その企画も、通らなかった。
会議室を出るとき、上司は気の毒そうに「タイミングだね」と言った。タイミング。彼女がいちばん嫌いな言葉だった。
四年、ずっとそうだった。
人の倍は準備した。誰よりも早く来て、最後に帰る。資料は読み込み、想定問答まで作りこむ。なのに、いつも、あと一歩のところで何かがすり抜けていく。
同期はもう、二人も先に行った。
自分だけが、同じ場所で足踏みしている気がした。
——きっと、私には何かが足りないんだ。
その夜、彼女は実家に帰った。理由はうまく言えない。ただ、誰もいない場所より、誰かのいる場所の静けさが欲しかった。
翌朝、目が覚めると雨が上がっていた。
子どもの頃に通った道を、なんとなく歩いた。田んぼのわきに、細い用水路がある。昔はよく、ここでザリガニを探した。
その用水路が、途中で詰まっていた。
ひと晩の雨で流れてきた落ち葉が、小さな堰のように水をせき止めている。手前にはどんどん水が溜まって、よどんで、濁っていく。その先は、からからに乾いていた。
彼女はしゃがんで、なんとなく、いちばん上の一枚に手をのばした。
落ち葉を、どけた。
その瞬間、せき止められていた水が、ごぼっと音を立てて流れ出した。
濁っていた手前の水が動きはじめる。乾いていた先のほうへ、みるみる流れが通っていく。光が、水面で跳ねた。
ほんの、一枚だった。
彼女はしばらく、その流れを見ていた。
——溜まっていた水は、水が悪かったわけじゃない。
ただ、どこかで、流れが止まっていただけ。
ふいに、胸の奥のほうで、何かがほどけた。
私は、足りなかったんじゃないのかもしれない。
倍も準備して、誰より早く来て、それでも動かなかったのは、私の中身が劣っていたからじゃなくて——どこかで、流れが、止まっていただけなのかもしれない。
落ち葉が、一枚、のっているだけなのかもしれない。
だとしたら。
責めるべきは、自分の能力ではなかった。
探すべきは、どこで流れが止まっているのか、その一枚はどこにあるのか、ということだった。
大地を流れる氣の道を、龍脈と呼ぶのだそうだ。
水と同じで、その流れも、止まるときがある。せき止められて、よどんで、その先が乾いていく。
けれど、止まった流れは、悪い流れではない。
ただ、通り道のどこかに、まだ気づかれていない一枚が、のっているだけ。
——もしあなたも、頑張っているのに何も動かない、と感じているなら。
それは、あなたが足りないからではないのかもしれません。
ただ、どこかで流れが止まっているだけ。そして、止まった流れは、また通すことができる。
どの一枚をどければいいのか。それを知ることが、たぶん、最初の一歩です。
あなたの流れは、まだ枯れてなどいません。