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「定期的に文章を書く」ことの効用

物書きというと、どこかの部屋に引きこもり、背中を丸めて机に向かう変わり者、といったイメージが浮かぶ人も多いのではないでしょうか。くしゃくしゃに丸まった書き損じの紙があちこちに転がっている部屋で、国を代表するような小説を生み出そうと、何かに取り憑かれたかのように執筆に精を出す、といった感じです。でも、文章を書くという行為には、こうしたありがちなイメージよりもずっと多くの側面があります。 散文とは、簡単に言うと「その人の考えを綴ったもの」です。たとえウィリアム・フォークナーと張り合うほどの文才がなくても、考えを文章にすれば、誰もが物書きの条件を満たします。文章を書くことは多くの場合、思考をめぐらせ、表現し、創造するためのツールとして一番の効力を発揮するはずです。部屋に引きこもる小説家のイメージはもう古いのです。 文章を定期的に書くことを習慣にすればどんな効用があるか、以下でいくつか挙げていきましょう。 ●心を静める効果 「文章を書く行為」と「幸福」の関係に関する研究の大部分は、「表出型の執筆行動」、つまり、自分の考えや感じたことを書き留める行為を対象としています。ブログを書くことでさえ、心を癒すという意味では、人目に触れないところで自分の気持ちを綴る表出型の執筆行動と「同等の効果が生まれることは間違いない」とする説もあります。 表出型の執筆行動を日常的に行っていると、気分や幸福度の向上、ストレスレベルの軽減といった効果があると、心理学者のアダム・グラント氏は述べています。将来の目標や夢の達成について文章を書くと、幸福度や健康度が向上する可能性があることが、Laura King氏によ
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今日は執筆活動はお休み。その代わり……?

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回は、私の身の回りのちょっとしたお話になります。今日は執筆活動をお休みすることにしました。現在請け負っている依頼が2件あるのですが、2件とも、納期に余裕があること、そして、私なりに物語を練り直したいということもあり、プロットの組み直しというか、そういう時間に今日は充てることにしました。そしてもう一つ。私にとって大切なことがあります。それは「新サービスの計画」先日、以下のサービスを販売開始しました。50000文字を超過する長編小説専門の執筆サービスなのですが、これも小説の執筆という考え方でいけば、従来のサービスと本質的にはあまり変わりません。そこで、テキスト系というところを活かした、小説とはまた違った形式の執筆サービスを開始しようと、現在計画を進めているところです。何故、こういうことを計画したかといえば、「最近、うちのサービスがちょっと行き詰っているなぁ」と感じているからです。別に、全く問い合わせや執筆相談が来ないとか、そういうことが起きているわけではないのです。今も問い合わせは数件いただいていますし、多少時間はかかるかも知れませんが、うまく契約に結び付けていきたいと思って動いています。ですが、小説の執筆以外にも、「私はこういうものが書けます」ということをアピールしておく必要があるのではないか。そういう風に感じるようになったのです。もちろん、それはただのハッタリではなく、実際にその手の依頼を請け負ったことがあるからこそ、それを独立サービス化することを計画しているのです。「できることは、とにかくアピールする」自分自身のスキル向上
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私の創作遍歴 ー全てがタイミングよく巡っているー

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回は、私の創作遍歴についてお話していきたいと思います。1.パソコン購入、インターネット契約まで私が生まれて初めて身銭を切ってパソコンを購入したのが、2002年5月のこと。今はもうありませんが、当時シャープが展開していた、「Mebius」というブランドのノートパソコンでした。当時の価格で20万円ほどしたのを覚えています。(オールインワンタイプのサブフラッグシップモデル)パソコン購入と同時に、インターネットも契約しました。当時はADSLが主流だったこともあって、それほど迷うことなどそれを選びました。回線開通の連絡と同時に、パソコンをインターネットにつないでみました。すると、そこに待っていたのは、私にとって体感したことのない世界でした。ですが、この時はまだ、自分が創作活動にのめり込むことになるとは、露ほども思っていませんでした。2.個人サイト開設、執筆活動開始インターネットが開通してしばらくの間、私はとにかく色々なサイトを巡り、情報を集めることに躍起になっていました。折しも、当時はいわゆる「個人サイト」というものが隆盛を誇っていた時代。当然、自分の創作活動の発表の場としても、個人サイトは非常に有効に機能していました。そうした個人サイトで作品を発表している人たちを見ているうちに、私の心にある思いが去来してきました。「私も、この人たちと同じように作品を発表したい」しかし、当時の私に他人に発表することができるような、そういうスキルはありませんでした。でも、私の創作活動に対する意欲が、それで萎えてしまうことはありませんでした。大勢の人たち
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本当にいるんだ、こういう人

