【小説】記憶の波、揺らす蒼海(わだつみ)

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 常夏の都市、アルフライラ。なかでも「南のリゾート地」とも称される、南東区。ナーディルは、特務局員エージェントの訓練兼、配達部の手伝いで、この地区の海岸近くにある邸宅へと訪れていた。
「ありが、とう」
 《手紙》の受取人からサインを貰うと、まだ慣れない、たどたどしい公用語で、ナーディルはお礼の言葉を述べた。
 一通り配達が済んだ後、仕事の報告をするために分局へと戻ろうとしたが、ふと、出発前の上司の言葉を思い出す。
「ナーディル、アルフライラの海は綺麗だぞ。ついでに見に行ってくるといい」
 そう言うと配達場所から近い、おすすめのビーチの場所を教えてくれた。海を見たことがないことを知り、気を利かせてくれたのだろうか、戻らなければいけない時刻までにはまだ余裕があった。
(海、見てみたいな)
 ナーディルは時間を確かめていた懐中時計を元の位置に収める。戦火で眠らせていた好奇心を目覚めさせ、ビーチの方角へと足を向けた。


 蒼い空に、蒼い海。そして、白い砂浜。全てが眩しくて、ナーディルは目を細めた。海と砂の境界線では、波が寄せては引いていく。足だけでも浸してみたいと靴を脱ぎ、素足で乾いた砂地を踏むと、炎で炙られた鉄板の上にいるかのように熱かった。
「わっ……!」
 あまりの灼熱に、水を求めて思わず走り出す。海の方へ駆け込むと、押し寄せてきた波がナーディルの足を癒した。肌に触れた冷たい水が、するすると熱を冷ましていく。
 海の成す自然の色彩(グラデーション)に惹きつけられ、ナーディルは景色に魅入る。遠くの水はより蒼く、近くの水はより透けている……繰り返し押し寄せる波(透明な水)を不思議そうに見つめ、その形を崩そうとして、足を前に蹴り出した。ちゃぷ、と涼し気な音が鳴る。ナーディルは気に入って、しばらく波と戯れた。
 遊びながら観察していると、ナーディルは気づいた。海は紋様を創るのだと。砂には打ち寄せる波で跡を刻み、水面には留まる小波で線を描く。それを見て、故郷のことを思い出した。
 幸せだった日々。
 無情の戦火。
 今生の別れ。
 海を見たいと思いながら、叶わずに死んでいった仲間は、きっといただろう。
 ナーディルは彼らに祈り、誓った。
(今まで教わったことも、これから知ることも、代わりに全部、憶えておくから)
 例え本当に全て憶えておけるか不安でも、誓い、願い、求めずにはいられない。
 ――生きたかった、紋様の民(フィトレン)たちのためにも。


千梨/ホワイトレター/(C)アルパカコネクト



上記作品は、アルパカコネクト様のPBW『ホワイトレター』で納品し、公開されているものです。

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