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私は陽菜の隣にいたいのかな?

チャイムが鳴る。午後の授業が終わった。教室の空気が、一気にほどける。椅子を引く音。友達を呼ぶ声。部活動の話。いつもの放課後。でも、凪の心だけは少し落ち着かなかった。"安心と恋は何が違うんだろう"授業中から考えていた問いが、まだ胸の中に残っている。帰り支度をしながら、ぼんやり考える。その時だった。前の席で、誰かが陽菜に話しかける。「陽菜、これどう思う?」クラスの女子だった。どうやら悩み相談らしい。陽菜は手を止める。そして少し考えてから言った。「うーん」すぐには答えない。まず相手の話を聞いている。途中で遮らない。否定もしない。ただ聞いている。凪はその様子を見ていた。女子生徒は話し続ける。しばらくして、陽菜が笑う。「それ、私だったらこうするかも」アドバイスというより、自分の考えを伝えている感じだった。押しつけじゃない。答えを決めるのも相手。その空気が自然だった。女子生徒は少し笑う。「そっか」それだけだった。でも、さっきまで曇っていた表情が少し柔らかくなっていた。凪は思う。陽菜は不思議だ。人を変えようとしない。正そうとしない。それなのに、話した人が楽になっている。凪は昔のことを思い出す。誰かが悩んでいると、なんとかしてあげたくなる。励ましたくなる。助けたくなる。でも、うまくいかないこともあった。良かれと思って言った言葉が、相手を苦しめてしまったこともあった。その度に、自分を責めた。"もっと上手く言えたら""私の伝え方が悪かったのかな"そんなことばかり考えていた。でも陽菜は違う。答えを渡すんじゃなくて,相手が自分で見つけるのを、隣で待っているみたいだった。その姿を見て、凪はふと思う。もし
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どうして、あの一言のほうが、こんなに残るんだろう。

夕焼けの色が、少しずつ薄くなっていく。教室の窓に映る空が、オレンジから青へ、ゆっくり変わっていく。凪は、スマートフォンを持ったまま、しばらく動かなかった。『見ちゃう』その短い言葉だけが、まだ胸の奥に残っている。廊下から、誰かの笑い声が聞こえる。部活へ向かう足音。遠ざかる声。教室の中は、少しずつ静かになっていく。凪は、もう一度だけ画面を見る。トーク画面。最後の一言。たったそれだけなのに、閉じるのが、少し惜しい。「まだ帰ってなかったんだ」後ろから声がする。振り返ると、悠真が立っていた。バッグを肩にかけて、いつもの顔で、こっちを見ている。「……うん」凪は、スマートフォンを伏せる。反射みたいな動き。悠真は、それに気づいたのか、気づいていないのか、そのまま近くの席に軽く腰をかけた。「珍しいな」窓の外を見ながら言う。「凪、いつもすぐ帰るのに」その言葉に、凪の心が、ほんの少しだけ止まる。“いつも”。その言葉が、妙に引っかかった。確かに、そうだった。放課後は、特別長く残らない。誰かを待つこともない。でも、今日は、まだここにいる。理由を考えようとして、やめる。「……なんか」凪は、小さくつぶやく。悠真が、「ん?」と顔を向ける。凪は、その続きを探して、でも、見つからない。言葉にした瞬間、何かが変わってしまいそうで。「……ううん」結局、そう言って、首を振る。悠真は少しだけ不思議そうな顔をしたあと、「そっか」とだけ返した。沈黙が落ちる。気まずくはない。安心できる静けさ。ずっと知っている温度。でも、その静けさの中で、凪は、別の空気を思い出していた。夜の公園。風。ブランコの音。そして、“見ちゃう”あの短い言
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その全部を、見られていた気がする。