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回は思わず目を丸くしてしまった、という話です。以前とある方のブログで「物書き仕事って足元見られすぎていませんか?」「文字単価0.1円とか0.2円とかあり得ないでしょ」という記事を拝見しました。確かに物書き仕事がよく足元を見られている。そういう風に思うことはあります。でも、さすがに0.1円とか0.2円とか、そこまでする人はいないだろう。ついこの間までは、私もそう思っていました。ですが、私もついに発見してしまいました。文字単価0.1円の案件。詳細はここでは書きませんが(多分探せば見つかると思うので)内容を見た時は、思わず目を丸くしました。「この文章量で0.1円?」「いくらなんでも物書き仕事を甘く見過ぎでしょ」って思いました。私がもしこの依頼を受けるとした場合、最低でも文字単価0.75円は設定するでしょうね。場合によっては1.0円、いや、それを超える額を提示するかも知れません。私が目を丸くしたのは、その文字単価のあまりの低さも、もちろんあります。ですが、それ以上に思ったのは「この人、コミッションの意味を理解していないな」ということでした。コミッションに限らず、誰かに仕事を依頼するということは、その人の「スキル」を「買う」ということだけではありません。その人の「時間」も一緒に「買う」つまり、その人を自分の依頼のために「拘束」する、ということを意味するものでもあります。相手を自分のために拘束するのですから、当然それに見合った報酬を支払わなければなりません。また、相手とのコミュニケーションや情報連携も適切に行う必要があります。そうしたコ
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私が早起きする理由

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。今回の話は私の生活サイクルについてです。私は普段、おおよそ朝4時ごろに起きています。平日はもちろんのこと、休日であっても大体この時間に起きることが多いです。その理由はいくつかあるのですが、大きく以下の2つに分類されます。1.家の事情2.執筆活動の時間を捻出するため1.については全く私的な理由のため詳細は割愛します。どちらかといえば2.の理由の方が比重が大きいといえます。本業を持ちながら、副業の範囲で執筆活動をしている現状において、平日の日中は本業の仕事をしなければならないので、当然のことながらその時間は執筆活動をすることができません。では、どの時間に執筆活動をするか。それは早朝と夜以降の時間帯です。特に早朝の時間帯が私にとって重要な時間帯となっています。夜以降の時間帯は残業などが発生した場合はその分時間が削られますので、執筆活動に費やすことのできる時間は減ってしまいます。ですが、早朝の時間帯はそういうことがないため、その時間帯を利用していかに集中して執筆をすることができるか、というところが私にとって重要なのです。もちろん残業があまりない時期を利用して短期間で一気に書き上げるということももちろん可能ではあります。過去にはそうして約130000文字の作品を1か月で完成させた実績もあります。ですが、そういうことはいつでもできるというわけではありません。当たり前の話として、執筆の依頼を受けた場合はそちらに全力を注ぎますが、それはあくまで本業の仕事に支障が出ない範囲で、ということはあらかじめご承知おき願いたいところです。最近は働き方改革な
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本業? 副業? 兼業?

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。私は最近、物書きでご飯が食べられるようになりたいと強く思うようになり始めました。普段はIT系のエンジニアとして仕事をしていますが、それに対するモチベーションというか、具体的な目標が見えなくなってきているのです。それよりも、私自身Webサイト時代を含め約20年創作活動をしているという経験値が、今になって自分の人生において新しい目標を設定させていこうとしているのです。本業としてのエンジニアの仕事は持っているけれども、物書きでもある程度稼げるようになりたい。そして、あわよくば物書きを副業ではなく兼業のレベルまで引き上げていきたい。最終的な目標は物書きを本業とすることではありますが、そのためには少しずつ実績を積み重ねていく必要があり、今回ココナラを始めたのも、そうした思いの一環としてあるものです。この年齢になって、ようやく本当に自分のやりたいことが見つけられるというのもなんだかおかしな話ではありますが、これもじっくり創作の経験値を積み重ねてきた一つの結果なのかな、と思っています。長期的には今の仕事を続けつつ、物書きでご飯が食べられるように実績を積み重ねていくというのが大きな目標です。
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「自分でやるべき」その声、そろそろ賞味期限切れでは? 家事代行・ベビーシッターの税額控除、国主体の本気の段取りが進んでいる

国が「もう自分でやらなくていいよ」と言い始めた件 GWの中日、こんなニュースが流れてきた。 政府は、家事支援サービスやベビーシッターの普及を後押しするため、利用者への税制優遇制度を新設する方向で調整に入った。 つまり、こういうことだ。 「家事を人に頼んだら、税金、安くします」 国が、そう言い始めた。 ——え。 え、いいの、それ。 私たち、「家事は自分でやるもの」「子育ては母親がやるもの」「人に頼るのは甘え」って、なんかすごい勢いで信じてきましたよね? それを、国が、あっさり、ひっくり返してきた。 しかも、税制優遇というかなり本気の手段で。 まず、何がどう優遇されるのか ぼんやり「税金が安くなる」では分かりにくいので、いま分かっている範囲で具体的に整理する。 このニュース、実は伏線がある。 2025年12月に閣議決定された「令和8年度税制改正大綱」で、政府はベビーシッター・家事代行の税控除の検討を正式に決めていた。 今回4月30日、佐藤啓官房副長官が読売新聞のインタビューで、この方針をあらためて明言した形だ。 つまり、与党が公式文書に書き込んで、政府高官が記者会見で再確認している。 これは「思いつき」ではなく、段取りの整った政策として進んでいる。 具体的に検討されている方式は、こうだ。 税額控除:ベビーシッターや家事代行の利用代金の一部を、納税額から直接差し引く方式 対象:共働き世帯、ひとり親、自営業者など「働く親」が中心 スケジュール:2026年夏までに対応策をまとめ、年末の税制改正大綱に具体策を盛り込む方向 2027年:家事支援サービスの国家資格を創設予定(=サービス品質を国
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あなたの孤独、本当に「あなたのせい」ですか?  40年で上昇した日本社会の孤独を、ひとりで背負っていた話

