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子どもの純粋な瞳

廉清生織のブログの部屋へようこそ母の目線からこのポエムを捧げますね─ 子どもの純粋な瞳 ─その瞳はまだ何も疑っていないだからこそわたしは嘘をつかない小さな手でつかもうとする未来をそっと包み込みながら隣で見守っている転んだときはすぐに抱き上げたい衝動をこらえて立ち上がる強さを信じる泣きたい夜はその涙ごと抱きしめて大丈夫だよと静かに灯をともす優しさだけでは守れない日がある知っているからこそときに厳しさを選ぶそれでも手は離さないあなたが迷ったとき帰ってこられる場所でいるためにそのまっすぐな瞳が曇らないように今日もただ静かに見守っているその瞳を守るために私は強くなれるいつか  わたしがあなたの手を   握る日までここで   待っていてね
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子どもの発想力は無限大

廉清生織のブログの部屋へようこそ子育て中のママへエールを込めてお届けしますね何気ない一言に世界を変える魔法があるまっさらな視点で空を見上げ雲に名前をつけて見えない誰かと笑っているそれは心が自由に羽ばたいている証うまくできなくてもいいはみ出してもいいそのままでいいねぇお母さんちゃんとしなきゃって頑張りすぎていませんか子どもは完璧な答えなんて求めていないただ一緒に笑ってくれること受け止めてくれることそれだけでいいあなたのまなざしがそのぬくもりがこの子の世界をやさしく照らしている子どもの発想力は無限大そしてその無限を育てているのはあなたという存在世界中のお母さんいつもありがとうそのままでいい  一緒に隣でそっと微笑んで     いてくれるだけでいい
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母の最後の贈り物②

主治医の先生より、もう母はあまり長くは生きられないことを聞き落ち込むが、今日は病院に泊まらせてもらえるのでウキウキしながら病院に向かうからのつづきです(*´ω`*)「おかーさーん!来たよー!!!今日はずっとここでお母さんと一緒に居れると!嬉しい~!」と母の病室(個室)に入り、抱きしめて頬ずりしました。 母は心臓にも体にも水が溜まってて、褥瘡などの痛みもあり。とても辛そうだったのですが、「うれし。。。うれし。。。」と喜んでくれていました。「私ね、ずっとずっとお母さんが大好きやったと。幼稚園の時に習った歌がすごい好きでね、(おかぁさん  なぁに? おかぁさんっていい匂い  洗濯していた匂いでしょ シャボンの泡の匂いでしょ  おかぁさん  なぁに?   おかぁさんっていい匂い  お料理していた匂いでしょ 卵焼きの匂いでしょ)」個室であることを良いことに歌まで歌ったり( *´艸`)そのうち「痛い痛い」とだいぶ辛そうになってきたのでさすったりしていたのですが。看護師さんに痛み止めを貰えないか聞いてみると「前にのんでから6時間空いてないのでまだのめません。胃が荒れるので。」 そんなに長くは生きられない母が痛みに辛そうにしてる せっかくの貴重な親子の時間をできるだけ苦痛なく過ごしたい < 胃の粘膜   なん???胃が荒れるから???  優先すべきは胃の粘膜??腹が立ちつつも、病院内では言う通りにしないといけないので「おかあさん、もう少し待ってね。そしたらお薬もらえるけん。。」と、身体をさすってあげることしかできませんでした。しばらくして落ち着いてきて、呼吸も穏やかになり、母は眠ってしまいまし
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母の最後の贈り物 最終回

母と最期の時間を一緒に過ごすことができ、やっぱり母は私が来るのを待っててくれたんだなあと思い、 母と一緒に最期の時を過ごせたことを神様仏様に心から感謝しました からのつづきです(*´з`)   朝になり葬儀屋さんが来て母をすぐに連れて行って。 親戚や実家のご近所の方に連絡。 お葬式の準備のため担当の方と打ち合わせ。(お棺も骨壺もお花も全部価格のランクがあり、寝てないし泣きすぎて頭ぼんやりしてるのに選ぶの大変。)  お葬式の受付や、参列の皆様へのご挨拶やお礼。火葬場に移動、戻って親族で食事。。   (そういえばお棺にかけるリボン?に、母へのメッセージをマジックで書いたのですが、小学生の息子が、”おばあちゃん天国でもがんばってね” と書いていて、もうたくさん頑張ったから天国では休ませてあげてと、心の中で思ってました( ;∀;)しかもドウェインジョンソンの似顔絵を描いてたのですが、おばあちゃんドウェインジョンソン知らんやろ( ゚Д゚))  でもこういうところが可愛くて(*´ω`*)母もニコニコ笑ってたと思います。。    亡くなってから葬儀終わるまでは、慌ただしくいろいろなことをこなしていかなくてはならず、ゆっくり悲しむ暇もなかったのです。。   やっと家に帰ってきた母の骨壺を前にして、「もう母の肉体に触れることはできないんだなあ。」と思うとどうしようもなく寂しくて悲しくて。。  「もうお母さん痛みもなく苦痛もなく重たい体もなくて、優しい阿弥陀様のもとで、先に亡くなった父や兄弟姉妹と楽しく過ごしてるんだろうなあ。」  娘としての役目が終わったことを実感し、心に空いた穴が想像以上に大き
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母の最後の贈り物