教室のざわめきが、少しずつ薄れていく。部活へ向かう声。椅子を戻す音。窓の外から入る、夕方の風。凪は、まだ席に座っていた。手の中には、スマートフォン。画面は暗いまま。開けばいい。それだけなのに、指が、少しだけ止まる。窓の外が、オレンジ色に染まっていく。その光が、机の上を長く滑る。凪は、ゆっくり息を吐いた。そして、親指が、静かに動く。画面が点く。通知は、一つだけ。陽菜。短い名前。それだけで、胸の奥が、少しだけ鳴る。メッセージを開く。『今日は、ちゃんと授業受けてた?』凪は、瞬きをする。思わず、小さく息が漏れる。なんでもない言葉。特別じゃない。重くもない。でも、なぜか、少しだけ笑いそうになる。『受けてた』打つ。送る。すぐ既読がつく。その速さに、胸が小さく揺れる。凪は、画面を見つめたまま動かない。数秒。それだけなのに、長い。『ほんとに?』続けて届く。『なんか上の空っぽかった』凪の指が止まる。教室の空気。窓際。昼休み。その全部を、見られていた気がする。凪は、画面を見たまま、少しだけ俯く。胸の奥が、静かに落ち着かない。嫌じゃない。でも、安心とも少し違う。『……見てたの?』送る。既読。少し間。それから、『見ちゃう』短い返事。たったそれだけ。なのに、凪の心臓が、大きく鳴る。教室には、もう人が少ない。遠くで、誰かが笑っている。夕方の光が、ゆっくり薄くなっていく。その中で、凪は、スマートフォンを持ったまま動けない。『なんで?』打ちかけて、止まる。消す。また、打つ。止まる。聞いたら、何かが、変わってしまう気がした。まだ、そこには触れたくない。でも、もう、気づき始めている。自分の時間が、少しずつ、一人分
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女の子、とっかえひっかえしてるみたいに見えるよ

翌日の放課後。教室の空気が、どこかざらついていた。悠真が席を立った瞬間、女子のひとりが、ふいに言った。「ねえ、ちょっとさ。」教室の視線が、ゆっくり集まる。「どういうつもりなの?」笑ってはいなかった。「陽菜とも帰ってるよね? 凪とも帰ってるよね?」空気が固まる。「女の子、とっかえひっかえしてるみたいに見えるよ。」ざわ、と小さな波。男子が軽く茶化す。「ひがむなよ。」笑いが起こる。でも、悠真は笑わなかった。ただ、一瞬だけ目を伏せた。その顔を、凪は見た。傷ついた顔だった。弁解も、反論も、しない。「そんなつもりじゃない」その一言さえ、飲み込んだ。凪の胸が、強く締めつけられる。“わたしのせいかもしれない”その考えが、頭を離れない。好きでいることが、悠真を追い詰めるなら。一緒に帰った時間が、彼を責める材料になるなら。わたしは——いないほうが、いいのかな。窓の外では、夕焼けが沈みかけている。悠真は静かに教室を出た。凪は、立ち上がれなかった。好きなのに。好きだから。動けない。それがいちばん苦しい。教室に残った夕陽が、赤いリボンを、やわらかく照らしていた。まるで、ほどけそうな糸みたいに。
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好きな気持ちは、簡単に消えてくれない

放課後の教室は、まだ少しだけざわついていた。凪は机の中を整えながら、無意識に悠真の方を見てしまう。悠真は、窓際で男子と話していた。笑っている。楽しそうに。(……あんな顔、最近見てなかったかも)胸の奥が、ちくっと痛む。凪は視線を落とし、カバンの持ち手をぎゅっと握った。(今日は、一緒に帰らない方がいいかな)そんな考えが浮かんでは、消える。決められないまま、時間だけが過ぎていく。「凪」不意に名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。振り返ると、悠真が立っていた。「先、帰る?」その問いかけは、やさしいのに、どこか他人行儀で。「……うん」凪は少し迷ってから、うなずいた。悠真は一瞬、何か言いたそうにしたけれど、結局、軽く笑った。「じゃあ、気をつけて」その笑顔が、今日いちばん胸に刺さった。凪は教室を出る。廊下を歩きながら、後ろを振り返りたくなる衝動を、必死に抑える。(私が離れた方が、楽なのかな)自分に言い聞かせるように、そう思おうとする。昇降口で靴を履き替え、外に出ると、冷たい空気が頬に触れた。夕方の空は、もうすっかり色を失いかけている。(今日は……ひとりだ)それだけのことなのに、足取りが重い。帰り道、ふと立ち止まる。以前、悠真と並んで歩いた場所。笑ったこと。何気ない会話。肩が触れそうになって、慌てたこと。全部、まだ近くにあるのに、もう戻れない気がしてしまう。「……ばかだな」小さくつぶやいて、凪は歩き出した。好きな気持ちは、簡単に消えてくれない。だからこそ、この距離が、こんなにも苦しい。夕暮れは、何も言わずに沈んでいく。凪の胸の中だけが、取り残されたままだった。
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陽菜は、人を変えようとしない。

