期待させないでほしい。でも、気づいてほしい。
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コラム
教室は、
まだ笑い声の余韻を残していた。
凪は自分の席に座ったまま、
教科書を開いているふりをしていた。
ページは、さっきから一度もめくられていない。
奥で、悠真が笑う。
その声だけが、
やけに輪郭を持って耳に届く。
こんなに遠かったっけ。
距離は、教室の端と端。
たったそれだけなのに。
凪は、ペンを握り直した。
指先に力が入る。
目が合うときはある。
廊下で、ふとした瞬間に。
名前を呼ばれることも、増えた。
でも。
あの輪の中に、自分はいない。
悠真が、誰かの肩を軽く叩く。
自然な仕草。
いつもの笑顔。
その横顔を見ているだけで、
胸の奥が少しずつ冷えていく。
私、何を期待してるんだろう。
好きになる前は、
こんなことで苦しくならなかった。
ただ同じクラスの男子。
それだけだったのに。
チャイムが鳴る。
男子たちがばらけていく中、
悠真がふとこちらを向いた。
一瞬、目が合う。
凪は、反射的に視線を落とした。
呼ばれなかった。
何も言われなかった。
それだけなのに、
何かを失ったような気持ちになる。
帰り道。
夕焼けはもう薄くて、
空は灰色に近い。
凪はひとりで歩く。
足音が一定のリズムを刻む。
スマホが震えた。
画面には、悠真の名前。
心臓が、跳ねる。
『さっき元気なかった?』
たったそれだけ。
凪は立ち止まる。
どうして。
どうしてそんなこと、気づくの。
苦しいままでいいと思っていたのに。
期待させないでほしい。
でも、気づいてほしい。
矛盾が、胸の奥で絡まる。
『べつに』
短く打って、
送信ボタンの上で指が止まる。
ほんとは、違う。
でも。
長い文章を送る勇気はない。
結局、そのまま送った。
すぐに既読がつく。
『そっか。ならいいけど』
ならいいけど。
その一言が、
優しいのか、突き放しているのか分からない。
凪は空を見上げる。
好きって、
こんなに静かで、こんなに苦しいんだ。
触れたいわけじゃない。
抱きしめられたいわけでもない。
ただ。
あの輪の中じゃなくていいから、
悠真の視界のどこかに、
ちゃんと自分がいてほしい。
風が、赤いリボンを揺らす。
でも、
この恋は、少しずつ冷えていく気がした。
それでも。
凪は、歩くのをやめなかった。
好きでいることだけは、
まだ、手放せなかったから。