私たちは自分で叶えられる素質がある夢しか持てない

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コラム
夢や願いを持った時点で、それがどんなに非現実的に見えても、それを叶える素質や環境の種はすでに自分の中にある。そもそも人は、完全に無関係なものを願わない。

私はメジャーリーガーになりたいと、一ミリも思ったことがない。野球に人生をかけたいとも思わないし、自分がスタジアムでプレーしている姿も浮かばない。つまり、そこに向かう素質の種が、私の中にはほとんど存在していないということだ。

逆に言えば、「なりたい」と思える時点で、それは無から生まれた妄想ではない。自分の中にある小さな適性、関心、感覚、価値観。それらが組み合わさって、「それになりたい」という願いとして表に出てくる。

もし私が総理大臣になりたいと思ったとする。それはただの空想ではない。社会全体を見る視点、人をまとめる感覚、責任を引き受ける意志、影響力を持ちたいという欲求。そういった要素の種がすでに自分の中にあるから、その願いが生まれる。

願いは未来から来たものではない。過去の自分の蓄積から生まれる。だから夢の大きさは問題ではないし、現実的かどうかも関係ない。願いが浮かんだという事実そのものが、それを叶える方向に向いている証拠だからだ。

多くの人はここで逆のことをする。「こんなの無理だ」「現実的じゃない」「自分には才能がない」と考えて、芽が出る前に引き抜いてしまう。でも願いは雑草ではない。自分の中からしか生まれない種だ。

だから大事なのは、叶うかどうかを考えることではない。その願いをちゃんと認めることだ。

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