放課後の教室には、夕暮れの光がゆっくり流れていた。凪は席に座ったまま、陽菜たちの方を見ている。陽菜はまだ、クラスメイトの話を聞いていた。時々笑う。時々うなずく。でも、不思議なくらい自分の話をしない。相手の言葉を、大事そうに受け取っている。凪はその姿を見ながら思う。私だったら、どうするだろう。きっと、もっと何か言ってしまう。大丈夫だよ。気にしなくていいよ。こうした方がいいよ。そんな言葉を、次々に並べてしまうかもしれない。でも陽菜は違う。聞いている。ただ、聞いている。それなのに、相手は少しずつ元気になっていく。その様子が、凪には不思議だった。しばらくして、相談していた女子生徒が立ち上がる。「ありがとう」少し照れたように笑う。陽菜も笑った。「うん」それだけ。それだけなのに、女子生徒の表情は来た時より柔らかい。凪は思う。陽菜は、人を変えようとしない。だからなのかな。みんな安心して、話せるのは。その時だった。陽菜がこちらを見る。目が合う。凪は慌てて視線を逸らそうとする。でも、間に合わなかった。陽菜が笑う。「凪」呼ばれる。胸が少しだけ跳ねる。「帰る?」ただそれだけの言葉。なのに、なぜか嬉しい。凪は小さく頷く。「うん」陽菜は鞄を持つ。夕陽が髪を照らす。その光景を見ながら、凪はまた考えていた。私は、陽菜みたいになりたいのかな。それとも、陽菜の隣にいたいのかな。まだ分からない。でも、ひとつだけ分かることがある。陽菜と一緒に帰ると聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。その気持ちは、もうごまかせなくなり始めていた。二人は教室を出る。廊下には、長く伸びる夕陽の影。凪は、その影を見ながら思う。今日も
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私は、陽菜みたいになりたいのかな。 それとも、陽菜の隣にいたいのかな。

放課後の教室は、昼間とは少し違う顔をしていた。窓から差し込む光が、少しだけオレンジ色になっている。凪は席に座ったまま、陽菜の方を見ていた。陽菜は、まだクラスメイトの話を聞いている。時々うなずく。時々笑う。でも、自分の意見を押しつけたりはしない。ただ、相手の話を受け止めている。凪は不思議に思う。どうして陽菜の周りには、人が集まるんだろう。どうしてみんな、あんなに安心した顔になるんだろう。私なら、きっと、何か言わなきゃと思う。元気づけなきゃ。助けなきゃ。正しいことを伝えなきゃ。そんなふうに考えてしまう。でも陽菜は違う。まるで、雨の日の紫陽花みたいだった。凪はふと、通学路で見た紫陽花を思い出す。青。紫。少しだけ桃色。どれが正しい色なのか、説明できない。でも、綺麗だった。見ているだけで、心が落ち着いた。陽菜も少し似ている。無理に答えを出さない。無理に誰かを変えようとしない。ただ、そこにいる。それだけなのに、なぜか安心する。その時、相談していた女子生徒が笑った。「ありがとう」陽菜も笑う。「うん」それだけだった。その短いやり取りを見ているだけで、胸が少し温かくなる。私は、陽菜みたいになりたいのかな。それとも、陽菜の隣にいたいのかな。どちらなのか、まだ分からない。でも、一つだけ分かることがあった。陽菜を見ていると、頑張らなきゃという気持ちが、少しだけ静かになる。肩の力が抜ける。呼吸が深くなる。まるで、雨上がりの紫陽花を見ている時みたいに。その感覚が、凪には心地よかった。そしてまた、新しい問いが生まれる。「私は、陽菜といる時の自分が好きなのかな」窓の外では、夕暮れの光が校庭を照らしていた。その
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『一人?』 打とうとして、止まる。

