人が購買行動を起こすという事は、何らかの意思が働いているからこその出来事だといえます。ではその意思は、
どうやって起きていくのでしょうか。
これを解く鍵は人間が持つ特性というものを考える必要があるのではないでしょうか。
特性というより本質はどこにあるのかって考えてみたい・・・と思います。
○○が欲しいといった意識はなぜ起きていくかという事を測るに「マズロー」という方の説いた欲求の段階をみたら下記の段階が
あると説いています。
一の欲求は「生存」欲求であり、これらは本能によって起きる欲求であります。主なものとして食・性・睡眠などがあげられています
この欲求に様々な付加価値がついてくるのが次の段階での欲求ステージになります。この段階からは居住環境、衣料、健康維持、といった欲求に変わっていくのですが、まだまだ他人と比較して云々という話にはなってないのです。これらの項目が達成せられたら社会の中で認められたいという自己承認欲求というか自らの個性を発揮したいという事になって行きます。ここからの段階が自律的・創造的な生き方ができるという段階になって行きます。
自分他人と比べてこんなことができるとか、ここが個性発揮するところだと思い「積極的な生き方」をすることになります。
やもすれば独りよがり、自我の発揮といった恐れはあるものの、してもらう生活から脱皮、成長していくスパイラルに乗っていくわけで
あります。
他と一緒ではない、購買に関する心構えも拘りというジャンルにはいっていきます。
最初の購買動機は単純な欲求を満足させる事だから、仕様やデザインなどに関する欲求は薄いため。その判断基準は価格面が優先順位の一番になります。
当然この場合の提供企業は価格に注意するため、かなりコストダウンを図っていくという努力をしなければならないのと、
顧客数を多く獲得しなければならないのです。という事はある程度の企業規模がなければだめでしょう。小企業がこの価格領域にはいりこもうとするとかなりのリスクを覚悟しなければならないでしょう。
どういった購買行動に対してアジャストしていくのが適当かをよくよく考えなければならないのが、これからの購買、消費マーケットをどうとらえるかがポイントです。
日本の個人のGNPが世界ランク27位だそうですが、これは国内企業の投資減、消費者の購買減という現象ではないでしょうか、
という事は、各家庭を含めた個人消費が低迷しているという事
つまり買うものがない・・というか生活品は充実しているといえます。
また、少なくない識者は経済低迷を大事件のようにいっている。
しかし、たかが経済のこと。本来の幸福社会の構築要素の一つの側面にしか過ぎない。物質充足が幸福社会充実とは言えないのです。
経済的な環境は中庸でいい・・・足るを知ること