」 「彼はどんなことしたら喜んでくれるかな?」 「毎日連絡したいけど、重い女って思われるかな?」 等々、今思えば、相手にどう思われるか?ばかり気にしていた。 相手がどう思うかなんて、それは相手の課題であって、自分にはコントロールしようがないのにね。 もっと、 「私は彼と毎日連絡を取りたい!」 「私は彼とお洒落なお店で食事をしたい!」 「私は落ち込んだときは彼に優しくされたい!」 って、自分はどうしたいか、気持ちをもっと伝えてよかった。 恋愛って、相手に好かれたいももちろんあると思うけど、それよりも一番大切なのは、「自分はどう在りたいか」。 その自分の在り方に合わない人ももちろんいると思うけど、賛同してくれる相人も絶対にいる! もし、今不毛な恋愛で傷ついていたり疲れたりしていたら、一度自分に聞いてみて! 「私はどうしたい?」
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未来をイメージ

私のこれまでの婚活は、身長は180cm以上で、かっこよくて、リードしてくれて、年収1000万以上で~、など、相手の条件ばかり考えていた。しかし、その通りの相手が目の前に現れても不思議と楽しいとは思えなかった。 なぜだかはわからなかったが、本気になった後の婚活は、自分はこれからどんな人生にしたいのか、自分軸でより深く考えるようになった。 「旦那さんは私のことを一番に考えてくれて、好きな仕事を思いっきりできて、子供は3人産んで、休日は家族でワイワイ賑やかに過ごす。」 そんな人生を送りたいと思った。 そして、夫と初めて会ったとき、早速私の望んでいる人生について伝えた。 夫も同じように自分の望んでいる人生について話してくれた。 どこに住みたいのか、子供は何人欲しいのか、仕事はどうしていきたいのか。 これまでの、恋愛が始まるときのようなドキドキ感はなかったが、地に足のついた、人生を真剣に考えている時間は心地が良かった。 そして、気がついたら、会ったその日、数時間のうちに結婚前提でお付き合いすることになっていた。 自分に真剣に向き合うと、人生ってこんなにも変わる。 未来をイメージするって大事なことなんだなぁと、思わされた出来事だった。
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別れを決める

彼との関係は続いており、私の年齢も着々と重ねていった。 私には子供の頃からの夢があった。 それは、「好きな人との子供を3人産むこと」。 そのとき、私は既に36歳。 「このままではまずい、時間がない」。 そう思った。 そして、「自分の夢を叶えたい。そのために、彼との関係を終わりにしよう。」 と、やっと、自分の中の覚悟が決まった。 彼と別れたからといって、いい人と出逢えるかはわからない。 心の拠り所がなくなってしまうかもしれない。とても不安だった。「でも、まずは手放そう。」私は、自分を信じようと決めて、遂に彼との関係を終わりにした。
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両親を責める

子供の頃のことでこんなに苦しんでいると気づいた私は、まず、親を責めた。 泣きながら、両親に「何でもっと〜してくれなかったの?」「何であのとき怒られたの?」と。何度も責めた。今となってはどうしようもないとわかっていながら、言わずにいられなかった。 「自分の恋愛がこんなにうまくいっていないのは、両親のせいなんだ、どうしてくれるんだ!!」 と、完全に被害者気分になっていた。 今冷静になって考えると、確かに両親の影響は大きかったかもしれない。 でも、不毛な恋愛を選んでいるのは他の誰でもない自分だった。 私は、自分の人生がうまくいかないことを親のせいにしていた。 でも葛藤を繰り返すうちに、少しずつ気づいてくる。 「目の前の選択をしているのは自分」だということに。
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生い立ち 私と父

今度は私と父の話。父はテニスが大好きで、家族みんなでテニスをやることが夢だった。それを叶えるために子供の私たちにもテニスを教えた。私は元々体を動かすことが好きだったこともあり、テニスはとても楽しかった。兄が先にスクールに入り、私もそれを追いかけて小学1年生の頃からスクールに入らせてもらった。段々上達し、試合に出るようになり、高学年に入るころには県内の大会では上位入賞、九州大会にも出られるようになった。その頃から、父は私たちに勝つことを求めるようになってきた。父の口癖は「人と同じように練習していたら勝てない。人の倍以上やらないと」というもの。4年生の頃からは、引っ越しをしたこともあり、中学生の頃まではスクールではなく父が私のコーチになった。学校から帰ると母に頼まれていた手伝いを終わらせ、支度をして父が帰ってくるとすぐにテニスの練習に向かう。私は友達と一緒にテニスをやりたいという気持ちが強く、父とのテニスの練習はこれっぽっちも面白くなかった。勝つのが当たり前。上手くできないと怒られる。家でもテニスの話ばかり。いつの間にか、私は大好きだったテニスが嫌いになっていた。でも辞めなかった。その理由は、テニスを辞めると家にいられなくなると思っていたから。今思うとそんな訳はないと思うけど、子供の頃の私は本気でそう思っていた。
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生い立ち 私と母