あなたの孤独は、40年かけてここまで来た 中央大学の研究チームが、こう発表した。 1983年から2023年までの40年間で、日本人の孤独感は有意に上昇している。 UCLA孤独感尺度という、世界中で使われている指標を、40年分メタ分析した結果。 心理学誌『Frontiers in Psychology』に2026年4月14日付で掲載された、出来立ての研究だ。 つまり、こういうことだ。 あなたが夜中に感じる孤独は、気のせいじゃない。 データで、40年かけて、証明された。 ——で、ここまで読んで、ふと思った。 あれ。 これ、「あなたの感じ方の問題」じゃなくて、「日本社会全体の流れ」だよね? 自分を責めていた人、ちょっと待って 夜中、ふと、こういうことを考える人がいる。 「みんなはちゃんと友達がいるのに、自分だけ孤独」 「コミュニケーション能力がないから、こうなった」 「もっと社交的に生きていれば、こうはならなかった」 「自分の性格に、根本的な問題がある」 「こんな自分だから、人が離れていくんだろう」 この夜中の自己診断、たぶん、ぜんぶ、間違っている。 40年間、日本社会全体で、孤独感が上昇している。 個人の性格や努力では、止められない流れがあった。 あなたは、その流れの中に、ただ、いた。 ただ、いた、それだけのことなのに、毎晩それを「自分のせい」として裁いていた。 裁判官、認定医、検事、弁護士、被告人、傍聴人。 全部ひとりでやって、毎晩、有罪判決を出している。 ——しかも、判決の根拠データは、間違っていた。 社会全体の流れを、自分ひとりの欠陥だと思い込んで、40年分の上昇カーブを、ひ
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ブロガー・WEBライターで文芸(エッセイ・コラム・小説)を仕事にするなら

 WEBライターには「レビューや実作などで小説に関われる仕事を……」ってひとが多い。といってもこれはぼくの肌感ではあるのだけれど、とにかくここ10年で「文章を書く」というのは自己実現(あんまり好きなことばじゃない)とビジネスを両立するスキルとして格段に注目されてきたし、これはブロガーの台頭によって形成された価値観だろう。 じっさいに、WEBライターにあこがれてエッセイやコラムの仕事をしたい!という若いひとも増えているらしく、こういう相談を受けるライターさんもちらほらいる。ぼくもTwitterのDMを開いているときたしかにたまにこうした相談を受けた記憶がある。 こうしたケースでは「まずはブログでも開設して書きたいことをとにかくたくさん発信するといいですよ」系のアドバイスに落ち着く(というかそれくらいしか言うことがない)のだけど、何をどのくらいやればいいのか……みたいな話はあんまりされてないしぼく自身もしてこなかったし、ぼく自身もブロガー・WEBライターから文章の仕事をはじめたので、以下ちょっとまとめておこうかなとおもう。まずは3ヶ月で100記事くらい書いてみる 自己実現・自己表現のために文筆業を目指す!ことの是非はひとによって意見は変わる。ビジネス意識の強いひとにそんなことをいうと「仕事っつーのはそんなんしゃねーよ。クライアントの課題を解決してだな……」という説教を受ける可能性はメッチャ高いんだけど、ぼくとしては別に動機がそれでも構わないとおもう。だってそれが文章のおもしろさじゃん。 だけど、思い立つまで文章をあんまり書いてこなかったひとだと「文章を書きたい衝動はあるけれど、なに
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無理な時は「無理」と言うこと

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。今回は無理をしない、という話です。先日、とあるコミッションの相談を受けました。執筆自体に問題はないのですが、内容的にちょっと問題があったといいますか、いささか門外漢の領域であったため、それでは期待に添えられるものは書けない、そう返答をしました。前にもお話ししましたが、基本的には依頼を受ければ、どんなものでも書き上げてみせる。そういう自信はあります。ですが、そんな私にも、さすがに領域外の話、というものは存在します。その時に無理をして依頼を引き受けたとしても、決していい作品は出来上がりません。それでは私自身も納得しないし、なにより依頼者様に申し訳が立ちません。そういうこともあって、今回はご縁がなかったとして、話の決着を付けさせていただきました。まぁ、創作活動を続けていれば、こういうこともありますよね。そんな感じのお話でした。
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「お金」が介在する創作活動

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回は創作活動とお金についての話をしようと思います。今の時代って便利ですよね。無料で創作物を公開することができる手段。それが様々に整っているのですから。私が創作活動を始めたのは2002年の10月頃。その時にはTwitterなどのSNSなんて影も形もありません。折しも個人サイト隆盛の時代。多くの方が個人サイトを開設して自分の創作物を公開していました。トップページには俗に言う「アクセスカウンター」なるものが設置されているサイトも多数。キリの良い番号を踏むと「キリ番」などと言って盛り上がったりしたものです。現在では投稿サイトもかなり充実していますし、そういうところに投稿する方も大勢います。さて、ここからが本題。個人サイトにしろ投稿サイトにしろ、無料で作品を公開できる手段が存在する。それは作者にとって非常にありがたいものです。余計なお金をかけることなく、自分の作品を世に送り出すことができる。これによって創作活動がより距離の近いものになったことは、言うまでもない事実でしょう。ただ、ここである問題が発生します。それはなにか。それは「満足感」の問題です。どういうことか。無料で公開できる。無料で作品を読むことができる。一見お手軽のように見えますが、それ故にいわゆる読み捨てられる現象が発生しやすいのです。 事実、そういう無料投稿サイトで注目されるのは、ほんのごく一部の作品だけ。ほとんどの作品は誰にも読まれることなく捨てられていくのが現状です。 私にもそういう時期がありました。いくら作品を投稿しても、注目されない。アクセス数が増えない。そういう状
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創作と「嘘」の物語

