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所感・・理想の日本を考える

 どのような理想の姿を日本の国は、描いているのであろうか。日本の国はどの方向に進もうとしているのか、国民一人一人に解るようにしてほしいものだ。何故なら、行き先つまり到着地点が分かると人はその方向に動き出すからである。 人間にとっての理想は世界の平和と人間の幸福を目指すのは徒然のことであろう。 そのためには、そのようになる順序としてまずはどのような目標設定にするのがいいかを考える必要があるのではないか・・・ 所感としては国旗と国歌による国づくりを考えるべきではないか国旗の日の丸は生命あるものを生かし続ける太陽を中心に宇宙が描かれ、自然の恵みに感謝して生きる日本人である。 また国歌の君が代はみんなが仲良く助け合い団結して末永く幸せであるように方向付けされている。 理想の姿は国旗と国歌を中心に考えるのがまず第一であろうと考えるのだ。・・・・新総裁に望む
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外食マーケティングポジション

 どんな店舗の雰囲気でどんな料理を提供し、いくらぐらいの予算でといった観点からいろんな店を観る癖がついています。 外食店というもののビジネス機会は食事主体という切り口から観るとおおよそ昼食時間と夕食時間に集客が集中するようになっています。今回は料理中心のお店のポジションに関して考えてみます。 あらかた飲食店のランチタイムというのは主に仕事をしているお客という事で仕事の合間に時間節約型の食事を摂っているという動機が大半でした。 という条件下で選ばれるお店というのは職場の近く、もしくは車で動している途中にあるといった立地条件がまず挙げられます。次に料理提供の時間が短いという事、さらに1000円未満で(できれば800円程度)珈琲タイムも兼ねられるような店・・・ これ以下だと、うどんチェーンや牛丼、カレーの店という事でしょうか、さて、ここにランチメニュー 3500円の客単価の店が登場してきました。いったいどんなマーケティングポジションなのか・・・ いったいどんな人々が訪れるのだろうか という事で店のオーナーにインタビューしたことがあり、その内容について書いてみたいと思います。 まずお客様の事ですが・・・それは圧倒的に50代のご婦人がたを中心にしたお友達グループです。更には初老のご夫婦というか余暇時間を持っている方まれに会社員の歓送迎昼食会などが主なお客様です。 提供している料理内容に関して・・・オーナー自身が温泉旅館に宿泊された時の旅館料理、部屋だし料理、少量多品種という食体験から、自身のお店ではこの「旅館料理」の疑似体験を提供してみよう、それも旅館の料理価格より安ければいいのではない
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散歩しながら考えた事

 散歩の途中で発見した「木槿」という名の花らしい・・グーグルに照会言葉を発することのない花も何らかの主張をしているように思う。 今日は非言語系マーケティングについての所感とします。この世界の中でたった一人で生きていけるはずもなしというか、そもそもそれぞれが支えあって物事が成立しているという事なのです。 物を買う、活用するという事を促すためには多くの企業が情報発信という行為を継続的に行っていかなければなりません。 特に消費者の心をつかむことで販売を伸ばそうとしている企業は、非言語系情報というべき雰囲気とかイメージとか、使用している状態などに関して消費者に訴求していくことが何より大切です。  企業側としてはその商品のコストをどのように調整するか、材料のスペックや流通コストに関しては売価の中に適正に設定することが大事なのですがそれはそれ  モノ余りの現代に於いての優先的な戦略はお客様の感情の領域にどう入り込んでいくのかに尽きるようです。 五感の特に視覚訴求と視覚に納得感を与えるための物語づくりが知的欲求を満足させなければならないものと考えます。マーケティングとはともかくも販売からスタートするものと私は考えています。  だから、世間の平均の原価率や人件費などといったところから経営計画を立案することがいかに危険か、そのことに気が付いた昨今の私です。  物語マーケティング実施方法を考えていきたいと思っています。 現代の販売手法というものが単なる商品機能の紹介だけでは通用しないという事は多くの方が感じている事だろうと思います。 我々の先輩世代の(団塊の世代)マーケティング担当者の発想はまさし
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西郷南洲遺訓より学

高校野球がはじまるといつも思う、様々な校歌があるのは理解しているつもりだがどうも地域の特色をうたったものが新しい学校の詩の内容にあまり触れていないことに自分の生まれ育った地域に対する郷土愛・愛校心・ひいては愛社精神、そして愛国心などというものが最近希薄になっているようなそんな気がいたします。  ようは守るべき自らの本体、まずは自分の理念をまとめよ・・と西郷さんは言っておられるのです。もちろん世界の人々との調和は大切なことではありますがそれぞれの国家や地域にはそれぞれの柄があるわけでそのことの認識は当然必要であり、お互いに気を使いながら調和を求めるといった行為が必要であると考えます。つまり 自分とはいったい何者かを真剣に求め本来の自分をみつめ、自分は「神の子仏の子、絶対善なる存在」であることを認めることから始まるのです。そして、自分のビジョンを明らかにし自らに課してみよう。  「忠・孝・仁愛・教化」 忠と孝とは自分を包み込んで守ってくれる゛大きなもの゛に対する゛愛゛です。 その大きなものとは①国であり②故郷であり③家族であり、あるいは同時代を生きている大切な仲間たちの集まりであります。   さらにその大きなものを支えているのは、他ならぬ自分である。といった責任感であります。  その責任とは、人類普遍の正義を全うするのが大原則であり そのために「人智の開発」を怠ってはいけないのです。 真の政治家とは、そのリーダーシップの在り方が「天を相手にする」といった観点から当然「私利私欲」というものを捨て去らなければならないのです。そして「天命」であるところの「正義を貫く」という覚悟が必要だと
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デザイナー人生を思う

