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【No.139】ココナラに出会う前の私

電話相談をしております『心友♡心理カウンセラー』のゆい❤️❤️と申します新年度がスタートしましたね!昨日は4月の始まりなので元気よく投稿する予定でしたが、色んな思いを1人で感じて....涙が溢れて....投稿が出来ませんでした (従って予定を変更しています・ごめんなさい)1年前の私は、人生2度目のうつ病、しかも重度のうつ症状になっていました働きたくても働けなくて、うつ病からくる辛い症状を治したくて、色んな事を探しては試し...もがき...諦め、もがき...諦め、の繰り返しでした若い時なら乗り越えられていたはずのことさえ乗り越えられなくなっている自分に気づき、気力だけではどうにもならない薬の副作用から、ちょうど1年前の3月に私は自分の人生を諦めていましたその時の私は、涙も全く出なくなっていて、毎日毎日ただ天井ばかりを眺めて....『もう私の人生は終わったんだ...』って思いながら、ただ生きているだけでした情けない話ですが希望もなく、投資詐欺で貯金0から後の数年の間に貯めていたわずかな貯金さえも病院代と生活費で徐々に減って行き....元気だった頃の自分と比べては辛過ぎて、本当に死にたかった....楽になりたかった....その私が『ココナラ』を知ったのが、去年の3月31日のあるイベントを目にしてでしたそこから1年が経ちました....私はまだ生きてるんだな....って思うと不思議な気持ちです 去年は外に出ることも嫌で見れなかった桜を今年は見ることができました(涙)言葉では言い表せないほどの色んな思いが込み上げてきます(涙)今日はごめんなさい....胸が一杯で続きは次回に....✅次回は
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生まれて初めて、自殺しようとするのを止めようと出来なかった、ココナラのお客さんのお話

はい!どうも♪クマ美で~す!(≧▽≦)今日は昼間に、母ちゃんと一緒に、ひっさしブリブリにスシローさんに行って来ましたよ~♪相変わらずお客さんい~っぱいでしたぁ!スシローさんの人気、凄いですねぇ!それもそのはずです。あれだけの寿司ネタのクオリティなのに値段が安いんだもの♪2人でお腹いっぱい食べて3600円ちょいだもん♪いやぁ、満足でした!さてさて、本題へ・・・数日ぶりに、ある方からお電話を頂きました。まぁ・・・仮にNさんとしましょう。Nさんは男性で、働き盛りの40代。会社では重役の立場にいらっしゃって、それなりのお金を動かすポジションにいらっしゃる方です。ですから勿論、お金も沢山貰ってらっしゃいます。ぶっちゃけ、お金に困っていない人です。ですが、色々な問題が重なり、生きる気力を無くされてらっしゃいました。というか・・・やりきった!みたいな感じでした。最初お電話を頂いた時、お話の流れから、単なるご相談ではないと感じましたが、案の定、近日自決される旨のお話をされました。そのお話を聞いて、最初は止めようと思いました。しかし、Nさんが自分の人生に幕を下ろそうと決意したのには、考えに考え抜いた末の道程がありました。今まで自分軸で生きることが出来なかったことへの無念、しかしその反面、出来る限りのことをし尽くした満足感、そして来世では、自分軸をしっかり持って生きていける様に・・・との希望。そういった色々な感情を胸に、決断したことでした。そんなお話を聞いて、私はNさんの自決を止めるのをやめました。生まれて初めてでした。自殺を止めなかったのは。なんて言うのでしょう・・・この人の決断したことを止める
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【動画】中学生のときのうつ病の話【うつ病体験談】