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回は創作における「嘘」のお話をしたいと思います。創作をしていると、たびたび「リアリティ」という言葉を耳にします。 日本語に訳すなら「現実、真実」ということになるのでしょうが、たまにこれを楯にして「この作品は現実とかけ離れているから面白くない」という意見をする方が見受けられます。 しかし、本当に創作にリアリティは必要なのでしょうか。そして、創作は絶対に現実とかけ離れていてはいけないのでしょうか。 例えば、タイムトラベルは現在の科学常識では存在しないことになっています。 それは「グランドファーザーパラドックス」など、いろいろな形で説明がされています。 しかし、それでは創作にタイムトラベルを持ち込んではいけないのでしょうか。 もし、そうなってしまうとそもそも「ドラえもん」が成立しなくなってしまいますし、平成最高のゲームに挙げられた「クロノ・トリガー」も作れなくなってしまうでしょう。 (ドラえもんはタイムマシンが存在することを前提とした物語ですし、クロノ・トリガーはタイムパラドックスが一つのテーマとして挙げられています) ですが、実際にタイムトラベルをテーマにした物語はたくさん作られています。それは何故でしょう。 その理由は実に簡単です。タイムトラベルが、現実に存在しないからです。 例えば歴史小説を書こうとした場合、描こうとしている歴史に関する時代考証は必要不可欠です。その物語が史実に基づかない、あるいは史実を基にしたフィクションであるとしても、ある一時代が背景にある場合はその時代考証に関する研究はやはり外すことはできません。 一方
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邪魔なものは「捨てる」

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。今回は私の過去を含めたお話をしようと思います。私は学校時代、典型的ないじめられっ子でした。まいにち訳も分からずいじめられ、みんなからのけ者にされ、なにをしてもバカにされる毎日を強制されてきました。誰も私を認めてくれない。誰も私を褒めてくれない。そんな中、学校生活になんら楽しみを見出せなくなってきました。それでも、両親に心配をさせたくないという思いから、学校には一応行っていました。ただ、それでなにか得られるものがあったか、と言われると、全くなかった、というのが正直な感想です。社会人になり、仕事を持つようになって、ようやく人並みの扱いをされるようになりましたが、私の心にはいつも学校時代のいじめが不安となって渦巻いていました。いつか、また自分はいじめられてしまうのではないか。あのような理不尽ないじめに耐えなければならない日々が来てしまうのか。そういう不安と隣り合わせの日々を過ごしていました。そんな中出会ったのが創作活動でした。自分の稼ぎでパソコンを買い、インターネットを契約し、そこで様々な人たちが自分の作品を思い思いに発表している光景を目の当たりにしました。折しも個人サイト隆盛の時代。これなら自分も輝けるかも知れないと思い、私も創作活動を始めました。小説を書いている時はとても楽しいという思いが自分の心を包み込んでいました。嫌なことを忘れ、自分の世界に没頭することがこれほどに興味深いものだったのかと、今まで味わったこともない感覚に心地よささえ覚えました。そして、いつしか創作活動は私の中で大きな比重を占めるようになっていきました。これが本
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AIに悩みを話す10代女性が半数超え。彼女たちが弱いの?「ひとりで抱える時代」を、若い世代が先に終わらせていた

10代女性の半分が、AIに悩みを相談していた 内閣府の消費者委員会が、こんな調査結果を公表した。 10代女性の52.4%が、生成AIの使用目的に「悩み相談」を挙げた。 2026年2月、内閣府消費者委員会の「AI技術の利用と消費者問題に関する専門調査会」が、生成AI利用者1,442人に実施したアンケート。 4月23日の第3回専門調査会で結果が報告された。 数字を、もう少し丁寧に見ていく。 10代女性:52.4%(半数超え) 20〜40代女性:いずれも30%超 男性:全世代で30%未満(最多は30代の29.1%) そして、もうひとつ、強烈な数字がある。 人間関係や人付き合いについて、AIのアドバイスを「信頼している」(とても/ある程度)と答えた割合: 10代女性:63.1% 10〜20代全体:半数超え 3人に2人の10代女性が、人間関係の相談相手として、AIを信頼している。 ——これ、社会的にけっこう、すごい数字だ。 (10代の親、たぶん見てない) 「AIに頼ってる、若者ヤバい」と言いたい人、ちょっと待って この数字を見て、こう言いたくなる人がいる。 「最近の若者は人と話すのが苦手」 「AIに頼るなんて、まともなコミュニケーション能力が育たない」 「人間相手に悩み相談すべきだろう」 「親や友達がいるじゃないか」 ——気持ちは分かる。 でも、ちょっと、立ち止まってほしい。 なぜ、10代女性の半分は、人間ではなくAIを選んだのか。 それは、人間に相談したことがある人ほど、AIを選ぶ理由を知っているからだ。 人間に相談すると、何が起きるか(経験者の証言) 考えてみてほしい。 中高生が、夜
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私が「文学フリマ」に参加しない理由