 弘法大師様のお話しでも書かせていただきましたが、いろいろな偶然が重なって母と最期の時を二人きりで過ごすことができました。  その日、「少し状態が落ち着いたので明日退院しましょうか」との主治医の先生のお話しがありました。(え?褥瘡痛がってるし、心臓に水が溜まってるっておっしゃってたのに。。)と不安に思い、「退院しても大丈夫でしょうか。。治療のほうは続けなくてもいいのですか?」とお聞きすると、「いつなにがあってもおかしくない状態です。。お別れもそう先のことではないと思います。今がご家族と慣れた環境で過ごせる最後の時だとおもいます。」と。そのとき初めて「退院」の意味がわかりました。良くなったから「退院」ではないのです。とてもとても辛くて悲しかったです。心のどこかでは覚悟してたつもりでしたが、あらためて言われるとほんとに辛くて悲しかった。。でも、コロナで面会時間も制限されてて、「じゃあ、帰るね。。おかあさん。」って言った時にとても悲しい顔をしてたので。。明日からはずっと一緒に居れるんだ!この時間を1秒も無駄にしないで精一杯お母さんとくっついて過ごそうと思いました。夕方、看護師さんからお電話をいただきました。「個室が空いていたのでお母さんそちらにうつりました。夜こっそり泊ってもいいですよ。」って言ってくださったのです!「でも、急にご連絡したので。泊まらなくてもいいですよ(*^^)」とのことでしたがもちろん泊まらせていただきますとも!!!わーい♪少しでも一緒に居させてあげようという看護師さんのお優しいお心遣いに感謝しながら、病院にむかいました。やっぱりどうしても長くなってしまします~(
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母の日に伝えたい/シャチ ステラの愛 

今週の日曜日は母の日です。今日は、日本にいるシャチの偉大なる母、ステラに感謝を込めて届けたいお話をします。ステラには、長女ラビー、次女ララ、三女サラ、四女ラン、五女リン、五頭の娘たちがいます。サラは幼い頃に亡くなってしまいましたが、他の娘たちは元気に過ごしています。ステラの母性には、今まで何度も感動させられてきました。小さかったリンがステージに上陸して降りられなくなった時、ステラは自分も上陸してリンを助けました。去年はランがステージの奥に入り込み、身動きが取れなくなったことがありました。この時ランを助けたのもステラです。私はその時、たまたま最初から見ていたのですが、最初に異変に気づいていたのはトレーナーさんではなく、ステラでした。何度もランのそばを泳ぎ、気にかけ続けていたんです。最初は私も遊んでいるだけだと思っていました。でも、ステラの様子を見て「何かがおかしい」と気づきました。ランの体調が悪い時も、私は心配で会いに行ったことがあります。でも、ステラがそばを離れていたので、「大丈夫なんだ」と思えました。本当に調子が悪い時は、きっとステラは離れない。私はそう感じています。シャチは母親をリーダーとする家族の群れで生活します。パフォーマンスで見せるステラの高いジャンプは本当に圧巻です。 そして今、その姿はランやリンにもしっかり受け継がれています。名古屋、そして須磨へ。 ステラには母としてのプライドを何度も感じてきました。ステラは人間の子供にも優しくて、写真を撮る親子の後ろにそっと映り込みに来ることもよくあります。逆にランが子供を驚かせるような素振りをすると、ステラが怒って追いかける姿
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子どもが自分らしく生きるために

親の大切な役割のひとつは、子どもが自分の人生を自分の力で選び取れるように、そっと後押しすることだと思います。子どもには、我慢や罪悪感にしばられず、自分の幸せをまっすぐに追いかけてほしいですよね。中でも、母の存在はとても大きなものです。心に寄り添い、励まし、どんな時も支えてくれる母の存在は、子どもにとって安心と勇気の源になります。そして、子どもが自分らしく輝いて生きることを、誰よりも喜んでくれるのも母です。親が子どもの背中をそっと押し、子どもが自分の人生を自由に選べるようになる。その循環こそが、幸せな成長なのかもしれませんね。
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母の愛を知るということ