実際にうつ病を体験された方の体験談を載せています。【ナレーション本文】 中学生の時、うつ病でした。 小学生の時から読書が大好きで 夜寝るときも同じ部屋で寝る祖母に気を遣い 部屋の電気は消してスタンドライトの下 夜中1時頃まで読書をしていました。 中学生の時、ある本を読んでこう感じてしまったのです。 ああ、人間って 他の生き物の命をいただかないと生きられないんだなあ。 なんて可愛そうなことをしているんだろう。そこから罪悪感で お肉や魚が食べられなくなってしまいました。 食べないようになると、便が固くてでない 気分が沈む等、心にも体にも悪い変化がおきました。 自殺したい と考えるようにもなってしまいました。 気持ちが沈むと、なんて自分は悪い人間なんだと 自分の拳で頭を勢いよく叩いたりして 泣き出すということもありました。 ただしそれは人前ではなく一人の時です。 誰にも見られないように人知れず 嗚咽をこらえて叩いていました。 さらに、今考えると恐ろしいのですが 一度大量の錠剤を飲んで自殺未遂のようなこともしました。 幸いなことに 熱が36℃台から35℃台に下がる程度で終わりました。 気力もなくなり 中学校も不登校になり家にひきこもりがちになりました。 日中もずっと寝ている状態になってしまいました。 表情も暗く、笑うことは全くなくなりました。 自分の思いを 家族にも友達にも打ち明けず過ごしていました。 心配した母が、担任の先生に相談して スクールカウンセラーの方との面談を提案しました。 なんとか中学校に行き、 カウンセラーの方に自分の考えを泣きながら打ち明けると、 気持ちが少しすっき
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自殺未遂からの気づき②(きっかけ編)

今でも覚えている 2019/10/31日 天才の日に自分は練炭自殺を試み失敗、未遂に終わり神様が助けてくれたのか、まだ生きる運命だったのか 今こうして生きているありがたみを心の奥底から感じて感謝しています。  当時自分は飲食店で働いていて自分で店を出すのが目標でした しかし働いていたオーナーと揉めてしまい、いきなり辞める事になり突然の出来事だったので心に穴が開いた様な気分でした 辞めた原因はお互いにあったと思いますが当時勤めていた飲食店はBARで営業時間は19時から朝の7時までと長く 仕込み買い出しの時間を加味したら一日15時間位は働いていました お店もそこまで大きな店ではなかったので自分が一人で切り盛りをして雇われ店長として色々試行錯誤しながら売り上げのことを考えたり 料理のメニューを考えたり、お客さんに営業で連絡したり、SNSで告知したりほぼほぼ一人でお店を回していました、 将来、自分でお店を出したいと思っていたのでこれも勉強の為とオーナーからの理不尽なことも我慢し、休みもほぼ無く、安月給 常連さんが定期的に飲みに来てくれて自分と話しに来てくれるのが一番嬉したっかと思います ただ営業時間が長く、BARだったこともありお酒を頂く機会も多く ほぼほぼ毎日、営業中は飲んでましたね 毎日酔っぱらって帰って気絶したように寝て、家のことは何も出来ず、部屋は散らかり放題 起きたらシャワーを浴びて二日酔いのまま買い出しに行き店で仕込み そんな生活を4~5年続けていましたね 元々はお酒は好きでBARに勤めていたのですが 日々の不摂生からか酒がどんどん飲みたくなくなり ストレスからか酒癖も徐々
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御覧頂いた方、初めまして。

こんばんわ( *´艸`)初めまして、skと申します。20代アラサー女子です。もうすぐ、年変わりますねぇ。皆さん、どうお過ごしですか?大掃除、少し早く帰省する 等、、様々かと思います。私は、大掃除したり 絵を描いたり これからやりたいことについて考えたりしています☆彡。私は、現在無職です。20代前半~後半 自殺未遂や鬱病や過敏性症候群を抱えたこともあり、自分の体調やメンタルを日々、整えつつ 仕事探し中です。(現在、良好な状態です。)過敏性症候群や鬱病、自然療法で良くなっていきました。ですので、通常の薬物療法とは違います。尚、治っても継続的に続けていく必要があります。それでも、鬱病や過敏性症候群に悩まれている人へ寄り添えることやお答え出来ることはあると考えております。鬱病や過敏性症候群、自殺未遂について その時思った事などblogに投稿していきますので、良ければ御覧頂けると幸いです。正社員、派遣、パート、アルバイトやものづくりやアパレル、飲食業など転々としてきました。(ものづくりが、長いです。転々としたのも含め5年少しとなります。)趣味は、食べること・ダンスや絵を描くことです。10年程 趣味で毎週ダンスレッスンへ通っていました。後、たまに本読むことも好きです♪機会があれば、絵も載せていこうと思います!では、さようなら~( ^^) _U~~皆さんが、幸せな人生を歩めますように☆彡。
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自殺未遂からの気づき③(最後の晩餐編)

