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「今の自分は好きですか? 私が“自分の人生”を歩き始めた日のこと」

私はね、昔から自分のことを「好き!」って言えるタイプじゃなかったんです。かといって、不満だらけなわけでもない。ただ、なんとなく満足しきれないというか…ずっとグレーの中に立っている感じでした。振り返ると、たぶん “自分で選んだ人生じゃなかった” からかもしれません。進学は自分の成績に合わせた学校。看護師になったのも、高校の先生に「推薦書くから受けてみたら?」と言われて受けて、受かった。看護師になれたことは本当に良かったと思っているし、それは今も変わらない。でも──それが「自分で選んだ人生か?」と言われると、少し違っていたんです。そんな私にも、人生の中でいろんな出来事が起きました。その中でも大きかったのは “離婚” です。これは、私が 初めて自分で選んだ決断 でした。そして、初めて親に反抗した出来事でもあります。「それ以上言うんだったら、私は親と縁を切る。お母さんとも縁を切る。」そこまで言って離婚を選んだ。あのときだけは、誰に何を言われても、自分の人生を自分で掴みたいと思っていました🔥そして今、この歳になって、ふと思うことがあります。歳を重ねたから “やりたいこと” が見えてきたのか。あの流れを経験したから “今できることをやりたい” と思うのか。正直、どっちが理由なのかはわかりません。でもね、「今だからできるやりたいこと」が私にはある✨と、はっきり思えるようになりました。そして何より、それを応援してくれて、支えてくれる人が、実は私の周りにたくさんいるんだということに気がついたんです💛だから、今の私は思っています。私、がんばれる。そして、ここからの人生はちゃんと自分で選んでいける。
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ただ生きる、その先のこと

自分の意思で決めた活動に集中していると、驚くほど時間が足りない。やりたいことばかりで、忙しくて、ただ楽しい。そして、ふと考えてしまう。この短い人生の中で、価値のある生き方ってなんだろう。ただ食べて。ただ働いて。ただ安全に過ごす。かつての自分の生活を振り返ると、やっぱりどこか物足りない気がする。もちろん、生活がギリギリな時は、そこから抜け出すのに必死。それは当たり前。むしろそうしないと危ないし、余裕なんてない。でも、結局いつか自分の体はなくなってしまう。そう考えると、あとに残るのは、自分が何を考えて何を作ったか、っていう「精神的な活動」の結果だけなんじゃないかな。だとしたら、ただ毎日を「そこそこ心地よく」やり過ごすだけじゃ、自分がいてもいなくても同じことになってしまいそうで。いや、別に存在しているだけでいいのかもしれない。「命を次の世代につなぐ」っていう役割は、生きてるだけで果たしているわけだし。それは、それだけですごく尊いこと。まずは、そこをもっと肯定すべきだな、と思います。子供がいるかいないかは関係なく、自分が今ここにいること自体が、長い命のつながりの証明。だから、自分という存在をまず大事にするべき。気の遠くなるような命と時間の連鎖を想像すると、勝手に低く評価したりすることは恐れ多い。その上で、せっかく受け取ったバトンなんだから、自分の人生をちゃんと生きたい。じゃあ、本当は何をやりたいんだろう?ただ楽しいとか、気持ちいいとか、そういうことだけじゃなくて。この人生で、何を成し遂げたら「満足だ」って心から思えるのか。それを見つけられて、一歩でも前に進むことができたら。そこにはきっ
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『自分軸を見つけること』とは?

こんにちは。まろみです☺️今日は少し深いテーマですが、とても大切なお話を書いてみようと思います。それは 「自分軸を見つけること」 です。-----☘️親の愛情の中に、コントロールが混ざっていた人がいる子どもの頃から、・進路を細かく決められた・友人関係や恋愛に口を出された・親の期待に応えることが当たり前だった・反対すると責められたそんな経験をしてきた方も少なくありません。親としては「あなたのためを思って」「心配だから」「愛情があるから」そういう気持ちだったのかもしれません。けれど時にその愛情が、子どもを一人の人間として育てる関わりではなく、コントロールに近い形になってしまうこともあります。こうした話をすると、「昔の厳しい親世代に多いのでは?」と思う方もいるかもしれません。たしかに50代以上の方の中には、専業主婦が多かった時代背景の中で、子育てに人生の重心が大きく置かれ、その結果、子どもとの距離が近くなりすぎたケースもあります。ですが実際には、20代、30代の方の中にも同じように親の影響から抜け出せずに苦しんでいる方はいます。つまり、世代だけの問題ではなく、親子の距離感や関わり方の問題 とも言えるのかもしれません。-----☘️子どもは悪くない。でも人生は続いていく子どもの頃は、親に守られなければ生きていけません。生活も学びも、親の助けが必要です。だからこそ、親の考えに合わせたり、期待に応えたり、逆らわずに従ったりするのは、ある意味とても自然なことです。そこに子どもの責任はありません。ただ、大人になったあとも・親の顔色が気になる・自分で決めるのが怖い・親がどう思うかを優先してしまう
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「安全で不自由な牢獄」を壊した日 | 四肢を縛る鎖を切り、私が手に入れた清々しさ

