天元春日 周易古占例 8
本ブログでは、少しずつ周易の古占例を掲載してゆきたいと思います。
【易学・易占界において「2千年来の1人」と称された真勢中州とその一門の占例(8)】
ー真勢中州について
真勢中州(ませ・ちゅうしゅう)は、日本の易学史上、最も有名な人物の一人です。
『浪速人傑談』の伝えるところに依ると、
「真勢中州。名は達富、字は発貴、中州と号し、また復古堂と号す。俗称を彦右衛門という。尾張の人。天性・廉直にして、若くして易学を好み、新井白蛾(あらいはくが)に従いて学び、なお自ら研究して遂に易道に妙を得たり。中年の後は浪花(なにわ)に移り、専ら易学を講ず。また象蓍(しょうし)を作り、爻卦(こうか)を製し、易経の本文を錯綜(さくそう)して『復古易経』と唱え、其の占験の群に秀逸せること、精義入神にして、世・二千年来の一人と称す。文化十四年丁丑二月四日、齢六十四にて終る。歿後、北野寒山寺に墓石を立つ。」
と記されています。
ー真勢中州とその一門の占例
(15)は「寺院間の訴訟の勝敗」、(16)は「金子に関する訴訟の勝敗」の占例です。
(15)ある同宗(どうしゅう)の本寺(ほんじ)なるもの、その山本(ほんざん)と云ると論ありて訟(うったえ)に及ぶことあり。その本寺より勝敗(しょうはい)を先生に問う。
筮して蹇(けん)の既済(きせい)に之(ゆく)を得。
占之曰蹇(けん)は難(なやみ)なり。既済(きせい)は事の尽(つく)るなり。蹇(けん)は進退自由(しんたいじゆう)ならざるの象にして進む事も退く事もならず、大に難(なや)むの義なり。
また、外卦(がいか)動かずして内卦(ないか)変じたり。彼は動かずして我変ず。
これ敗なり。しかるに艮(ごん)、離(り)に変ず。
離(り)を文章とし、艮(ごん)を止(とどむ)とす。止むる所の文章は、証文(しょうもん)なるべし。また坎(かん)を隠(かくす)とす。これに
由て見れば、本山の手に訟主(しょうしゅ)本寺(ほんじ)の証文(しょうもん)を止めたり。
これがために彼本山、勝ちとなり訟主(しょうしゅ)敗なるべし。
かつ、彼坎水(かんすい)にして我(わが)離火(りか)を尅(こく)す。
訟主(しょうしゅ)本寺(ほんじ)なるもの敗たることを知るという。果たしてその言のごとし。
(16)ある人、金子(きんす)のことに由りて訟(うったえ)に及ぶ。しかるに双方(そうほう)理ありて下(した)にて勝敗決しがたき故に吉凶を問う。
筮して革(かく)の卦(か)を得る。これを占していわく、革はわが離火(りか)をもって彼兌金(だきん)を尅(こく)するの象なれば、わが勝ちにして彼敗ならんという。中す。
※出典 谷川順祐(竜山)『周易本筮指南』