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回は、とあるイベントに関するお話をしたいと思います。先日(5/21)東京流通センターで「文学フリマ東京」が開催されましたね。色々と参加報告などを見ていると、結構盛り上がったなというのが第一印象です。ですが、私はこの文学フリマに一度も参加したことがありません。サークルとしてはもちろん、一般としても足を運んだことがないのです。それが、今まではたまたま縁がなかっただけで、いつかはサークルとして参加してみたい、というものでもありません。本当に「参加する気が起きない」のです。それは何故なのか。私なりにその理由を分析してみたのですが、どうやら「これだ!」という明確な理由と呼べるものはなく、なにかあの手のイベントに対して、「言い知れない違和感」を覚えているのだな、ということを思いました。文学フリマと似たタイプのイベントとして「Text Revolutions」(以下テキレボ)というものがあります。私、このテキレボには何度か参加したことがあります。規模や参加者数については文学フリマには全く及びませんが、それでも、数少ない文芸系の同人イベントの一つとして、その存在は非常に貴重なものでした。ですが、何度か参加してみた後、私はこんなことを思ったのです。「ここは私のいるべき場所ではない」それは、文学フリマに対してなんとなく抱いていた違和感が、実際にそれに類するイベントに参加することによって具体化した瞬間でもありました。なんと言いますか、違和感というよりは、「居心地の悪さ」「気持ち悪い感覚」と言った方がより正解に近いかも知れません。創作文芸という界隈
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「ラスト・リゾート」を「最後の手段」と訳す、その奥深い理由

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回も、前回に続き、少々込み入った話をしたいと思います。「ラスト・リゾート」という言葉があります。ラストは「最後」という意味で間違いありませんが、リゾートを「行楽地」という意味でとらえてしまうのは間違いです。確かにリゾートには名詞としての「行楽地」という意味もあるのですが、他に動詞として「頼る」という意味もあります。そして「ラスト・リゾート」と言った場合、リゾートは後者の意味として使われます。「最後」に「頼る」もの。だから「ラスト・リゾート」は「最後の手段」と訳すのです。さて、英文法としてはこういうことなのですが、一方で、日本語としての「最後の手段」を表す言葉には、「奥の手」「切り札」というものもあります。では、何故こうした複数の表現が存在するのか。それは「最後の手段」と「奥の手」の、使われる状況を区別するためです。日本語で「最後の手段」と言った場合、それは大抵、万策尽きようとしている状況、つまり、他に取るべき方法がないから、この方法を使うしかない。そういうニュアンスが含まれることが多いです。一方で「奥の手」と言った場合は、状況を好転させる、あるいは有利に進めるための方法という、どちらかといえばポジティブなニュアンスで使われるケースが多いでしょう。そして、英語でも「ラスト・リゾート」はネガティブな意味で使われることが多く、もし、ポジティブな意味、つまり日本語でいうところの「奥の手」の表現をしようとした場合、「エース・イン・ザ・ホール」と言うのが一般的なようです。「エース・イン・ザ・ホール」は、トランプのポーカーゲームに由来する
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ココナラで2件目の依頼進行中

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。先日、ココナラで初の依頼を完了しましたが、現在、2件目の依頼が進行中です。詳細はお話しできませんが、これまで他のコミッションサイトでも引き受けたことのない形式の依頼であるため、今から気を引き締めて取り組まなけれならないかな、と思っています。報酬もなかなかに高額である、というのももちろんですが、それ以上にスタートダッシュをきちんと切ることができるか。そこがより重要視されるような形式の依頼です。これを上手く成功させることができれば、自分の創作の幅はもちろん、引き受けられる以来の幅も、多少は広がってくるのかな。そんな風に考えています。自分のスキルに対する責任。相手の依頼に誠実に応える責任。その2つの責任を前に、果たして私は耐えられるのでしょうか?
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そりの合わないクライアントとコミュニケーションスキル

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。今回の話は私自身の体験談も多少含まれています。ココナラを始め、ほとんどのコミッションサイトには「評価システム」というものがあります。この出品者に依頼してよかった。この購入者と気持ちよく取引できた。そういうことを反映するシステムとして、この評価システムがあります。そこで良い評価を受けられれば、確かに嬉しいですよね。でも、たまにあまり良くない評価を受けてしまうこともあるでしょう。その時、出品者の立場としては少なからず落ち込んでしまうかも知れません。納期はちゃんと守ったのに。指定された要素は全て盛り込んだのに。修正要望にもきちんと応えたのに。そういうことが報われないと、やっぱり気持ちが沈んでしまいますよね。自分になにか至らないところがあったのだろうか。心当たりはあるけれど、そんなに気に入らない部分だったのだろうか。色々考えてしまうこともあると思います。でも、そこで考えすぎても仕方がありません。世の中には、自分とそりの合うクライアントばかりがいる、わけではありません。中にはどうしても自分とそりの合わないクライアント、という方もいるでしょう。それはどういうことか。細かいことに気を遣いすぎる神経質な方だったのか。一発OKを求める完璧主義者だったのか。それとも、依頼者自身にも相応のスキルがあるため、相手の出品者にも同様の対応を求めていた、とか。でも、同じスキル保持者でも、そのベクトルは一人一人様々です。ライティングのスキル一つとっても、得意とする書き方は人それぞれでしょうし、それが依頼者の好みに適さない、ということは往々にしてあり得る話です。
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たった一通の感想に涙した話