なぜ生きているのであろう、この問いに対して確実な答えを持っているのだろうか 人として生れてきたという意味はあるのだろうか・・・  図らずか図ってかは知らずとも  今の今現実に生きているのである  ならば何らかの意味があるはずであろう  いえることは、日々の暮らしの中で心の安らぎを求めているといえるのではないか  そして、人格の向上をし助け合いの社会を作ろうとしている  これが人生の目的であろう。心の中から人に何かをしてあげたときには喜びが 人に迷惑をかけただろうな というときなどに訪れる心のざわめき・・・・  この違いを実感できるひとは向上の道に乗ることができる これを感じるとき、「そう、生きててよかった」と思わないであろうか  70歳を迎えた私は物心がついた10歳ぐらいから様々な現象を経験してきた  日々の生活環境は人格向上をする場なのであろう、子供のころの環境に対して子供とはいえ様々な考えを持っている 当時「人格の向上」などとは考えもしなかっただろうが、小さな社会での苦労は子供ながらあったものである。ともかくも  人生という土俵の中で数々の出来事を経て、その都度数々の体験、観察と判断そして実行などを通して人格を形成していったのが 本日の私たちであろう。  今日がどんな環境であるかを決定していったのがその収斂されたものと考えられるのである。 多くの体験から、それぞれの運命を司っているのは各人の性格によるものだという事が理解できるようになった。人格の向上とは長所を伸ばし短所を修正することが大切である。という事はみんな知っている  では、長所とは何か  明るく楽しく素直に生きる、
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人が購買に至る道・・・

人が購買行動を起こすという事は、何らかの意思が働いているからこその出来事だといえます。ではその意思は、  どうやって起きていくのでしょうか。  これを解く鍵は人間が持つ特性というものを考える必要があるのではないでしょうか。  特性というより本質はどこにあるのかって考えてみたい・・・と思います。  ○○が欲しいといった意識はなぜ起きていくかという事を測るに「マズロー」という方の説いた欲求の段階をみたら下記の段階が  あると説いています。  一の欲求は「生存」欲求であり、これらは本能によって起きる欲求であります。主なものとして食・性・睡眠などがあげられています  この欲求に様々な付加価値がついてくるのが次の段階での欲求ステージになります。この段階からは居住環境、衣料、健康維持、といった欲求に変わっていくのですが、まだまだ他人と比較して云々という話にはなってないのです。これらの項目が達成せられたら社会の中で認められたいという自己承認欲求というか自らの個性を発揮したいという事になって行きます。ここからの段階が自律的・創造的な生き方ができるという段階になって行きます。  自分他人と比べてこんなことができるとか、ここが個性発揮するところだと思い「積極的な生き方」をすることになります。 やもすれば独りよがり、自我の発揮といった恐れはあるものの、してもらう生活から脱皮、成長していくスパイラルに乗っていくわけで あります。  他と一緒ではない、購買に関する心構えも拘りというジャンルにはいっていきます。 最初の購買動機は単純な欲求を満足させる事だから、仕様やデザインなどに関する欲求は薄いため。その
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マーケティング用語

写真は大牟田市内から有明海を経て「普賢岳」・・最寄り品 買回り品 専門品 最寄り品とは、頻繁に 手軽に 最小の努力で購買される製品であり顧客の生活圏に近い店舗で購買される製品が該当する。 食料品、日用品、生活雑貨といった購買頻度が高く消費期間が短く価格が安い 購買障壁の低い製品が分類される。・・・・・・最寄りの店購買を高める対策としては、●商品の入手機会の拡大・・・取り扱い店舗の増大、品揃えの充実、店頭露出、品切れ防止策、など ※近くの食品スーパー、ドラッグストア、コンビニ、買回り品とは、顧客が自身の嗜好や価格などを基準にして、購買するにあたって一定の比較検討などの努力を行う製品の事。一つの製品の購買決定するにあたって、複数の店舗を見て回り、価格、スペック、デザインなどを比較してから決められることから買回り品と呼ばれる。家電製品、衣料品、家具といった購買頻度が少なくてコストパフォーマンスを比較して購入する傾向がある。 購買を高める対策としては、 ●製品スペックの詳細情報を顧客に提供する事・・・接客者やカタログ(メニューやデザイン)による情報発信、顧客とのグッドコミュニケーションの維持などの定期的な計画が必要。 ※百貨店、専門店、家電量販店、ショッピングモール、商店街の中にある様々な店舗がそれぞれの位置づけを持って存在している。飲食店が本来狙うべきは 専門品というジャンルである。 これは独自のブランド、独自の特性といったブランド価値を有しており多くの顧客が機能的なベネフィットや価格以外の価値を持っており、その製品を持っていたり使っているということ自体が一種のステータスとしての価値
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デザイナー所感

