普通、自分の演技論、役作りは秘めているものですが、
持ち腐れても仕方ないので、口外しようと思います。
今回は演技論を支える、自分のルーティンに触れます。
あくまで、私の場合です。
そもそも演技論は自分で定義し、
自分で構築しないと個性として光らないものです。
まず、自然体の自分を基準とします。素の状態ですね。
ここから「稽古」へのベクトル、
次に「稽古」から「創作」へのベクトル、
そして「創作」から「表現」へのベクトルへと移行します。
芸事の「守・破・離」というものがありますが、
それを自分なりに溶かし込んだものになります。
さすがに染みついていますが、寝ているとき以外、
必ずこの三本柱の内の何かをやっている状態です。
このブログを書いている今この瞬間も。
危機感を覚えるべきは「虚」(ボーッとしている)であるということ。
何の生産にも向かっていない浪費状態が、
芸をどんどん鈍くしている様に感じます…。
「稽古」については、毎日、あることを必ずやっています。
(下手をすれば、だれもいないトイレでやっているくらいです)
「創作」。これは「クリエイト」「創造」という意味合いですが、
自分の中では他の意味と混じってしまうため、区別して使用しています。
「表現」とは披露するもの。人の目に触れる時間。
自分一人ではなく、共演者、スタッフ、お客様と接している全般を指します。
もちろん、オーディション・本番も含まれます。
これら3つの柱の内、「今、何をやれば効率的か」「相乗効果が見込めるか」を常に感じながら生活しています。
・いざという時に役に立ちます。
・雑念や混乱が無くなります。
・自分で自分の可能性が見い出せます。
芸というものは、日々重ねていかないと鈍って錆びます。
今は、それが何よりも嫌で嫌でたまりませんね(笑)
自分一人の時に「如何に墜ちないか」。
形は違えど、例外なく先輩方は持って行動しています。