この時間が続くほど……きっと苦しくなる
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コラム
夕焼けの光が、教室の床をゆっくりと染めていく。
窓際の席で、凪はノートを閉じたまま、
外を見つめていた。
背後から聞こえる、明るい声。
「悠真くん、この問題さ……
ちょっと教えてほしいんだけど」
振り向かなくてもわかる。
その声の主は、
クラスの人気者——陽菜(ひな)だった。
悠真は少し困ったように笑いながら、
それでも丁寧に椅子を引いた。
「うん、どこ?」
その声は、いつもと同じ。
誰に対しても変わらない、誠実で優しい声。
それが、凪には苦しかった。
鉛筆が紙の上を走る音。
二人の距離が、ほんの少し近づく。
凪の胸が、きゅっと締めつけられる。
(悠真は、悪くない)
わかっている。
悠真は誰かを選ぼうとしている
わけじゃない。
ただ、優しいだけ。
陽菜は楽しそうに悠真の顔を見上げた。
「悠真くんってさ、本当に優しいよね」
「……そんなことないよ」
「あるよ。クラスのみんなそう思ってるもん」
照れたように視線をそらす悠真。
その仕草ひとつで、凪の心は揺れた。
(わたしは……どうしたらいいんだろう)
声をかけたい。
そばに行きたい。
いつものように笑いたい。
でも、足が動かない。
この距離が壊れてしまいそうで。
悠真が、遠くへ行ってしまいそうで。
そのとき——
悠真がふと、こちらを振り返った。
夕焼けの中で、凪と目が合う。
「……凪」
小さく呼ばれた名前。
それだけで、胸が熱くなる。
陽菜も気づいて振り返り、にこっと笑った。
「凪ちゃんも一緒に勉強しよ?」
その笑顔は本当にやさしくて、
嫌なところなんてひとつもない。
だからこそ、凪は断れなかった。
その瞬間、悠真がそっと凪の方へ近づく。
「無理しなくていいよ」
低く、穏やかな声。
「凪が嫌なら、今日はやめよう」
凪は驚いて悠真を見上げた。
その瞳には、
はっきりと凪への想いが映っている。
それを見て、陽菜の表情が一瞬だけ揺れた。
でもすぐに、いつもの笑顔に戻る。
教室に静かな沈黙が落ちる。
夕焼けだけが、三人を包んでいた。
誰も悪くない。
ただ、想いが重なってしまっただけ。
凪は小さく首を振った。
「……ううん、大丈夫」
精一杯の笑顔で。
「一緒に、やろう」
悠真の肩がほっと緩む。
でもその裏で、
凪の胸には新しい痛みが生まれていた。
(この時間が続くほど……きっと苦しくなる)
それでも、離れたくなかった。
悠真のそばにいたかった。
夕焼けの教室で、
凪と悠真と陽菜の想いは、静かに交差し始めていた。
もう戻れない三人の関係が、ここから始まった。