心理カウンセラーの「うさぴょん」です。
本を読み終えたあと、あるいは映画のエンディングロールを見つめているとき。
胸がいっぱいになって、熱いものがこみ上げてきて、伝えたいことや感じたことが、まるで溢れるダムのように心の中に溜まっている。
そんな素敵な体験をしたあとに、「どうだった?」と感想を聞かれると、なぜか急に言葉が詰まってしまうことはありませんか?
頭の中では、あのシーンの色彩が綺麗だったとか、あの台詞が今の自分に刺さったとか、主人公の孤独に共感して涙が止まらなかったとか……。
何千、何万という言葉たちがキラキラと渦巻いているのに、口から出てくるのは、たった一言。
「……すごく、良かったです」
これだけ。
本当はもっと、この感動の正体を解き明かしたいし、相手にもこの素晴らしさを伝えたい。
なのに、言葉を選ぼうとすればするほど、どの言葉も今の自分の感情を完璧に表せていない気がして、結局一番シンプルな言葉に逃げてしまう。
そして後から「もっとあんな風に言えばよかったな」「語彙力がないと思われたかな」なんて、一人で反省会をしてしまったり。
でもね、僕は思うんです。
その「良かったです」の中には、言葉にできなかった宝石のような感情が、ぎゅっと凝縮されているんですよね。
繊細な気質を持つあなたは、人一倍、作品の世界観を深く、深く受け取っています。
物語の裏側にある繊細な心の機微、行間から漂う空気感、音楽の余韻。
それらすべてを全身のアンテナで受け取ってしまうから、脳内の情報量が多すぎて、処理が追いつかなくなるのは当然のことなんです。
「良かったです」という一言は、決して手抜きでも、語彙力がないわけでもありません。
それは、あまりにも大きな感動を前にして、心が最大級の敬意を払っている証拠なのだと僕は感じています。
言葉という枠の中に無理やり押し込めてしまうと、その瑞々しい感情が形を変えてしまうような気がして、無意識に守っているのかもしれませんね。
だから、無理に饒舌に語ろうとしなくていいんですよ。
「良かったです」としか言えなかった自分を、どうか責めないであげてください。
その言葉の背景にある、あなたの静かで深い感動を、僕はとても美しいものだと思っています。
もし、どうしても伝えたいときは、後から手紙やメールで、ゆっくりと時間をかけて紡いでみるのも一つの方法です。
リアルタイムの会話では難しくても、一人の時間になれば、少しずつ言葉たちが整列してくれますから。
あなたのペースで、あなたの心の温度のままに。
その豊かな感性を、これからも大切にしていってくださいね。
僕はいつでも、あなたのその「言葉にならない想い」の隣に寄り添っていたいと思っています。