凪の指先が、画面の上で止まる。打ちかけた文字。消して、また打って、もう一度消す。教室は、静かだった。窓の外の空だけが、ゆっくり色を変えている。『なにしてるの?』短く打つ。送る。その瞬間、胸の奥が、少しだけ熱くなる。凪は、スマートフォンを伏せる。でも、数秒も経たないうちに、また手に取ってしまう。既読。その二文字だけで、呼吸が少し浅くなる。返事は、まだ来ない。なのに、待っている時間が、妙に長い。窓の外で、風が揺れる。遠くで、電車の音。教室の時計が、静かに秒を刻む。凪は、スマートフォンを見つめたまま、ふと、昨日の公園を思い出す。あの距離。あの沈黙。“見ちゃう”あの言葉。通知音。小さく、鳴る。凪の肩が、ほんの少しだけ動く。画面を開く。『帰り道』短いメッセージ。それだけ。でも、凪の胸の奥が、また静かに鳴る。『一人?』打とうとして、止まる。なんで、そんなことを聞きたいのか。自分でも、よくわからない。でも、聞きたいと思ってしまった。凪は、画面を閉じる。窓の外を見る。夕焼けが、少しだけ薄くなっている。教室のガラスに、自分の顔が映る。その表情が、ほんの少しだけ、知らない顔に見えた。「……なにしてるんだろ」と小さくつぶやく。誰に聞かせるでもなく、でも、その声は、どこか少しだけ、やわらかかった。スマートフォンが、もう一度震える。凪は、すぐには見ない。なのに、口元が、少しだけ緩んでしまう。“安心”とは違う。でも、嫌じゃない。少しずつ、そっちへ引っ張られている。凪は、ゆっくり立ち上がる。椅子が、小さく音を立てる。窓の外。夜の色が、少しずつ近づいてくる。そして、凪の中でも、まだ名前のない何かが、静かに、形
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期待させないでほしい。でも、気づいてほしい。

教室は、まだ笑い声の余韻を残していた。凪は自分の席に座ったまま、教科書を開いているふりをしていた。ページは、さっきから一度もめくられていない。奥で、悠真が笑う。その声だけが、やけに輪郭を持って耳に届く。こんなに遠かったっけ。距離は、教室の端と端。たったそれだけなのに。凪は、ペンを握り直した。指先に力が入る。目が合うときはある。廊下で、ふとした瞬間に。名前を呼ばれることも、増えた。でも。あの輪の中に、自分はいない。悠真が、誰かの肩を軽く叩く。自然な仕草。いつもの笑顔。その横顔を見ているだけで、胸の奥が少しずつ冷えていく。私、何を期待してるんだろう。好きになる前は、こんなことで苦しくならなかった。ただ同じクラスの男子。それだけだったのに。チャイムが鳴る。男子たちがばらけていく中、悠真がふとこちらを向いた。一瞬、目が合う。凪は、反射的に視線を落とした。呼ばれなかった。何も言われなかった。それだけなのに、何かを失ったような気持ちになる。帰り道。夕焼けはもう薄くて、空は灰色に近い。凪はひとりで歩く。足音が一定のリズムを刻む。スマホが震えた。画面には、悠真の名前。心臓が、跳ねる。『さっき元気なかった?』たったそれだけ。凪は立ち止まる。どうして。どうしてそんなこと、気づくの。苦しいままでいいと思っていたのに。期待させないでほしい。でも、気づいてほしい。矛盾が、胸の奥で絡まる。『べつに』短く打って、送信ボタンの上で指が止まる。ほんとは、違う。でも。長い文章を送る勇気はない。結局、そのまま送った。すぐに既読がつく。『そっか。ならいいけど』ならいいけど。その一言が、優しいのか、突き放しているのか分
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……ずるいよ、そういうこと言うの