自分はあの時どうしていたら良かっただろうか? 未だに考えてしまいます。 自らの命を絶とうとしてしまった過ちに、、、 あの時の自分に「もっと甘えてもいいんだよ」と一言伝えたい この言葉を過去の自分に送ります。 ・・・伝わっているから今の自分がいるのだと信じます・・・    最後の晩餐は そんな事を考えていました 買ってきた七輪と練炭を乗せてバイクで走りながら 晩飯感覚で考えていました、でも今までで一番に考えて悩んだ晩御飯 自分は関東出身なので地元のラーメンの味に懐かしさを覚えていて 当時働いていた関西には家系ラーメンが少なく 家の近くに家系ラーメン風?(正確には家系ではないのですがスープと麺はほぼ家系で美味) によく足を運んでいたので地元の味のラーメンを食べたいな っと思いラーメンに決定、店に到着し いつも頼むチャーシュー麵とライスを食券で購入し いつもの店長が寡黙に作ってくれていました そのお店がオープン当初から自分は通っていたので 多分3~4年は通っていたと思います 少なくても月1、多い時では週1は通ってましたねw 店長とは近所で何度かすれ違った時は笑顔で会釈をしてくれて、顔は覚えてくれていたのでしょうが お店に行った時は他のお客さんと変わらない対応と目があった時の言葉には出さない「また来てくれたんやね!」の微笑みが居心地が良く、更に味も良し、通い続けていたらいつの間にか繁盛店に お昼時は並ぶ覚悟がないといけないお店に、そんでもって二店舗目もオープンと 自分が好きなお店が繁盛してくれて自分の事みたいに嬉しかった記憶があります しかしそんな思い出を振り返る余裕が無かった 地元の
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もし大切な人が「死にたい…」と言ってきたら…

大切な人が「死にたい」と言ったら…どうすればいいの? こんにちは私はグリーフ専門士・ペットロス専門士として また自殺防止活動に携わる者として 多くの方の相談に寄り添ってきました「大切な人が自殺を考えているかもしれない」 「死にたいと言われたけど どう対応したらいいのか分からない」 そんな不安や戸惑いを抱えている方へ 少しでも力になりたくてこの電話相談を出品しました今回は「もし身近な人が自殺を考えていたら どうすればいいのか?」というテーマでお話しします💡 もし、大切な人が「死にたい」と言ったら? 家族やパートナー、友人が「もう生きるのが辛い」「死にたい」と口にしたとき、あなたはどう接しますか? 多くの人が「どう返せばいいのか分からない」と感じるでしょう…「励ますのがいいのか?」「説得すればいいのか?」「それとも話を聞くだけでいいのか?」 この状況で適切な対応が分からず 「自分が何か間違えたらどうしよう」と不安になるのは当然ですしかし 一つ言えることは 「死にたい」と言う人の言葉には 助けを求めるサイン「生きたい…」という気持ちも隠れているということです❌ NGな対応 – 逆効果になる言葉とは? 心配だからこそ ついこんな言葉をかけてしまうことがあります❌ 「そんなこと言わないで」 ❌ 「もっと頑張ろうよ」 ❌ 「みんなも大変なんだよ」 ❌ 「気の持ちようじゃない?」 実はこれらの言葉は 相手にとって「分かってもらえない」という気持ちを強めてしまうことがあります「頑張るのが辛いから悩んでいるのに…」と さらに孤独感を深めてしまうのです✅ どう対応すればいいの? 相手の気持ちを受け
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懐古 僕が引きこもりをやめたきっかけ