1. 暗闇に響く、ジャラリという音最近まで、私はよくこんな夢を見ていた。暗闇の中、私の手首と足首には、重く冷たい金属の鎖が食い込んでいる。動こうとすればジャラリと鈍い音が響き、その重みが「お前はここから出られない」と私を縛り付けている。目覚めてもなお、全身には鉛のような疲労感が残っていた。それは単なる夢の後味ではない。現実の世界で、私はこれと同じ鎖を、自分自身の手で何重にも巻き付けていたからだ。「父」として、あるいは「社会人」として。場所や相手に合わせて「ふさわしい顔」を使い分けること。かつて子供の頃に感じていた、自分じゃない自分を演じるあの耐えがたい違和感は、いつの間にか「当たり前」という名の麻酔で消されていた。2. 安全で不自由な牢獄正直に言えば、その場所はとても「安全」だった。役割を演じてさえいれば、誰かに否定されることはない。周囲の期待に応え、承認という名の報酬を得ている限り、自分の価値を疑わずに済むからだ。だが、その安全さと引き換えに、私は「不自由」という膨大な家賃を払い続けていた。常に頭の中では、他者の顔を思い浮かべ、先回りして不安になる「検閲官」がフル稼働している。何十人もの意見を想定し、一歩動くたびに「これは正解か?」と自分を検閲する。その脳内会議だけで、私のエネルギーは行動する前に漏電し、枯渇していた。私は、自分の価値を「他者の評価」という不確実な変動相場に預けきっていたのだ。3. 「このまま死ぬのか」という、静かな恐怖ある時、ふと底知れない恐怖に襲われた。「私は、この役割を演じ切るためだけに、一生を終えるのだろうか」誰かのための正解を積み上げた先に、私自身の
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本音は必ず”行動”に現れる

相手の言動に一喜一憂していませんか?日々色々な人間関係に囲まれながら生活している私達ですが、喜びも不安も悲しみも、感情が動かされるもののほとんどが人間関係から発せられると言っても過言ではありません。近しい関係、特に好きな人や恋人の言動には感情が揺さぶられることも多いですよね。その感情が嬉しさや幸せ、ワクワクなどポジティブなものなら全く問題ないのですが、不安や心配などネガティブなものになってしまっているならば、あなたの大切な時間をとても勿体無い使い方をしてしまっています。相手のことを考えて一喜一憂することは恋愛の醍醐味の一つではありますが、あなたの心が不安でいっぱいになってしまうのはやっぱり良い状態ではありません。そして、不安の正体は大体が取り越し苦労だったり、妄想から生まれる必要のない不安だったりします。すでにお付き合いしている関係や、家族や近しい関係の場合は、あなたを不安にさせる言動をしている相手にも問題があることもあります。その場合は、しっかり話し合いをすることがとても大事ではありますが、片思いや職場関係の方など、中々深い話を出来る関係ではない中で悩んでしまうことも多いと思います。今回は、相手の言動に振り回されないため、不安にならないため、そして貴重なあなたの時間を大切にしながら快適な人間関係を作っていただきたくこの記事を書いています。全ては”行動”に現れるもし相手の言動に不安になったり、信じられないと感じた時は、相手の言葉ではなく”行動”を見て判断するようにしてください。言葉はどうにでも取り繕うことが出来ますが、”行動”は無意識に動いてしまっていることが多いし、意識的にや
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ただ生きるだけじゃ、きっと物足りない