冬の冷たい空気が、校舎の廊下にゆっくりと入り込んでくる。チャイムが鳴る前のホームルーム教室は、いつもより静かだった。凪は席につきながら、窓の外の沈んだ空を見た。(なんだろ……   今日はずっと胸が落ち着かない)昨日の並木道での出来事。風でマフラーがめくれた瞬間、体勢を崩した凪を、悠真が本気で抱きとめたこと。その時の 手の強さ。息が触れそうな距離。そして、あの赤くなった耳。全部、まだ胸に残っていた。1限目。現代文。席は斜め後ろ。ちょうど振り返れば悠真が見える位置。……だから凪は、振り返らないように必死だった。(気づいたら見ちゃいそう……   いや、見たくない……   いや、見たい……)ノートの上に書いた文字が少し震える。そのとき。ふと、視線を感じた。(……え?)ゆっくり後ろを向くと――悠真がじっと、凪を見ていた。目が合った。凪の心臓が跳ねる。悠真はわずかに目を見開き、それから照れたように視線を逸らした。(なんで見てたの……?)胸がざわざわして、授業の内容が頭に入らない。休み時間。凪は教室の後ろでノートを整理していた。そこへ悠真が近づいてくる。「凪、今の……」凪は咄嗟に言ってしまった。「見てないよ!全然っ!」悠真は一瞬きょとんとし、そこからゆっくり笑った。「俺が見てたって話なんだけど」凪の顔が一気に熱くなる。「……っ、なんで……見てたの?」悠真は少しだけ真剣な表情になって言った。「今日の凪、   いつもより落ち着かなく見えたから」「お、落ち着いてるよ……」「うん。そう見えたらいいんだけどさ」悠真は指でノートの端を軽く触れ、目を逸らさずに続ける。「……本当は、  今日ずっと気になって
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私、今、どんな顔してるんだろう?

放課後の教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。凪は廊下の窓際に立って、何も考えていないふりをしていた。本当は、教室の奥のほうを見ている。悠真が笑っていた。男子に肩を叩かれて、少し困った顔をして、それでも笑っていた。その笑い方を、凪は知っている。あの顔、私の前ではあまりしないのに。胸の奥が、じわっと重くなる。別に、特別なことじゃない。男子と笑っているだけだ。普通だ。それなのに。凪は視線を外した。見なければよかった、と思いながら、見てしまった自分を責める。廊下を歩く足音がやけに大きく響く。誰も気づいていないのに、自分だけが取り残された気がした。「私、今、どんな顔してるんだろう?」家に帰っても、電気はつけなかった。制服のまま、ベッドの横に座り込む。赤いリボンだけが、暗がりの中でかすかに形を持っている。悠真が、好きだ。それはもう、どうしようもない。でも。あの笑い声を思い出すと、自分の場所がどこにもないような気がする。近づいたはずなのに。話す回数も増えたのに。目も、ちゃんと合うようになったのに。触れない距離。触れないほうが、壊れない距離。凪は膝を抱えた。「……ばか」小さく呟いて、すぐに後悔する。悠真は何も悪くない。ただ、普通に笑っていただけ。苦しいのは、勝手に期待してしまう自分のせいだ。窓の外で、風が鳴った。空気は冷えてきている。凪はゆっくり目を閉じる。もし明日、悠真がまた笑っていたら。私は、ちゃんと教室に入れるだろうか。それとも、また廊下に立ったまま、見ないふりをするのだろうか。答えは出ないまま、夜だけが深くなっていった。まだ、苦しいままでいい。そう思ってしまう自分が、いちばん、厄介
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この時間が続くほど……きっと苦しくなる