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。今回は、創作活動を続けていく中で最も感動した話をしたいと思います。あれは忘れもしない、2019年11月の上旬のとある日曜日。その日は、川口市民ホールフレンディアで開催されている、「ゲームレジェンド」というイベントに参加していました。新作の小説を引っ提げて、「少しでも売れたらいいなぁ」なんて軽い気持ちで参加していました。11時に開場してから約30分後のこと。とあるTwitterのフォロワーさんが来てくれました。「新刊ください」おなじみのフレーズです。これまで何度となく聞いたことか。軽く話をした後、新刊を渡してその場は終わりました。その後も作品はボチボチなペースですが順調に売れていきました。「今日は悪くない売れ行きだな」そんなことを思いながら盛り上がる会場の様子を眺めたりしていました。私が涙した出来事はその後に起こります。お昼が過ぎ、午後になり、人の流れも落ち着いてきました。15時30分閉場となるゲームレジェンド。時刻はちょうど14時30分になっていました。「そろそろ終了か。今回も打ち上げやるのかなぁ」そんなことを考えていた、その時。「ピンポーン」スマホの通知音が鳴りました。「なんだろう?」確認すると、Twitterの通知でした。私宛に直接なにかのつぶやきが送られたようです。「こんな時に誰だろう?」疑問に思いながら開いてみると、そこには衝撃の事実が。送り主は午前中に新刊を買ってくださった、あのフォロワーさんでした。そして、その内容は、実に嬉しい、新刊の感想だったのです。ここに掲載することは控えますが、それを見た瞬間、私の心は震え上が
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物書き仕事と文字単価

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。今回は少々デリケートな話をしたいと思います。現状、私は小説執筆の依頼を文字単価0.5円を基本とし、依頼内容に応じて文字単価1.0円まで変動するという方式を取っています。安月給とはいえ本業があるため、今のところ物書き仕事は副業の範囲で取り組んでいます。また、私自身が素人作家という立場である以上、あまり文字単価を高く設定することは正直気が引けるというか、生意気に見られるところがあるのかも知れないと思っています。ただ、今の仕事では食べていくので精一杯なので、それに加えて少しでも稼ぎを得なければならないという思いもあり、そのために副業として物書き仕事も請け負うことにした、という側面もあります。将来的には文字単価1.0円を最低ラインとして、依頼内容に応じて文字単価2.0円まで変動する方式にしたいと考えています。とはいえ、今は実績を少しでも積み重ね、多くの顧客の信頼を得なければならない段階であることは重々理解していますので、その実績と執筆の経験値を稼ぐというところが大きなウェイトを占めています。実際的な部分を見た場合、物書き仕事における文字単価の問題は極めてデリケートであり、安すぎても労力に見合った稼ぎにならない、高すぎても依頼が来ない可能性がある、ということになりかねません。その時々の情勢と自分自身の能力を適切に見極めた上で文字単価を設定することが重要なのですが、それが非常に難しい問題でもあります。自分自身、あるいは自分のスキルをいかにしてお金に換えていくか。スキルを売買できる媒体が充実してきたこの時代であるからこそ、改めて自分自身のスキ
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Z世代の情報漏えい、本当に「常識がない」だけ?  上の世代が見逃している、彼らがこっそり始めていた孤独の処方箋

GW後半に入った朝、こんなニュースが続いている。 川崎市の新規採用職員、研修資料をLINEオープンチャットに投稿(4/16) 「ZIP!」の新人スタッフ、出演者名やシフト表をSNSに投稿(4/27) 銀行行員、支店内を撮影してSNSに投稿(5/1) ミスタードーナツ瀬戸店、店舗内部情報がXで拡散(5/1) 世間の反応は、たぶん、こうだ。 「最近の若者は常識がない」 「研修やってるはずなのに、なぜ」 「こんなこと、ふつう、しないだろ」 「Z世代、ヤバすぎ」 ——気持ちは、分かる。 川崎市の市長も、こう言ったらしい。 「こんなことまで注意喚起をしなくてはならないのか。驚きを隠せない」 しかも、川崎市の流出した研修資料の中身、何だったか知ってますか。 「情報セキュリティ」と「情報公開と個人情報」の研修科目 ——研修資料を、研修について語った資料とともに、流出させた。 (コントの完成度、高すぎ) これだけ見ると、若者を笑って終わる話だ。 でも、ちょっと、違う角度から見てみたい。 なぜ研修してもダメなのか ニュース記事の中で、神戸国際大学の中村教授が、ものすごく鋭い指摘をしている。 上司は「それはダメだろ」「ふつうそんなことしないだろ」と従来の常識で判断しがち。 でも、Z世代にとっては、「日常を共有する」「その場で反応する」がコミュニケーションの基本。 投稿は特別な行為ではなく、会話の延長線上にある。 これ、めちゃくちゃ大事なポイント。 つまり、上の世代と若い世代では、「投稿」という行為の意味が、完全に違う。 上の世代:投稿=発信、公開、表明 Z世代:投稿=会話、つぶやき、雑談 会話して
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自分の頭の中に、家賃も払わない祖父母世代が住んでます しかもアップデートは20年前で止まっている件