人は最期に、「やってしまったこと」よりも「やらなかったこと」を後悔すると言われています。社会や環境のせいにしたくなる日もあるけれど、振り返ったときに残るのは、「本当はできたかもしれない自分」です。もし私たちが、この人生でやることをどこかで決めて生まれてきたのなら、それに向かって進むことが、いちばん自然な生き方なのかもしれません。そして、そのために必要な力や可能性は、すでにあなたの中にあります。ただ流されるように生きるより、小さくても「自分で選んだ一歩」を重ねていく。それだけで、毎日は少しずつ意味を持ちはじめます。誰かの期待ではなく、あなた自身の心が向くほうへ。今日、ほんの一歩だけ踏み出してみませんか。
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子どもでいる前に、役を担っていた。

※母親を嫌いになりたい話ではありません。ただ、自分の人生を守るための話です。答えを出すための記事ではありません。ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。幼い頃、私は子どもでいるより先に、母の感情を受け止める役を担っていた。それは、「大変だったね」と言ってもらう側ではなく、「わかるよ」「そうだよね」と大人を支える側の役だった。母はよく、私に話をした。父のこと。お金のこと。うまくいかなかった人間関係のこと。近所で起きた出来事のこと。話題は違っても、そこに流れてくる感情はいつも同じだった。不満。不安。怒り。そして、自分は被害者だと肯定してほしい気持ち。私は、それを受け止めていた。否定せず、疑問も挟まず、母の感情が正しいものとして収まる場所になっていた。子どもにとって、親の感情はとても大きい。それを受け止めるには、あまりにも重すぎた。ときには、母の都合を守る役も求められた。「こう言っておいて」そう頼まれたあと、母は必ずこう付け加えた。「嘘も方便だからね」その言葉の使い方が違うことは、子どもながらにわかっていた。父に嘘をつくことは、何か悪いことの片棒を担がされているようで、父を裏切っているようで、罪悪感を感じていた。それでも私は、母が悪者にならないための役を引き受けていた。私は今も、昔も変わらず、嘘が大嫌いだ。嘘をつくのも、嘘をつかれるのも。感情をぶつけられることもあった。不機嫌を浴びることもあった。泣けば、怒られた。理由があっても、なくても。不安で泣いても、寂しくて泣いても。泣くこと自体が、許されなかった。それでも私は、泣いていた。泣きたかった
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「お母さんが可哀想」だと思わされていた私。

※母親を嫌いになりたい話ではありません。 ただ、自分の人生を守るための話です。 答えを出すための記事ではありません。 ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、 「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。 幼い頃、私は母の愚痴の聞き役だった。その内容は、父のことだけではなかった。友達関係がうまくいかなくなった話も、近所で起きた些細な出来事も、母の身に起きるすべての不満や不安は、いつも私のところに流れてきた。私は聞き役であり、共感役であり、母の感情を受け止める“受け皿”だった。それは、寂しいとか、誰かに寄り添ってほしいという話ではなかった。話の核はたいてい父のこと。そして、お金のことだった。「お父さんが好き勝手にお金を使うから、うちは貧乏なんだよ」その言葉を、私は何度聞いたかわからない。小さな私は、それを疑うことなく受け取っていた。母は被害者で、父が悪い。そう理解することが、この家で生きるための正解だった。当時、母は働いていなかった。節約しているようにも見えなかった。冷蔵庫には、食べきれないほどの食べ物がいつも詰め込まれていた。それでも、「貧乏なのは父のせい」という物語だけが、繰り返し語られていた。私はいつの間にか、母の味方になる役を引き受けていた。父を責め、母をかばい、「お母さんは可哀想なんだ」と思い込むことで、この家のバランスを保とうとしていた。今ならわかる。あれは同情ではなく、役割だった。母の感情を受け止め、母の怒りに共感し、母の世界観を正しいものとして引き受ける役。そうすることでしか、家庭の空気は保たれなかった。子どもだった私は、母を守ることでしか、この家に居場所を持てな
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『じゃあ、あんたが作ってみろよ』が大ヒットする本当の理由

