生い立ち 私と母

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コラム
私は、私から見ると極普通と思われる家庭に、3人兄妹の真ん中として産まれた。
兄とは1歳差、妹とは6歳差。
両親は共働きだった。

母は自分が子供のころにやってきたということもあり、私が女の子だからという理由で、家の手伝いに対して凄く厳しかった。

幼稚園に入ってしばらくして妹が産まれると、私は幼稚園から帰ってきたらお米を研いでセットしておくように頼まれるようになった。

1年生になると、洗濯物畳み、夜の食器洗い、掃除機かけなども頼まれるように。

子供なので、学校から帰ると頼まれていたことを忘れてしまうこともあり、そのときは帰ってきた母に「何でやってないの!」と怒られた。

食器を洗っても、それを褒められたり感謝されることはなく、排水溝のゴミ入れに残飯が残っているとそれを指摘され、怒られた。

私にとって、家の手伝いをすることに対して喜びを感じることは全くなく、逆に「今日はどこで怒られるんだろう」「何でお母さんはありがとうも言ってくれないの?」「何で兄ちゃんは手伝いしなくても怒られないの?」と、ネガティブな感情ばかり感じていた。

この感情は思春期に入るにつれ益々大きくなり、兄にも妹にも手伝いを頼まないのに、頼んだ私に一番厳しくしてくる母に対し、「どうせお母さんは兄ちゃんと妹のことが可愛くて、私のことは可愛くないんでしょ!」「私はなんでこの家に産まれてきたの?」と、とても悲観的になっていった。

でも、表立って手伝いをストライキするとかそういうことはなく、自分のことは自分でやる、プラス家の手伝いもする優秀な娘だったと思う。

これが私から見えていた、子供の頃の私と母。





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