自分の中の祖父母世代が、毎朝ミニトマトを丸ごと出してくる GW、帰省、孫、祖父母、ミニトマト、誤嚥—— という見出しを朝から見て、ちょっと震えた。 小児科専門医が警告している。 GW帰省で、祖父母世代と親世代の「育児常識ギャップ」が事故につながりやすいらしい。 具体例はなかなかすごい。 ・「アレルギーなんて好き嫌いでしょ」と知識ないまま食べさせる ・ミニトマトやブドウを、丸ごと食卓に出す ・チャイルドシートを「ちょっとそこまでだから」と省略 ・床に錠剤が落ちている(??) 特に印象に残ったのが、医師のこの一言。 「『あげたい』という気持ちはすごく根源的な欲求」 つまり、悪意はゼロ。 むしろ、愛情100%。 祖父母は孫にあげたくて、ミニトマトを丸ごと出している。 ——で、ここまで読んで、ふと思った。 あれ。 これ、自分が自分に対して、毎日やってない? 自分の中にも、祖父母世代の声がある 頭の中に、20年前くらいで常識のアップデートが止まった声がいる、という話だ。 「もっと頑張れたはず」 「休んでる場合じゃない」 「弱音吐くなんて情けない」 「みんなやってるんだから」 「気合いで乗り切れ」 これ、誰の声だろう。 たぶん、20〜30年前の世間の常識。 当時はそれが「正しい」とされていた価値観。 それが、自分の頭の中で、アップデートされないまま居座っている。 しかも、悪意ゼロ。 「自分のためを思って」言ってくる。 祖父母がミニトマトを出すのと、まったく同じ顔で。 (しかも家賃も払わずに住み着いている。古参すぎる) 善意の誤嚥 医師は、こう言っている。 「気道に詰まってしまいやすいもの、
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〔削除済み〕の前線基地

初めまして!!ここは「〔削除済み〕の前線基地」。私はこの基地管理者、〔削除済み〕です!!え?入るブログを間違えた?そんなこと言わずに~!!ここで会ったのも何かの縁。ぜひ覗いて行ってください!!〔削除済み〕のプロフィールName:〔削除済み〕(読み方はなんでもいいです)Activity:作詞、物書きAge:19(2023/11現在)Like:食事、音楽、東方、ガルパン、ジョジョなどなどさて、このブログではどんなことを書いていくのかと言いますと、大まかには以下の内容になります・自分の活動について・思い浮かんだ歌詞など・自分の私生活でのお話・ココナラでのサービスについて・その他書きたいと思ったことゆるゆると投稿していければいいなと思います!!是非今後ともよろしくお願いします!!
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「物語を書く」ことと「システム開発」の共通点

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。 今回の話は少し長めになります。 最後までお付き合いいただければ幸いに存じます。 私は、たまに他の人から 「どうすればあなたのような文章力を身に付けることができますか?」 と質問を受けることがあります。 その時、私はいつも 「そんなの知りません。文章力上達のコツがあるのなら、むしろ私が知りたいぐらいです」 と返事をするようにしています。 昔話をすると、私は学校時代、国語の授業が苦手でした。 成績そのものは特に悪くなく、文章を読むことは嫌いではありませんでした。 私が苦手だったのは、いわゆる「作文」です。 特に読書感想文などは、本当に嫌な課題でしたね。 では、何故今こうして文章系クリエイターとして活動ができているのか。 私にとって、物語を書くという行為は 「文章をしたためる」ことではなく 「システム開発」そのものだからなのです。 作文の場合、先に挙げた読書感想文などはその好例なのですが、 なにか本を読んだ時、その本の内容に対して自分がどのように感じたか、 その本が主張したいことに対してどのような解釈を抱いたか、 ということを「自分の文章で」書かなければならないのですね。 私はこの 「自分の文章で」 というところが非常に苦手だったのですよ。 まぁ、当時いじめられていたということも多少影響していたかも知れません。 迂闊に自分の思いを言おうものなら、それをネタにいじめられるとか思ったり。 対して「システム開発」というのは、 クライアントからこのシステムを作ってほしいという要望を受けて取り組むものです。 具体的にどんな機能が欲しいかをクラ
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〔削除済み〕の前線基地 Day.2

皆さんこんばんは!!「〔削除済み〕の前線基地」、基地管理者の〔削除済み〕です!! 最近寒くなってきましたよね。私もついに薄い布団から厚手の布団にようやくシフトチェンジです。 さて、今回の記事では、改めて、私の展開するサービスについてお話させて頂ければと思います。 -サービス概要- サービス名:物語をストレートに描いた歌詞を書きます 内容:作詞 担当者:〔削除済み〕 ひとこと:皆様の思い描く物語、既にあるメロディーに、歌詞という彩を添えませんか?聞く人の心に響くような歌詞を書きます!! -担当者プロフィール- 名前:〔削除済み〕 活動:作家兼作詞家 年齢:19 (2023/11現在) 好きなもの:食事、音楽、東方、ガルパン、RTA in Japan、ジョジョなど 苦手なもの:アジの南蛮漬け、虫、爬虫類 -担当者活動実績- ・2021年8月 自身の初となる東方同人小説「東方外界神」をpixivに投稿。 15章+特別編という構成で、総文字数は432,388文字。 原稿用紙は1000枚分以上の長編。 ・2022年8月 東方同人音楽サークル「Accept World」に加盟。 この時より作詞活動を開始。 ・2023年3月 同サークル1曲目「TWIN_BEAT」の作詞を担当。 ・2023年11月 ビックサイトで行われた「第十回博麗神社秋季例大祭」にて、同サークルの1stアルバム「TWIN_BEAT」を頒布。収録されている4曲全ての作詞を担当。 と、このような感じです。興味を持っていただけたら、ぜひともお気軽にお声がけください!! 「I'm a Creator!! ~あなたの心へ届く物語と歌
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商品アイコンが新しくなりました

こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。今回はちょっとしたお知らせです。かねてより制作を依頼していた、新しい商品アイコンが完成いたしました。新しい商品アイコンはより小説書きらしさを強調し、気軽にクリックできるものになったと思います。まだココナラでの販売実績はありませんが、これで創作活動に弾みを付けていきたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。
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自己紹介|書くことと、考えることを仕事にするまで

はじめまして。Lawlence(ローレン)と名乗っています。 今は、文章を書くこと、考えること、対話することを軸に生き方を組み立て直している途中の人間です。 これまでの経歴だけを見ると、少し奇妙に映るかもしれません。 早稲田大学で学び、ゲーム制作の現場でFFを制作し、トロント大学教育研究所(OISE)を経て、縁あってオックスフォード大学院で社会学を学びました。 日本と海外、制作と研究、現場と理論。 一見すると統一感のない経験ですが、振り返ると一貫して関心があったのは、 「人はなぜ、この社会でこう振る舞わされるのか」という問いでした。 長い間、私は「うまく適応する側」に立とうとしてきました。 期待に応え、役割を果たし、評価されるために努力する。 けれど、その過程で少しずつ、自分の感覚や言葉が削れていくのを感じていました。 考える時間がなくなり、立ち止まる余白が消えていく。 気づけば、外からは見えない疲労だけが積み重なっていました。 そんな経験を経て、今は意識的に歩く速度を落としています。 成果よりもプロセス、正解よりも問い。 早く結論を出すことより、考え続けることを大切にしたいと思うようになりました。 現在は、私小説の執筆に取り組んでいます。 過去の出来事を美化するためでも、誰かを告発するためでもなく、 自分の人生を一度、言葉の上で正確に見つめ直すための作業です。 完成は2026年1月を予定していますが、書く過程そのものが、すでに再構築の時間になっています。 同時に、対話の場も大切にしています。 文章は一人で書きますが、思考は他者とのやりとりで深まる。 英語、社会、仕事、人間関係
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【未来予知】「中学2年生の私から。24年の時を経て届いたメッセージ。」

私は今、自分の過去を私は今、過去を振り返る行動をしている。これは、自己理解の再確認でもある。下記は、私が中学2年の時に地元の文集に掲載された記事である。 テーマは、生活文。タイトルは、「忘れない」忘れない ○○中二年 ○○愛実 私の母は、慢性腎不全という病気に昔かかっていた。しかし、祖父からの腎臓移植により元気な体をとりもどし、自然分娩で私を産んでくれた。移植後、自然分娩で子供を産むことはめずらしく、世界でも例の少ないことだったという。 ある日、そんな話を両親から聞かされた。その時の私には命の重さなんて少しも分かってはいなかった。 私が七歳の時の冬、母は急に体調を崩し入院した。日に日に母の病気は悪くなっていった。母は「IC」という緊急の人が入る病室に入れられた。ある日私がそこへ行くと、目は白くなり、口びるは薬のせいで真っ黒になった母の姿があった。母は私に手を差し出した。私は母の手を軽く握った。しかしショックのあまりすぐにICを出て行ってしまった。それが最後だった。その日の夜、母は亡くなった。 病名がなんだったのか私はよく知らないが、その病気で死ぬことはとてもめずらしいことだったと聞いた。母は四十日間病院に入院していた。 急性の病気だったらしく有名な先生たちが何人も見てくれたそうだが手遅れだった。 最後にはいろいろな薬の副作用などでたくさんの病気にかかっていたそうだ。 苦しかったと思う。 悔しいと思う気持ちが強くて涙もろくに出なかった。あの時、母の手を握り続けることができなかった自分がイヤだった。 その日から私は一人っ子だったせいもあるのかすごくわがままになり、そして一人で泣くこ
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note・ナレーター界隈で話題になっていたココナラに初上陸

はじめまして。どこかで見たことのある方は、いつもお世話になっています。 虹倉きりといいます。よろしくお願いします。 普段はnoteでひっそりと文章を書いたり、朗読したりしています。実は昨日まで転職活動に勤しんでいたのですが、ある程度の区切りが付き、フリーランスとして活動することになったため、手段を広げようと思いココナラに登録しました。まだ登録して1時間も経っていないのですが、話自体は界隈仲間から聞いていたので、こういうことなのね、といじっては実感しております。しかしながら、わからないことだらけです。ココナラは、自分の得意分野を商品として出品できるのがウリと聞きました。私のスキルは「アナウンス」と「ライティング」です。アナウンスは、高校時代の部活(放送部でした)でみっちり叩き込まれて以来、特技としています。一番得意な読みはニュース読みです。ですが、バラエティ読みなどもできます。ライティングは、別の媒体で小説やエッセイ、ブログなどを執筆しています。こちらはまだまだ発展途上。それでも、何個か実績はあります。主なテーマは「青森で面白い活動をしているヒト・モノ・コト」です。青森在住なので、地元住民ならではの目線でドローカルなテーマを敬意を込めて発信できたらいいなと思っています。前職はドラッグストアの店員でした。在職中に登録販売者の資格を取得しています(ただし研修中)。フリーになって、確定申告の恐怖におびえていますが、フィールドエリアが広くなったと考えれば、お役に立てる機会も増えるのかなと考えています。ルイージ並のビビリではありますが、よろしくお願いいたします。
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