共感を集めるドラマの裏にある“時代の変化”最近話題のドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』。この作品が多くの人の心に刺さっているのは単にストーリーが面白いからではありません。いま多くの人が「自分の人生を自分の基準で生きたい」と静かに目覚め始めているからです。“他人の基準で生きる時代”の終わりこんな生き方、してきませんでしたか?・嫌われないように立ち回る・正解を外に探す・期待に応え続ける・周りの価値観を優先するその積み重ねで、本当の自分の声が遠くなってしまった人たちが増えています。このドラマが響くのはセリフの奥に「あなたはどう生きたい?」という静かな問いが流れているからです。日本全体の“心の風向き”が変わり始めている2024〜2025年の日本では心の流れが大きくシフトしています。・外の情報に振り回されない・誰かに答えを求めなくなる・静かで軽い選択をしたくなるこれらは、潜在意識の視点では「内側の軸に戻る準備が整ったサイン」です。ドラマのヒットはその時代の風向きを象徴しているのかもしれません。 “自分の声”に戻ると、現実は静かに動き出す潜在意識の世界では「内側の声と日常のズレ」 が大きいほど心が重くなり、進みにくさが生まれます。逆に「本当は私はどうしたい?」その小さな声に戻れた瞬間現実は驚くほど軽く動き始めます。これは特別なことではなく人間の内側にある自然な仕組みです。今、モヤモヤしているならそれは“サイン”もし最近、胸の奥で「なんとなく違う気がする」「そろそろ変わりたい」と感じるなら、それはあなたの潜在意識が“本来の自分に戻りたいよ”とそっと知らせている証拠です。人生はいつからでも
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【自分の生まれた意味を知ることで、生き方が変わる】

💫自分は自分の意志で生まれたと思うことで生きがいが生まれる皆様おはようございます本日のカードはこちら 「私は親に生まされたんだ」そう感じることも、誰にでもあるかもしれません。けれど——その感覚がどこかにあると、“人生を誰かに委ねているような”受け身の生き方になってしまうこともあります。でも…あなたは**「叶えたい夢があったから」**、この世界にやってきた自分の意志で、ちゃんと「今」を選んできた。🌱そう思えたときから、人生は誰のものでもない、**「自分の物語」**として動き始めます。 📝今日は、今の自分にそっと問いかけてみよう。「私は、何のために生まれてきたんだろう?」そこに、これからの人生を照らすヒントがあるはずです。今日も良い1日を✨✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼こんなこと思っていませんか?✔️ 人生の意味がわからないまま過ごしている✔️ 誰かの期待や役割に応えるばかりで疲れている✔️ 自分が何を望んでいるのか見失っている… そんなあなたへ🌿あなたの心の奥には、ちゃんと**“未来を描こうとする力”**が眠っています。【フラクタル心理学カウンセリング】で、“あなたがこの人生を選んだ理由”に気づいてみませんか?まずは一度、体験してみませんか?🌿
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母との関係を断ちたいと思った日のこと。

※これは、特別な家庭の話ではありません。 母との関係に違和感を抱えながら、 「私が我慢すればいい」と生きてきた人なら、 どこか心に引っかかる話だと思います。 答えを出すための記事ではありません。 ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、 「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。 --- それは、何か特別にひどい出来事があった日ではなかった。 怒鳴られたわけでも、 決定的な言葉を投げつけられたわけでもない。 ただ、いつものように、 私は傷ついて、失望した。 「またか」と思った。 同時に、「もう無理だ」とも思った。 子どもの頃、 私の中にはいつも心配と不安があった。 それは特定の出来事というより、 空気のように、常にそこにあるものだった。 でも、周りからはそうは見えていなかったと思う。 元気で明るくて、 何でもそつなくこなす優等生。 「しっかりした子」 「手のかからない子」 そう言われるたびに、 私はその役を疑わずに生きていた。 小さい頃から、 私は母を気遣って生きてきた。 母が可哀想だから。 母が不安定だから。 母を心配させてはいけないと思っていたから。 それがおかしいなんて、 当時は思わなかった。 --- でも大人になり、 子どもを持ち、 逃げ場のない修羅場を重ねる中で、 私はようやく気づいた。 私が守ってきたのは、 母だけじゃない。 母の感情によって、 私の人生が縛られていたという事実だった。 距離を取れば、 楽になると思っていた。 でも、そう簡単には終わらなかった。 今日みたいな日が来るたびに、 私は何度でも失望し、傷つく。 そのたびに思う。 私は、 どこまで健
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他人軸だから、いつまでも満たされない―「ちゃんと」頑張ってるのに苦しい

