……ずるいよ、そういうこと言うの

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コラム
冬の冷たい空気が、
校舎の廊下にゆっくりと入り込んでくる。

チャイムが鳴る前のホームルーム教室は、
いつもより静かだった。

凪は席につきながら、
窓の外の沈んだ空を見た。

(なんだろ……
   今日はずっと胸が落ち着かない)

昨日の並木道での出来事。

風でマフラーがめくれた瞬間、
体勢を崩した凪を、
悠真が本気で抱きとめたこと。

その時の 手の強さ。
息が触れそうな距離。

そして、あの赤くなった耳。

全部、まだ胸に残っていた。

1限目。
現代文。

席は斜め後ろ。

ちょうど振り返れば
悠真が見える位置。

……だから凪は、
振り返らないように必死だった。

(気づいたら見ちゃいそう……
   いや、見たくない……
   いや、見たい……)

ノートの上に書いた文字が少し震える。

そのとき。

ふと、視線を感じた。

(……え?)

ゆっくり後ろを向くと――
悠真がじっと、凪を見ていた。

目が合った。

凪の心臓が跳ねる。

悠真はわずかに目を見開き、
それから照れたように視線を逸らした。

(なんで見てたの……?)

胸がざわざわして、
授業の内容が頭に入らない。

休み時間。

凪は教室の後ろでノートを整理していた。
そこへ悠真が近づいてくる。

「凪、今の……」

凪は咄嗟に言ってしまった。

「見てないよ!全然っ!」

悠真は一瞬きょとんとし、
そこからゆっくり笑った。

「俺が見てたって話なんだけど」

凪の顔が一気に熱くなる。

「……っ、なんで……見てたの?」

悠真は少しだけ
真剣な表情になって言った。

「今日の凪、
   いつもより落ち着かなく見えたから」

「お、落ち着いてるよ……」

「うん。そう見えたらいいんだけどさ」

悠真は指でノートの端を軽く触れ、
目を逸らさずに続ける。

「……本当は、
  今日ずっと気になってた」

凪は言葉を失った。

(気になって……た?)

悠真の声は、
いつもの優しさより少しだけ深かった。

「昨日、支えた時の……
   あの顔、忘れられなくて」

凪は息を吸うのも忘れそうになった。

「凪、本当にびっくりしてたけど……
 逃げなかったよね」

「……それは」

凪は胸の前で手をぎゅっと握る。

逃げなかったのは、
触れられたのが“嫌じゃなかった”から。

でも、
それを口に出す勇気はまだなかった。

悠真は、
凪の沈黙をそっと受け取るように微笑んだ。

「見つめるの、ダメだった?」

「……いや、ダメじゃないけど」

「じゃあ……もう一つ聞いていい?」

「な、なに?」

「見つめられると、凪は弱い?」

凪は反射的に目をそらした。

(……弱いよ。
   そんなの言えるわけない……!)

悠真はその反応を見て、
少しだけ声を低くして言った。

「俺は凪に見られると、弱いよ」

凪の心臓が一気に跳ねた。

「授業中、振り返られた瞬間……
 普通に息止まった」

真っ直ぐに言われると、胸が苦しくなる。

逃げられないくらい嬉しくて、怖い。

凪は、机の角をぎゅっと掴みながら言った。

「……ずるいよ、そういうこと言うの」

悠真は照れたように笑った。

「凪がそう言うってことは……
 たぶん俺だけじゃないよね?」

凪は言葉を返せなかった。

でも、その沈黙が答えになってしまった。

悠真はふっと息を吐いた。

「……じゃあ、今日も放課後、図書室?」

凪は俯いたまま、小さく頷いた。

悠真はそっと凪の頭に近い距離でつぶやいた。

「また……見てもいい?」

凪の胸の奥で、何かがふわっと震えた。

「……勝手にすれば」

そう言った声が、
少しだけ笑っていた。
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