繊細であることは、時にとても生きづらさを感じさせますよね。
朝起きて、さあ外の世界へ出ようとするとき、ふと「今日の自分はどうやって過ごそうか」なんて考えてしまうことはありませんか。
自分のこの繊細な部分を、誰かにわかってもらえるようにさらけ出してみようか。
それとも、傷つかないように、誰にも気づかれないようにお面を被って隠し通そうか。
そんな選択を毎日、何度も迫られているような気分になることがあるはずです。
僕も心理カウンセラーとして、そうやって自分自身をどこか守りながら、懸命にバランスをとっている方たちとたくさん出会ってきました。
繊細さというのは、本当はとても美しい感性です。
人の痛みに気づけたり、小さな幸せを見つけられたりする、素敵な才能なんですよね。
でも、社会という場所は、時にその繊細さを「弱さ」と勘違いして、容赦なく踏み込もうとしてくることがあります。
だからこそ、私たちは無意識のうちに「鎧」を着ることを覚えました。
本当の自分を隠して、平気なふりをして、できるだけ波風を立てないように。
そうやって自分を必死に守らなければ、心が擦り切れてしまいそうになる時期が、誰にでもありますよね。
でも、ずっと鎧を着続けていると、少しずつ呼吸が苦しくなってしまうんです。
ときには、その鎧を脱ぎ捨てて、ありのままの自分を見せてしまいたいと思う日だってあるでしょう。
そんなとき、周りの反応が気になって、また怖くなってしまう気持ち、痛いほどよくわかります。
「繊細さを売りにして、同情を誘っているんじゃないか」なんて思われたらどうしよう。
そんな風に、自分を責めてしまうこともありますよね。
でもね、僕はこう考えています。
繊細さを隠すことも、武器にするために開示することも、どちらが正しいとか間違っているとかではないんです。
ただ、その時々の自分が、一番「心地よくいられる場所」を選んでいけばいいだけなんです。
今日は少し疲れたから、鎧を厚めにして自分を守ろう。
今日は信頼できる人が近くにいるから、少しだけ素の自分を見せてみよう。
そんな風に、毎日微調整しながら、自分自身を大切にしてあげる。
それが一番の生き方なんじゃないかなと、僕は感じています。
あなたが繊細であるということは、決して恥ずべきことではありません。
隠しても、さらけ出しても、どちらのあなたも素晴らしいあなたです。
どうか今日という一日が、あなたにとってほんの少しでも、自分らしく呼吸できる時間となりますように。
無理に変わろうとしなくて大丈夫ですよ。
今のあなたのままで、十分すぎるほど頑張っているのですから。