人生というものを事業に見立てて考えてみたいと思います。 事業というからには会社や店を経営するといった観点が必要です。まず何のために人生というものがあるかを考えてみましょう。  必然的に両親を縁としてこの世界に登場し、小さい時代から育まれやがておおきくなって学校に入っていくわけですが、もともと純粋無垢だった人の心に家庭の思想、習慣ふくめ色々な環境によって、又肉体的な発育などによって五感というもので喜怒哀楽の現象を体験していきます。  そうした中から所謂経営に似た考えが生じていきます。「何をしたいか」「どうありたいか」  という経営志向、経営理念とでもいうべき思いが生まれてくるのです。ということから高校を選択し大学を目指します、またある方は十代の若いころから社会に出て人生の指針を決めていくのです。意識的か無意識的かは関係なく何らかの目的を持っているはずです。  人生経営の基本方針がこのころになるとある程度明確になってきます。 つまり進路が決まってくるという事になります。事業でいえば「創業期」にあたります。当然「成功」「失敗」という事態をへて修正、創意工夫を重ねながら挑戦していくのです。これは例外なくすべての人が体験するわけです。  思考は行動を生み縁をつくり結果を得るというメカニズム。 「原因結果の法則」どうりに道は進んでいきます。 人生が事業経営という事を考えるならば、どういう領域、例えるとどんな部署がいるのでしょうか。 ゆうまでもなく私たちが社長で司令塔となれば販売部、商品部、経理部、製造部、人事部などの役割があります。自分の人生ですからこのすべてを自らの力で処理していくという
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所感・・・愚人とは

愚人とは他人の言葉に毒されて(毎日耳に入ってくるマスコミの情報らしき言説を含)自分を見失う愚かな自分に気づかない人。愚人とは自分の我を通して相手を苦しめていってそのことに気づかない人。自分こそかしこく正しいし言い張って他人の意見を無視し、そのことによって気まずくなっていることに気づかない人。しかし、本来の自分は多くの人のお役に立つことを望み、そのための行為を惜しむことない愛溢れる自分なのに何故愚人となっているのだろうかと反省しなければならない本来の自分に立ち帰るよう意識して早く本来の自分に立ち戻ろう昨今の世界情勢を鑑みての所感なりという事で本日の一筆👇
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夏のひと時・・・デザイナー所感

線香花火というのは、華奢で小さく可愛い。紙縒り一本ので演じる「火祭り」火をつけると、まずは牡丹の趣を表現するかの如く身の丈一杯の花を咲かせてくれる。つづいては松葉だ。パチパチと音を楽しませてくれる。次に柳が風に揺れるかのごとき風情をみせ、そしてフィナーレ・・・菊が散る時間にすればわずかだが、「諸行無常」とばかり日本文化の背景にある美しいものに触れる情緒的歓びを教えてくれます。 「縁側で火祭りをみる夏休み」
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生涯現役でありたいと思う

いつまでも仕事をしていたいという意見は何も経済的な問題だけではないと思うのである。 仕事を始めた最初のころというのは誰もが「見習い」であるわけだから、当然少ない技量であり、所属する組織の上司や、お客様から教わりながら段々と成長していくのであります。  ということは、誰かに迷惑をかけながら一歩一歩階段を上るように、  成功と失敗を繰り返しながら進んでいくのである。  年月を経て体験を積み重ね、数々の原因と結果のありようを自らのノウハウとし、様々な人脈を築き、そうして人々のお役に立てる自分を作り上げるのである。  あわせて、自らが関わっている業界の特殊性独自性などの理解を深めながら、共通するなんらかの法則を発見するのである。その共通性を言い表している言葉「一芸に秀は万芸に・・・」といわれているように  私の体験上この心境は50代後半くらいにならないと、理解できないかとも思うのである。さて問題は、これらの成熟した考えや全体をみる能力を身に着けたころに定年という名の「引退勧告」をうけるというのである。  なんともったいないことと思うのである。  もう仕事はしない、解放される、これからはゆっくり生きようと喜びのんびりと過ごそうと思う人もいる  あるいは、仕事を生きがいとしていた人が虚脱感に陥り何らかの趣味を持とうと無理やり何かを始める人もいる  生きがいを亡くし日々を無駄に送る人もいる  しかし、本来人間というものは 誰かのお役に立っているという実感があってこそ自らの存在を肯定できるという本質をもっているものだと思う、確かに趣味もよかろう、しかしその趣味が他とのふれあいのない自分だけの世
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