この歳になり、体のあちこちが不調になり始めて、自己管理をしっかりしないといけない状況になっています。(^^;)そんなことをたまに実家に帰ると母に話しています。すると、自分もその頃そうだったと、年齢と体の不具合の話をしてくれ、なんだったら薬をあげようかと勧めてくれます。若い時にはわからない身体のどうしようもない老化に、うまく付き合っていかないとならない自分が最近もどかしく、どうしても少しイライラしてしまうのです。(^^;)全て自分の今までの不摂生が原因だと思うけども、どうしても腑に落ちないことも多いので、まだまだちゃんと受け入れていないのでしょう。(^^;)『まだまだ私は若いし!』とは、もう一ミリも思っておらず、この先ちゃんと体の面倒もみないとなと、本気で健康の事を考えるようになりました。そんなことを考えると、同じ状況でいながら、ずっと働きながら私の病気の世話をしていた母の偉大さを感じざるを得ないのです。体が痛かったり、切なかったりした時にでもしっかり会社で働き、家では家事をしっかりこなしていた母に感謝しかできなくなります。やはり母は強い。子供を守る母親の意志は強い。子供を今から持つことは難しいけども、それぐらいの愛の強さで愛する者は守らないと・・・と感じるようになりました。家のインコたち4話の世話。ちゃんとしないとね。(^^;)精一杯生きられるようにフォローしてあげないとね。(^_-)-☆
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本当に望んでること♡

「大きな変化が人生全体でゴロゴロ~と音を立てています。これらの変化を最も高いレベルに保つために、必ずプラス思考をして、祈りとアファメーションを中心にした生活をしましょう♪」               ドリーンバーチュー(著)エンジェルナンバーより                         今日はエンジェルナンバーから♪          案外みんながみている数字なんですよね?!      5を頻繁に見る時はガイドからの急ぎの要件かも(笑)      そんな時私は「ありがとう」を5回は唱えてます(*'▽')         さてさて、今月は31日に2度目の満月を迎えます♪  もう11月になるんですね♡10月の波動をじっくり感じていきたいと思います♪この前聞いた話だとお月さまは太陽がないと光れないと仰っていた先生がいらっしゃいましたお月様人類は太陽がないと生きれないともいいますよね。  元気がない時も、太陽をしっかり浴びて大きく深呼吸を繰り返して元気をくれます♪1つでどれだけ輝かせているんだろう???   私達も真似できるのは「笑顔でニッコリご挨拶(#^.^#)かな。」  母の命日だったのですが、本当いつも笑顔でニッコリしていました♡そんな母に憧れお母さんに早くなりたかったんですよね(笑)ハードル高いことにはすぐに気づきましたけど💦(笑))そんな母の教えの1つでもある「志」をもつこと🎵これからは、益々自分の個性を活かして輝いていく時代といわれていますので、日々の積み重ねが実を結びますのでみんなでコツコツ積みましょう♪ 皆様は、今完璧!な幸せを体験していますか?制限なくで
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幼少期の私と母

物心ついた頃から母の機嫌が悪いと「あんたなんか生まれてこなきゃ良かったのに」と言われてきた私。弟と妹がいるけれどその2人を見ていてもそんなこと言っているのを聞いたことが無かった。母が私に言うのは私と2人きりの時。大人になっても言われていた。それでも私は母が好きだった。弟と妹に接するように私にも接してほしかった。「私の何がいけないんだろう・・・」「弟と妹みたいに可愛いと思ってもらうにはどうしたら良いんだろう・・・」「どうしたら抱きしめてもらえるんだろう・・・」「なんで私なんだろう・・・」母の機嫌が悪い時はいつも父と喧嘩した時。怒りをぶつける先が私だった。機嫌が良い時は私にも普通のお母さん。引っ込み思案で人見知りだった私は小学校低学年の時友達がいなかった。夏休みに学校のプールが解放されて何度か登校日があったがどうしても行きたくなかった。周りは友達と楽しそうにしているのに私は一人で参加しなければならなかったから。母の自転車の後ろに乗せられて小学校まで送ってもらったのにどうしても自転車を降りたくなかった。そしたらビンタされて口の中切れた。血の味がした。そのまま家に帰ることになったけれどビンタされてびっくりしてお漏らししてしまい自転車を降りる際に「お漏らししちゃった・・・」と言ったら何も言わず無表情だった母。それが鬼の様に怖かった。今思えばきっと母は一人の時間が欲しかったんだろうと思う。専業主婦でずっと家にいたのと亭主関白だった父の言いなりだったので。友達がおらず母にべったりだった私が鬱陶しかったのだと思う。小学校中学年以降友達が出来て外で遊ぶようになったらビンタとかされなくなったと記憶
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