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神障り(カミダーリ)の終わり

皆さま 週末はいかがお過ごしですか。日に日に暖かくなり、もうすっかり春ですね🌸会社員としての仕事は年度末という事もあり、ここ最近は残業続きでしたが何とか無事に今年度の業務を終えることができました。感謝、感謝🙏✨神事の方もここ数年は色々な御嶽へご挨拶に行き、沢山の神様をお迎えし忙しくしておりましたが、だいぶ落ち着いております。私の経験として、神事にもサイクルがあると感じております。神の道を歩むために色々な場所(神様に呼ばれる場所)へ行き、地盤固めをする時期。その後しばらくは腰を据えてじっくりと神事に取り組む時期。これを繰り返し、一人前になって行く。というイメージです。私も昨年までは地盤固めのための色々な課題に取り組み、体調不良と戦いながら必死にやってきました。そんな私、昨年の暮れあたりから時期的な体調不良(お盆の時期やお墓参りの時期など)、悪夢を見たり眠れなくなる。という事がなくなりました。「私って普通の人に戻ったかも!?」と思うくらい、よく眠れる😂そんなある日、依頼者さまからの相談を受けた際に今までよりもクリアに色んなものが視えました。その瞬間に「あぁ。。。私のカミダーリは終わったんだな。」と確信しました。カミダーリが始まって21年目。ここまで本当に長かった。でも、乗り越えられた。苦しい事の方が多かったけれど、今となっては全てが財産✨✨本当に感謝です😌✨カミダーリが終わっても、神人としての修行は一生続きます。でも私は全てクリア出来る!!と感じています。思い返してみると、「かわいそうな私」を卒業する!!と決めたことも大きなきっかけだったなぁと思います。物事は全て、その人のベストタ
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神障り(カミダーリ)の始まり

神人、ユタは精神的な病、身体的な病を患う事が多い。それはユタ本人の場合もあれば、家族がこのような病を患う事もある。実際、私の周りの神人、ユタさんもほぼ全員がこのような状況を経験している。そう考えると、長い長い神障り(カミダーリ)を経験したのが息子ではなく自分で良かったと心から思える。ここからは私の想像を絶する神障り(カミダーリ)について書いていきます。私の神障り(カミダーリ)は、ある日突然やってきました。私は子どもの頃からいわゆる健康優良児。霊感があり、色々なものが視えてはいましたが、健康に影響を及ぼす事はありませんでした。小学、中学、高校と部活に励み、沖縄本島へ移住してからも趣味でフルマラソンに出場するなど、体を動かすことでストレスを発散していました。もちろん風邪をひくこともほとんどなく、正直「保険証なんて要らない。」と思っていたほど😂そんな私がある日突然、全身の痛みに襲われ人生が180度変わってしまいます。神障り(カミダーリ)が始まったのは、何と息子がお腹の中にいる時。妊娠6ヶ月の時でした。当時の私は妊婦にも関わらず、毎日元気にウォーキングをしていました。神障り(カミダーリ)が起きる前日も5kmほどウォーキングをしたのを覚えています。翌日、左肩の激痛で目覚めた私。「寝違いかな?お腹大きいから変な体制で寝ちゃったかな?まぁ、3日もすれば治るだろう。」その時はそう思っていました。しかし、肩の痛みは一向に良くならず。。。痛みは段々と全身に広がっていきました。激痛で眠れない日々。病院へ行っても、「妊婦だからレントゲンを撮る事も、薬を出すことも出来ない。」と言われ、泣きながらただ時間
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三途の川

