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期待させないでほしい。でも、気づいてほしい。

教室は、まだ笑い声の余韻を残していた。凪は自分の席に座ったまま、教科書を開いているふりをしていた。ページは、さっきから一度もめくられていない。奥で、悠真が笑う。その声だけが、やけに輪郭を持って耳に届く。こんなに遠かったっけ。距離は、教室の端と端。たったそれだけなのに。凪は、ペンを握り直した。指先に力が入る。目が合うときはある。廊下で、ふとした瞬間に。名前を呼ばれることも、増えた。でも。あの輪の中に、自分はいない。悠真が、誰かの肩を軽く叩く。自然な仕草。いつもの笑顔。その横顔を見ているだけで、胸の奥が少しずつ冷えていく。私、何を期待してるんだろう。好きになる前は、こんなことで苦しくならなかった。ただ同じクラスの男子。それだけだったのに。チャイムが鳴る。男子たちがばらけていく中、悠真がふとこちらを向いた。一瞬、目が合う。凪は、反射的に視線を落とした。呼ばれなかった。何も言われなかった。それだけなのに、何かを失ったような気持ちになる。帰り道。夕焼けはもう薄くて、空は灰色に近い。凪はひとりで歩く。足音が一定のリズムを刻む。スマホが震えた。画面には、悠真の名前。心臓が、跳ねる。『さっき元気なかった?』たったそれだけ。凪は立ち止まる。どうして。どうしてそんなこと、気づくの。苦しいままでいいと思っていたのに。期待させないでほしい。でも、気づいてほしい。矛盾が、胸の奥で絡まる。『べつに』短く打って、送信ボタンの上で指が止まる。ほんとは、違う。でも。長い文章を送る勇気はない。結局、そのまま送った。すぐに既読がつく。『そっか。ならいいけど』ならいいけど。その一言が、優しいのか、突き放しているのか分
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好きだから、 苦しい

凪は、部屋の灯りをつけないまま、スマホを握りしめていた。送った「私も」の文字が、画面の中で小さく光っている。既読は、まだつかない。(……寝ちゃったのかな)そう思った瞬間、胸の奥が、ひゅっと冷える。昨日も、今日も、「また話そう」と言ったのは悠真なのに。期待してしまう自分が、ばかみたいに思えてくる。時計の秒針が、静かに進む。部屋の中は、夕暮れから夜へと、ゆっくり色を変えていく。やがて——ピコン、と小さな通知音。心臓が跳ねる。『ごめん、さっき寝落ちしてた』その一文を見た瞬間、凪の呼吸が止まる。寝落ち。悪気はない。わかっている。でも。(私の「私も」は…… そのまま置いていかれたんだ)指先が、冷たくなる。続けて、もう一通。『最近ちょっと疲れててさ』言い訳ではない。正直な言葉。だからこそ、凪は何も責められない。「大丈夫だよ」そう打ちかけて、消す。本当は、「少しだけ寂しかった」そう言いたい。でも。重くなりたくない。迷惑になりたくない。凪は、深く息を吸う。『そっか。無理しないでね』それだけ送る。送信ボタンを押したあと、胸の奥に、じわっと熱が広がる。やさしい言葉を選んだのに、なぜか涙がにじむ。好きだから、優しくできる。でも。好きだから、苦しい。スマホを胸に抱き寄せて、凪は目を閉じる。暗い部屋の中、赤いリボンが、かすかに揺れた。この恋は、まだ終わっていない。けれど、凪の中で、何かが少しだけ、傷ついた夜だった。
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私、今、どんな顔してるんだろう?

放課後の教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。凪は廊下の窓際に立って、何も考えていないふりをしていた。本当は、教室の奥のほうを見ている。悠真が笑っていた。男子に肩を叩かれて、少し困った顔をして、それでも笑っていた。その笑い方を、凪は知っている。あの顔、私の前ではあまりしないのに。胸の奥が、じわっと重くなる。別に、特別なことじゃない。男子と笑っているだけだ。普通だ。それなのに。凪は視線を外した。見なければよかった、と思いながら、見てしまった自分を責める。廊下を歩く足音がやけに大きく響く。誰も気づいていないのに、自分だけが取り残された気がした。「私、今、どんな顔してるんだろう?」家に帰っても、電気はつけなかった。制服のまま、ベッドの横に座り込む。赤いリボンだけが、暗がりの中でかすかに形を持っている。悠真が、好きだ。それはもう、どうしようもない。でも。あの笑い声を思い出すと、自分の場所がどこにもないような気がする。近づいたはずなのに。話す回数も増えたのに。目も、ちゃんと合うようになったのに。触れない距離。触れないほうが、壊れない距離。凪は膝を抱えた。「……ばか」小さく呟いて、すぐに後悔する。悠真は何も悪くない。ただ、普通に笑っていただけ。苦しいのは、勝手に期待してしまう自分のせいだ。窓の外で、風が鳴った。空気は冷えてきている。凪はゆっくり目を閉じる。もし明日、悠真がまた笑っていたら。私は、ちゃんと教室に入れるだろうか。それとも、また廊下に立ったまま、見ないふりをするのだろうか。答えは出ないまま、夜だけが深くなっていった。まだ、苦しいままでいい。そう思ってしまう自分が、いちばん、厄介
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