「ちゃんとやってるのに、どこか満たされない」 そんなふうに感じたことはありませんか? 誰かの期待に応えるように、丁寧に、真面目に毎日を生きている。 でも、ふと立ち止まると、なぜか虚しさがこみあげてくる――。 このブログでは、そんなあなたの心の中にある違和感の正体と、「他人軸」から「自分軸」へと切り替えるヒントについてお話しします。 1.「ちゃんとやってるのに満たされない」理由あなたは、何を「ちゃんと」やっているのでしょうか。 たとえば―― ■人に迷惑をかけないように行動する ■求められた役割を果たす ■親や上司、パートナーに認められるように振る舞う それらはすべて、社会の中で生きていく上でとても大切なことです。 ですが、それがあなたの“満足”や“幸福感”に結びついているかというと、必ずしもそうとは限らないのです。 「ちゃんとやっているのに…」と感じるとき、その“ちゃんと”は他人の期待に応えるための行動であることが多いです。 つまり、“他人軸”で動いている状態です。 誰かにとっては完璧に見えるかもしれません。 でも、自分の気持ちが置き去りにされていると、心の奥は空っぽのままです。 だから、どれだけ頑張っても「報われた」と感じられないのです。2.他人軸が続くと、心が枯渇していく 他人軸の頑張りは、一見するととても健気で立派です。 でもその頑張りを続けていくと、次第に「義務感」が強くなり、「やらなきゃ」「期待を裏切れない」というプレッシャーに変わっていきます。 エネルギーがないのに無理に走らされる車のように、心がすり減っていきます。 ■疲れてるのに笑顔でいようとする ■自分の気持
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父を悪者にして、家は保たれていた。

※母親を嫌いになりたい話ではありません。 ただ、自分の人生を守るための話です。 答えを出すための記事ではありません。 ただ、同じ場所で立ち止まっている人に、 「ひとりじゃない」と伝えたくて書いています。 子どもの頃、私は父のことを「悪い人」だと思っていた。母の話を聞き続けていれば、そう思うしかなかった。家が苦しいのは父のせい。お金が足りないのも父のせい。母が不機嫌なのも、報われないのも、全部、父が原因だと教えられてきた。だから私は、父を責める側に立った。母を守るために。それが、この家で生きるためのいちばん安全な立ち位置だった。大人になってから、少しずつ見える景色が変わった。父には問題がなかったわけじゃない。お金の使い方も、生き方も、家族にとって苦しかった部分は確かにあった。でも同時に、父は最低限の責任は果たしていた。仕事をし、家族を養い、母に全面的に従うことだけは、最後まで拒んでいた。今ならわかる。父は「自由」だったのではなく、「支配されなかった」だけだったのだと思う。母にとって、それは許しがたいことだったのかもしれない。思い通りにできない相手。完全に管理できない存在。だから父は、家族の中で“悪者”の役を引き受けることになった。そして私は、その物語を信じる役を担った。父は病気で、還暦を迎える前に亡くなった。離婚はしなかった。家族を捨てることもしなかった。でも、母の望む人生を生きることも、最後まで選ばなかった。今なら、父にこう言いたい。「自分の人生を、ちゃんと生きたね」と。それは称賛でも、美化でもない。ただ、事実として。この話は、父を持ち上げるためのものではない。ただ、誰かを悪者
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人間の特権、何度でもやり直せる

私たち人間の特権は、「ん?なんだか違う」と気づいたとき、 何度でもやり直せること。 でも、 気づいても、見ないふり。 気づかないふり、無能なふり、動けないふり、 弱いふり、平気なふりをしていると—— それは、自分の幸せになる権利を放棄していることと同じです。 成長とは、 自分らしく、 自分の人生を謳歌すること。 気づいた時が変わるチャンス。 もう一度、自分の人生を、自分の手に取り戻しましょう。 「やり直す勇気」を持てたなら、 あなたの未来は、どんどん輝き出す。 共感したら、「いいね」や「シェア」で、 このメッセージを一緒に広めていきましょう!
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何度でもやり直せる、それが人間の力

私たち人間には、大切な特権があります。それは「何か違う」と気づいた瞬間から、何度でもやり直せること。でも気づきながら見ないふりをしたり、動けない理由を重ねてしまうと、自分の幸せから少しずつ離れてしまいます。成長とは、無理をすることではなく、自分らしく人生を味わうこと。気づいた“今”こそが、変わるチャンスです。もう一度、自分の人生を自分の手に取り戻してみませんか。やり直す勇気は、未来をやさしく、そして確かに輝かせてくれます。
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早く大人になりたいと思う子の親の特徴

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