朝のチャイムが鳴り終わる頃、
教室のざわめきが少しだけ落ち着いた。
悠真の隣で、人気女子は楽しそうに何かを話している。
声は聞こえないけれど、
その笑顔だけで、場の空気がふわっと明るくなる。
悠真はうなずきながら、時々小さく笑う。
――あんな顔、見たことなかった。
凪の胸が、きゅっと締めつけられる。
(私といるときは、あんなふうに笑わないのに…)
ペンを持つ指に、自然と力が入った。
そのとき。
人気女子が少し照れたように、
悠真のノートを指さして何かを言う。
悠真は一瞬驚いたあと、
照れくさそうに目をそらしながら答えた。
その仕草が、あまりにも自然で。
凪の心に、小さな不安が芽を出す。
(悠真は…私より、あの子のほうが楽しいのかな)
笑顔の二人を見つめながら、
凪は初めて知る感情に戸惑っていた。
奪われるかもしれない、という怖さ。
そのとき、悠真がふと顔を上げる。
一瞬だけ、視線が凪と重なった。
驚いたように、
でもすぐにやさしく微笑む悠真。
その笑顔に、凪の胸はさらに揺れる。
(まだ…私のこと、見てくれてるよね?)
けれど次の瞬間、
悠真の視線はまた人気女子へ戻っていった。
凪の中で、
期待と不安が静かにせめぎ合う。
この朝はまだ、
恋が壊れる朝じゃない。
でも――
恋が試され始めた朝だった。
昼休み。
教室の空気が少しゆるみ、
笑い声や椅子を引く音が混ざり合う。
凪は席を立つタイミングを失って、
ただノートを閉じるふりをしていた。
その視界の端で――
人気女子が、また悠真のほうへ歩いていく。
今度はさっきよりも、少しだけ距離が近い。
「悠真くん、お昼どうするの?」
その声は明るくて、でもどこか緊張している。
悠真は一瞬迷うように視線を伏せてから、
穏やかに答えた。
「友だちと約束してて」
それだけ聞けば、やんわり断っている。
けれど。
人気女子は落ち込むどころか、
くすっと笑って言った。
「そっか。でもまた誘うね」
その笑顔には、諦めの色なんてなかった。
むしろ――
“これから”を信じている顔だった。
凪の胸が、また締めつけられる。
(断ったのに……どうして安心できないの)
悠真は誠実だ。
それは分かっている。
でも同時に、
誰にでも優しい。
それが今、こんなにも怖いなんて
凪は知らなかった。
そのとき、人気女子が振り返り、
ふと凪と目が合った。
一瞬の沈黙。
でも次の瞬間、
彼女はにこっと微笑んだ。
敵意なんて一切ない、
まっすぐでやさしい笑顔。
この子は悪くない。
それが分かるからこそ、
凪の心は余計に揺れる。
(もし悠真が選ぶとしたら……)
考えたくないのに、
考えてしまう。
恋はまだ壊れていない。
でも確実に、
静かに形を変え始めていた。