私は息子を抱っこした事がほぼありません。重度のカミダーリの中で生まれた息子。幸い大きな病気もなく、元気に育ってくれました。息子を布団に寝かせたままミルクを飲ませ、私自身もほとんど寝たきりの状態で子育てをする。そんな日々でした。自分の神棚が持てないので、毎日ヒヌカン様(沖縄の台所に祀られている火の神様)へ手を合わせ、「お願いです。睡眠だけでも取らせてください。」とお祈りする日々。育児はおろか、自分の事も満足に出来ない私は、いつからか「もう楽になりたい。死にたい。」と思うようになっていました。そしてある日、インフルエンザから重度の肺炎に罹り、入院することになります。病院で抗生剤の点滴をし治療を始めましたが、体調はどんどん悪化し遂に意識がなくなってしまいます。意識がなくなった私は、大きな川の前に立っていました。向こう岸にはきれいなお花畑。女性が手招きをしています。「こっち側は暖かいよ。痛みも苦しみもないよ。早くこっちにおいで。」私は「向こう側に行きたい。でもどうやって渡ろう。」向こう岸へ渡る方法を考えている私の横に、突然白い着物を着た女性が現れ「本当に向こう側に渡るのか?向こう側に渡ったらもう二度と息子には会えないよ。」と私に話しました。「えっ、もう息子に会えないの?それは嫌です。」そう言った私に、女性が「もう神棚を持ってもいいよ。神の道へ入りなさい。」その言葉とともに、女性が私の足元からスーッと枕元へ移動し私に何かを手渡しました。高島暦です。沖縄のユタさんが拝みの日にちを選んだり、判事に使用する暦です。暦を受け取った瞬間に私は現実世界に戻ってきました。目を開けると病室には家族が集ま
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「当たり前」の有難さ

神障り(カミダーリ)が始まったのは約18年前。そのうち10年間は、ほぼ寝たきりだった私。8年ほど前、病院の先生から「☆misa☆さん、少しづつ歩く練習をしましょう。このままだと45歳には完全に寝たきり、車イス生活ですよ。」と言われ、両足首にサポーターを装着しての歩行訓練が始まりました。当時は足の裏を地面に着ける事すら困難(足の裏が地面に着くと激痛が走る為)な状態で、苦痛に顔を歪めながらリハビリをしていました。リハビリ開始から3年後、何とか普通に歩けるようになり、竜宮神を探し始めます。時間がある時はウォーキングをして、体力回復に努めてきました。そして先日。。。何と!!少しの距離ですが走る事ができました!!✨✨約20年ぶりのジョギングです。嬉しくて泣きながら走りました。「走る」という当たり前の事が、こんなにも嬉しいなんて😭何より、私の人生でまた走れる日がくるなんて。18年前にカミダーリが始まった時、毎日「死にたい。」と思っていた私が、今は「生きていて本当に良かった。」と心から思える。毎朝目が覚めて一番にヒヌカン様、マウの神様にお伝えする言葉。「今日も普通に起きる事が出来ました。ありがとうございます。」当たり前に起きて、ご飯を食べて、仕事に行く事。疲れて帰ってきて、温かいお風呂に入り、温かいお布団で寝られる事。大好きな場所で癒される事。大切な人と一緒に過ごせる事。そんな「当たり前」の事が、実は奇跡で本当に有難い事なんだ。と改めて感じています。30代の一番忙しくも楽しい時期に、私は楽しい思い出がほとんどありません。「なんで私ばっかりこんな苦しい思いをするの?」毎日そう思っていました。で
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ユタさんを訪ねる

ある日突然、カミダーリが始まった私は藁にも縋る思いで生まれ島のユタさんを訪ねることにしました。その当時は祖母はまだ現役の神人でしたが、昔から神人は身内の判事は出来ない。 という言い伝えがあるので、全く知らないユタさんの元へ足を運びました。そのユタさんは「あなたは自分のことを普通の人だと思っているの?神事をしなさい。 神の道に入りなさい。」開口一番、私に言いました。 「でもね、子どもを産んで3年は神事は出来ないからもう少しの辛抱だね。」 (その他にも神事についてはかなり細かいルールがあります)一日も早く楽になりたい私は、ユタさんの言葉が受け入れられず、その後もあちこちのユタさんを訪ねました。それぞれ仰ることは若干違いがあるものの、皆さんに共通して言われたのは「神事をしなさい。神の道に入りなさい。」というものでした。それから数か月後、無事に息子を出産し薬を服用できるようになった私は、毎日痛み止めを飲みながらの育児が始まります。その間もずっとカミダーリは続き、全身の激痛、夢、霊障が酷くなり全く眠ることが出来なくなっていきました。次回はカミダーリの最中に最も強烈だった出来事について書きたいと思います。今日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。素敵な週末をお過ごしください💖☆misa☆
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