夕焼けの光が、教室の床をゆっくりと染めていく。窓際の席で、凪はノートを閉じたまま、外を見つめていた。背後から聞こえる、明るい声。「悠真くん、この問題さ……    ちょっと教えてほしいんだけど」振り向かなくてもわかる。その声の主は、クラスの人気者——陽菜(ひな)だった。悠真は少し困ったように笑いながら、それでも丁寧に椅子を引いた。「うん、どこ?」その声は、いつもと同じ。誰に対しても変わらない、誠実で優しい声。それが、凪には苦しかった。鉛筆が紙の上を走る音。二人の距離が、ほんの少し近づく。凪の胸が、きゅっと締めつけられる。(悠真は、悪くない)わかっている。悠真は誰かを選ぼうとしているわけじゃない。ただ、優しいだけ。陽菜は楽しそうに悠真の顔を見上げた。「悠真くんってさ、本当に優しいよね」「……そんなことないよ」「あるよ。クラスのみんなそう思ってるもん」照れたように視線をそらす悠真。その仕草ひとつで、凪の心は揺れた。(わたしは……どうしたらいいんだろう)声をかけたい。そばに行きたい。いつものように笑いたい。でも、足が動かない。この距離が壊れてしまいそうで。悠真が、遠くへ行ってしまいそうで。そのとき——悠真がふと、こちらを振り返った。夕焼けの中で、凪と目が合う。「……凪」小さく呼ばれた名前。それだけで、胸が熱くなる。陽菜も気づいて振り返り、にこっと笑った。「凪ちゃんも一緒に勉強しよ?」その笑顔は本当にやさしくて、嫌なところなんてひとつもない。だからこそ、凪は断れなかった。その瞬間、悠真がそっと凪の方へ近づく。「無理しなくていいよ」低く、穏やかな声。「凪が嫌なら、今日はやめよう」凪は驚いて
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……凪、それ言うの反則

図書室の扉を開けると、いつもの冬の光が静かに差し込んでいた。凪は胸の奥の高鳴りを落ち着けるように深呼吸をひとつしてから、窓際の席に向かった。(見られると、弱い……)自分で言った言葉が頭の中で何度も反芻され、頬がまだじんわり熱い。ほどなくして扉が静かに開き、悠真が姿を現した。目が合った瞬間――また胸の奥で跳ねるような音がした。「来てたんだ」「……うん」悠真は席につくと、いつもより少しだけ距離を近く座った。ほんの数センチ。でも、その数センチが心臓の位置を揺らす。「今日の授業のときさ――」悠真が切り出す。凪はピクリと肩を揺らした。「そんなに見てなくてもよかったのにって、 思ってる?」「……ちょっと」「じゃあ……」悠真は意地悪に笑うかと思いきや、驚くほど真剣な目をして言った。「俺が見ても困らない方法、 ひとつあるけど」凪は息を飲んだ。「何……?」「見られたくないなら、 凪も見ればいいんだよ」「……は?むり」即答した凪に、悠真はくすっと笑った。「じゃあ今日は、 見たいだけ見ていいよ」「な、なんでそうなるの?」「凪が僕のこと見たときの顔、 好きだから」(……ずるい。ほんとにずるい)心のどこかがふわりと甘く溶けていく。ページをめくる音だけが響く図書室。二人の影が机の上で少し重なる。ふいに――凪のペンがころん、と転がった。「……あ」ペンは机の端から床へ落ち、悠真がそれを拾おうと同時に凪も身をかがめた。指先が――触れそうになって止まる。(……っ)肩が触れそうで触れない。指先も触れそうで触れない。その距離は、呼吸ひとつで埋まるような近さだった。「凪……」小さな声。耳の奥まで届く距離。凪は慌てて手を
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