私は、私から見ると極普通と思われる家庭に、3人兄妹の真ん中として産まれた。兄とは1歳差、妹とは6歳差。両親は共働きだった。母は自分が子供のころにやってきたということもあり、私が女の子だからという理由で、家の手伝いに対して凄く厳しかった。幼稚園に入ってしばらくして妹が産まれると、私は幼稚園から帰ってきたらお米を研いでセットしておくように頼まれるようになった。1年生になると、洗濯物畳み、夜の食器洗い、掃除機かけなども頼まれるように。子供なので、学校から帰ると頼まれていたことを忘れてしまうこともあり、そのときは帰ってきた母に「何でやってないの!」と怒られた。食器を洗っても、それを褒められたり感謝されることはなく、排水溝のゴミ入れに残飯が残っているとそれを指摘され、怒られた。私にとって、家の手伝いをすることに対して喜びを感じることは全くなく、逆に「今日はどこで怒られるんだろう」「何でお母さんはありがとうも言ってくれないの?」「何で兄ちゃんは手伝いしなくても怒られないの?」と、ネガティブな感情ばかり感じていた。この感情は思春期に入るにつれ益々大きくなり、兄にも妹にも手伝いを頼まないのに、頼んだ私に一番厳しくしてくる母に対し、「どうせお母さんは兄ちゃんと妹のことが可愛くて、私のことは可愛くないんでしょ!」「私はなんでこの家に産まれてきたの?」と、とても悲観的になっていった。でも、表立って手伝いをストライキするとかそういうことはなく、自分のことは自分でやる、プラス家の手伝いもする優秀な娘だったと思う。これが私から見えていた、子供の頃の私と母。
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手放すと人生が動く

私は彼と別れてから、これまで何となくやっていた婚活を、本気で始めた。 婚活アプリに登録し、数人と実際に会った。 その中では、付き合って数週間で振られるという痛い目も見た。 でも、めげずに続け、振られた次に出逢った彼と意気投合し、会ったその日にお付き合いが始まった。 そして、数日後には私の一人暮らしの部屋で同棲。 1ヶ月後には両家に婚約の挨拶し、出逢ってから2カ月後には入籍という、超スピード婚を成し遂げた。 あんなに、何年も不毛の恋愛で悩んできたのに、こうもあっけなく自分の望みが叶うのかと、とても驚いた。 孤独感と戦ってとても恐かったけど、勇気を振り絞って手放してみると、こんなにも人生が動くんだなって、身をもって感じた。
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別れる覚悟

不毛な恋愛は相変わらず続いていたが、コロナ禍になり益々思うように会えなくなった。 休日はワンルームの家にこもり、スマホの小さな画面で映画やドラマを観る。 お酒を飲みながら自分の食べたい物を作ってみる。 眠たくなったら好きな時に眠る。 それなりに自由を楽しんでいた。でも常に、「私はこうやって一生孤独に生きていくの?」という思いがあった。 出口の見えない真っ暗なトンネルの中を、この先もずっと歩いていかないといけないのかと、絶望すら感じていた。 そんな中、私は興味半分で婚活を始めてみることにした。 結婚相談所、アプリ、知り合いからの紹介、色々やってみた。 何人かの男性とお会いしてデートもした。 でも面白くなくなって、私は一旦婚活を辞めた。 「私って、本当に結婚したいのかな?」 と自分で自分ががわからなくなってきた。 あと、その時の彼と別れる覚悟を決められなかった。 この先ずっと一緒にいられないことはわかっているのに、彼がいなくなると心にポッカリ穴が空いてしまいそうで恐かった。
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幼少期を思い出す

大人になった今思えば、私はとても多忙な子供時代を過ごしていた。多忙でも、自分の好きなことをやっていたらまた違ったのかもしれない。私は、感情表現が苦手なタイプで、良くも悪くも何でもそつなくこなすタイプだった。そして、我慢強かった。だから、嫌なお手伝いも、嫌いなテニスも、6歳離れた妹の世話も、嫌いなピアノも(母の勧めで4歳から14歳くらいまで通った)、どれも「嫌だ、やめたい」と言わなかった。文字にすると、たった7文字。だけど、その一言を言わなかった。思春期になると、家では必要最低限のこと以外は話さない、兄に喧嘩を売り、妹を苛める、そしていつも怒られる。「何で一番手伝いをしているのに、私が怒られるんだ!」と、余計に僻む。そんな子供になっていた。あの頃の自分に言ってあげたい。「いつも頑張ってるね。でももっと、自分の気持ち言っていいんだよ」「そんなに嫌なこと我慢しなくてもいいんだよ」って。
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