無職中年のまぁくんです。今日も、求職活動をぼちぼちやりながら、それでも余りある時間を使って、自分の人生を振り返っています。自分を知ることは大事だけど、あんまり「自分自分」てなるのも健全では無いよなー、と思いつつ、こういう境涯になるとつい、自分の過去を振り返ってしまうものですね・・・。それはもう、30年近く前の思春期の話僕は、たくさんの友人知人と交わってワイワイするタイプでは無いので、これまでの人生50年弱、どっちかというと1人黙々な時間が多めの人間です。ただ、引きこもり期間の前と後は、外形的にはそれなりに人と交わってやってきました。どっちかというと、多数の輪の中でワイワイやるより、1on1な対話の方を好むタイプです。ただ、前々回・前回の記事で書いたように「さとり」だとかに興味を持つ人間なので、変わり者の部類には入る気がしてます。さて、引きこもりになったのは、18歳・大学1年生の5月、GW明けでした。今思えば、典型的な「五月病」と言えるのかもしれません。結論だけ先に言うと、11月に引きこもりをやめるきっかけを掴んで外に出ました。それまでずっと千葉で実家暮らしでしたが、住み込みのアルバイトを見つけて長野に行きました。なので、引きこもり期間としては、7ヶ月と言うことになります。引きこもりコースへの歩み大学1年生の5月に引きこもり生活を始めた、とはいえ、いきなり5月に引きこもりになったというより、その下地は前からありました。高校3年生の秋口から閉塞感が強まっていたし、さらにいえばそのもっと昔から引きこもりに向かうコースに乗っていた気がします。私は、いわゆる教育ママな母親のもと、小学校高
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自殺未遂からの気づき④(欠航日編)

 その時の自分はいったい何に悩み苦しんでいたのだろうか 今思うと、小さい悩みであったかも知れない 今なら解決出来る事かもしれない その時の自分はまともな考えが出来ていなかったのは間違いないが 今が劇的に変わった訳では無い ちょっとしたボタンの掛け違いが その様なマインドにしてしまったほんの少しの事で景色は変わる 少しだけ立つ位置を変えるだけでいい 立ち止まっても、座り込んでも、逃げ出してもいい どの場所に居ても自分は自分 きっと何処かに居心地の良い場所があるはず 違和感があるなら探しに行こう 自分の気持ちと語らいながら       * 最後の晩餐を食べ終え自宅のマンションに到着 その時は時間は19:00頃だった 気分的には今から行おうとしている事に 特別な事をする訳でも無く いつも通りの夜 帰るなりゲーム機に電源を入れ 冷蔵庫に入ってる缶ビールを開けてグラスに注ぎ ビールを飲みながらゲームをする なんてことのないいつも通りの日常 数時間後、少しばかり酔いが回ってきたのもあり ゲームを辞めて、ふっと現実に戻る 窓を開けいつも見慣れた景色 自分の自宅からは大阪梅田のビルの夜景が綺麗に見える所で お酒を片手に景色を眺めながら 両親のこと、友達のこと、今まで出会って人達のことを 誰かに対しての恨みや憎しみと言った感情はあまり無く 自分自身の不甲斐なさが感情の大部分を占めていて 生きている意味ってなんだろう? こんな惨めな思いをしている自分はいったいなんで生きているのだろう? どんどんと負の感情が沸き上がっていき その感情を誤魔化す為に酒を煽る 結構な量の酒を飲みベロベロになっていた ふ
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みなみさんちの家庭崩壊

