やればできるはずなのに、なぜか続かない。
そんなときに考えたいことがあります。
最近、とある言葉が気になりました。
「頑張ればできる。やったらできる。大事なのは、やるかやらないかじゃなくて、どうありたいか、そうあるにはどうしたいか」
この言葉を聞いたとき、なるほどなと思ったんです。
何かが続かないとき、私はつい
「できない」
「向いてない」
「意志が弱い」
みたいに考えがちです。
でも、本当にそうなのかなと。
たとえば、早起きしたい。
読書したい。
勉強したい。
片づけたい。
ブログを書きたい。
そういう「やりたいこと」があるのに進まないとき、私たちはすぐに「できない理由」を探しがちです。
時間がない。
体力がない。
やる気が出ない。
生活がバタバタしている。
子どもの予定で崩れる。
仕事で余力がなくなる。
もちろん、どれも本当にあることです。
特に毎日やることが多い中では、「気持ちがあれば何でもできる」みたいな話では全然ありません。
ただ、それでも少し立ち止まってみると、
“できない”というより、
今の形だとやれない
だけのことも多い気がしています。
ここ、似ているようで少し違うんですよね。
能力が足りないからできない、ではなく、
今の生活に置いたとき、そのやり方が重い。
だから動けない。
それなのに、「やれない=自分の問題」と受け取ると、どんどん苦しくなります。
以前の私は、続かないことがあるたびに、わりと雑に自分を責めていました。
また止まった。
やっぱり三日坊主。
口だけになってる。
こういう考え方って、気づかないうちにじわじわ効いてきます。
でも最近は、責めるより先に、
私はどうありたいんだっけ
を考えた方がいいのかもしれない、と思うようになりました。
たとえば、
毎朝5時に起きる人になりたい、ではなく
朝に少しだけ自分の時間を持てる人でいたい
毎日本を30分読む人になりたい、ではなく
日々の中で少しずつ言葉に触れていたい
完璧に片づいた家を保ちたい、ではなく
自分が少しラクに動ける空間にしたい
こんなふうに、「行動」より先に「ありたい姿」を言葉にすると、少し見え方が変わります。
不思議なのですが、
「5時起きできなかった」だと失敗感が強いのに、
「朝に5分でも自分の時間を持てた」だと前進に見える。
目標の立て方ひとつで、続けやすさってかなり変わるのだと思います。
ここで大事なのは、理想を下げることではなく、
理想を現実に置ける形に変えることなのかもしれません。
やればできる。
たしかにそういう面はあると思います。
でも、毎回「やればできる」で押し切ろうとすると、だんだん苦しくなります。
人はずっと元気でも、ずっと前向きでも、ずっと余裕があるわけでもないので。
だから必要なのは、
「もっと頑張ること」より、
やれる形に調整することなのでは、と思います。
たとえば、
・30分やる予定を5分にする
・毎日やるではなく、週3にする
・完了を目指すのではなく、着手だけで合格にする
・一人で抱えるのではなく、報告先を作る
こういうことって、一見すると弱気に見えるかもしれません。
でも実際は、続けるための現実的な工夫なんですよね。
できる・できないの話にしてしまうと苦しいけれど、
どうありたいか、そのために今どうしたいか、まで落とし込めると、少し動きやすくなる。
私はそこに、習慣化のヒントがある気がしています。
もし今、
・やりたいことはあるのに進まない
・「できない自分」を責めがち
・何度も始めては止まってしまう
・目標の立て方からよく分からない
そんな状態なら、
足りないのは根性ではなく、言葉の整理と設計かもしれません。
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やればできる。
でも、その前に。
自分を責めるより、やらない理由をほどいて、続けやすい形に変えていく。
その方が、少しやさしく、少し現実的に続けていける気がしています。