彼の決意は壊せない -砕かれた【黄金比】-
――さあ、今日も『勉強』だ。
グラバールで、かつて『天才』と呼ばれた蒸気機関技師、アルトゥ・シャオンは、工具を手に取った。
青い空から暑い日差しが降り注ぐ。天気は快晴だった。
朝、アルトゥは家を出て、アルフライラ郵便公社へと向かっていた。カバンのなかには《手紙》ではなく、彼自身が愛用する工具が入っている。普段は特務局員(エージェント)の一員として局内を出入りしているアルトゥだが、今日の目的は別にあった。
本日は郵便配達(ポルタル)の仕事はお休みだ。特務局員の仕事は特殊だが、休日や福利厚生は、その辺の企業と比べても遜色ないほど、充分に保障されている。
しかしながら、アルトゥに限っては、特務局員としての『休日』がアルトゥ自身の『休み』には繋がらなかった。というのも、休日は彼にとって己の技術を磨くべき時間に充てられるからだった。
郵便公社に着くと、公社内にある蒸気科学ラボへの入室許可を得るため、アルトゥは受付の女性に話しかけた。
「……どうも」
「あら、アルトゥくん、おはよう。早いわね」
女性はにっこりと笑顔を向けた。アルトゥが受付に行くと、いつもこの女の人が対応してくれる。アルトゥより少し年上の彼女は、『お姉さん』という呼び方がしっくりくるような、大人びた優しい雰囲気をまとっている。そのお姉さんの笑顔が眩しくて、つい目をそらしたくなったところを、アルトゥは、ぐっとこらえた。
「手伝いに来たんだけど、今日もラボ、入っていい?」
「ええ、大丈夫よ」
お姉さんはそう言うと、慣れた様子で手続きをして、アルトゥを案内した。蒸気科学ラボへと向かう途中で、配達部を横切る。ちらり
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