私が先日インフルエンザにかかって高熱が続いた時旦那さんはなんお連絡もなしに職場の先輩と飲みに出かけていました。それで私がこんなに高熱が出てフラフラな状態でも子どものことも家のこともわりとできたので「あ、これは旦那さんなしでも生きていけるな」と思ったわけです。そんなわけで私は旦那さんに離婚を切り出しましたが離婚は話をはぐらかされるので義母に「近々離婚すると思います」とラインを送りました。義母からは鬼電がかかってきましたが全部無視。当然、義母は旦那さんに鬼電するようになり旦那さんは私ときちんと話し合わなければいけない状態に。話し合いになってもどうせまた離婚はしたくない、ちゃんと愛してるのにとか言ってくるんだろうなと思っていましたが旦那さんからは「もう仕方がないね。離婚する方向で考えよう」と言われました。「ありがとう」と私は返して自分の寝室に行きましたがベッドに入ると涙が止まりませんでした。ただ変わらず愛して欲しかっただけなのに私はいつの間にか子どもさえ産めればいい存在になっている。好きだから求めるのに拒まれる好きで結婚したのに拒まれる自分に全く愛される価値がないように思えました。子どもが親離れしたときなんかはもう私には存在価値すら無くなるんじゃないかと絶望感でいっぱいになって私はクローゼットからベルトをとって首を吊ろうとしました。朝からなんて重たいブログなんだと思いますよね。笑でもセックスレスって拒否されている側は毎日のHP消耗が激しいんですよね。拒否する側にも何かしら原因とか悩みとかあると思うんですけど。女は特に「愛される」って大事ですから。さて、なんで首を吊ったのに今ブログを書
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「今すぐ…死にたい…」そんな気持ちが襲ってきたら

「もう無理…生きるのがしんどい…」 「消えてしまいたい…」 「何もかも終わりにしたい…」 そんな気持ちに襲われることがありますか? 死にたいという感情は 誰にでも起こりうるもの…特に 強いストレスや絶望感に包まれたとき 人は「生きる」ことそのものが苦しくなり 頭の中が「死にたい」というエネルギーでいっぱいになってしまいますでも そのエネルギーがずっと続くわけではないことを知っていますか? 実は 「死にたい」という衝動的なエネルギーは長くても30分程度で落ち着くことが多いと言われていますこの時間をどう過ごすかがとても大切なのです「今すぐ…死にたい…」という気持ちが襲ってくるメカニズム「今すぐ…死にたい…」と感じるとき 多くの人は 「この気持ちは一生続く」「もう抜け出せない」 と考えてしまいます確かにその気持ちを何年も何十年も抱えながら 踏ん張って生きているかたたちも たくさんいますでも実際には 私たちの感情は波のように変化していきます強い感情がピークに達すると ある程度の時間が経つと自然に落ち着いていくというのが人間の脳の仕組みです感情は「らせん状」に常に変化をしているといわれています特に「今すぐ…死にたい…」という衝動は ストレスホルモンや脳内の興奮状態と関係しており時間が経つと次第に収まってくることが多いのです「今すぐ…死にたい…」というエネルギーを解放する方法「今すぐ…死にたい…」と感じたとき そのエネルギーをどう解放するかが重要です何もしないでそのまま耐えていると 突発的な行動に出てしまうこともありますそこで 気持ちを落ち着かせるためにできることをいくつか紹介し
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自殺未遂からの気づき⑥(両親編)

心の在り方とはなんだろう? 何処に重きを置いてどの様に付き合って行くのか 心を遠ざけて見たくないモノをから目を背ける 心を張り詰め過敏に反応してしまう 心に嘘を言って自分を騙す 常に自分と向き合う事 自分の心に問う 本当の気持ちを発見するのは 難しいかも知れない でも自分の事を誰よりも知っておくべきと 自分は思う、付き合いは長いこれからも ゆっくりと向き合えばいい そのうち心を開いてくれる時が来る だって自分自身なんだから。 インターホンが鳴ったが出る気がしなかった 布団に潜り込み居留守を使った 二回ほどチャイムが鳴るが無視していた するとドアを叩く音と聞いたことがある声が聞こえた 聞き覚えのある声 何度も自分の名前を呼んでいる まさかと思いドアを開けると 母と父が居た 当時、自分は関西に住んでおり実家は関東 電車で3~4時位はかかる距離 開けるなり母は俺の手を握り締めて泣きじゃくった 「良かった、心配したんだよ」と強く手を握り 父も「大丈夫なんか」とうわづった声で問いかけた 自分は何も言わずコクリと頷き 取り合えず部屋へ入れた 部屋に着いても母は自分の手を握りっぱなしで 良かった、良かったとボロボロと泣いていた 自分は何の言葉も言えなかった、出てこなかった 少し母が落ち着きどういった経緯で来たかと父が説明してくれた 先日、自分に連絡することがあったが電話に出ず 急ぎの連絡だったみたいで自分の元職場に連絡をしたらしい そしたら少し前に辞めたと元職場のオーナーに言われ 自分は両親に仕事を辞めたことを伝えておらず それから何度も電話を掛けたが電源が入ってないのが気になって わざわざ
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人生1回終わらせた話②

離婚を決めてからすぐに婦人科での検診の日が訪れました。看護師さんに不妊治療を中止したいことを告げ理由も軽く話しました。採卵した卵は全て使い切ったので管理費などもかからないので再開する場合はまた一からということになりました。婦人科を出てまだ生理が来ていないお腹を撫でながら「ごめんね。私一人だとあなたを満足に育ててあげられないと思うからまた別のタイミングで来てくれると嬉しい。」と呟きました。その足で市役所に向かい離婚届をもらいました。帰って即自分の欄を記入し両親にも報告。しかし本気だと思ってもらえず後日会うことになりました。テーブルに離婚届を置いたままにしておいたら彼の欄も記入してありました。最後に喧嘩をしてから別々に寝ていた為会話をすることもありませんでした。記入済みの離婚届を見て揉めずに離婚出来そうで良かったと安心していました。しかしテーブルから離婚届が無くなっていることに気付いた彼から「俺は納得していない」「離婚はしたくない」「考え直して」「何でもするから」と情けないメッセージが大量に届きました。私の両親は離婚しているので母と父それぞれに会って話をする必要がありました。母に状況説明とサインをもらいに行くと「サインはするけどあなたの話だけ聞いてあなたの味方だけするわけにはいかない」と言われました。こんなに辛い思いをしていてもやっぱり母は私が可愛くないんだとこの時も思いました。とりあえずサインはゲット。父にもサインをもらいに。状況説明すると「もう無理だね。短かったけど仕方ないよね。離婚したらここに住めば良いよ。」と初めて味方でいてくれる存在を感じて涙が止まりませんでした。両親のサ
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自殺未遂からの気づき⑤(自殺失敗編)

ふっと目が覚めた 生きていた 自分で開けたのか、神様が開けてくれたのか トイレのドアが開けられており トイレで這いつくばっていた 酷い頭痛と身体がうまいこと動かない 少しづつ意識が戻りつつ状況を確認する まずは死にきれなかったと思った 立ち上がろうにも立ち上がれず藻搔いていると 下半身に違和感を感じた 便を漏らしていたのだしかも両方 少し時間がたちトイレから上半身だけだし 下半身に着ていた服を取り合えずトイレの中で脱ぎ 這いつくばってお風呂場に行った 汚れた体を洗い流しながら、力が入らない手で頭からシャワーをかけた 状況があまり理解できなく 身体を洗い終わったら取り合えづ横になりたく 布団まで這いつくばって行った 酷い頭痛と気分が悪く、どういった状況なのか考える余裕は無かった 何時間かしてふと目が覚めた、相変わらず酷い頭痛 喉が渇き水を飲みに行こうと立ち上がるも 立ち上がりはしたがふらつき 壁越しに冷蔵庫に向かった ペットボトルの水をこれでもかと言うほど飲んでいた ようやく状況が掴めてきた 酷い気分の中で感情というものは無かった 本当に無だった、嬉しくも悲しくも何も感じない 「死にきれなかったな」と淡々と思った ただ早く横になりたかった 横になって目を瞑っていた 何も考えられない、虚無感が身体を支配していた しばらく横になっていると携帯が鳴った 目を向けると母親からだった 今までも連絡を頻繁に取ることは余り無かったのだが こんな日に連絡が来るとは、 流石に電話に出れず、切れるのを待った 切れた瞬間に物凄い不安に襲われた 怖くなって携帯の電源を切った 怖くて怖くて布団の中で震えて
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