第7話:距離を取るほど、引き寄せられてしまう
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距離を取ると決めた。
あの日、はっきりと。
それから私は、意識的に蒼さんとの接触を減らした。
必要以上に話さない。
目も合わせすぎない。
仕事のやり取りも、できるだけ簡潔に。
「…澪さん、この件ですが」
「はい、こちらで対応しておきます」
会話は、それだけで終わる。
以前なら、もう少し言葉が続いていた。
少しだけ空気があった。
でも今は、完全に“業務”だけ。
(……これでいい)
そう自分に言い聞かせる。
でも。
なぜか、落ち着かない。
仕事はうまくいっている。
評価も変わらない。
むしろ、以前よりスムーズかもしれない。
なのに。
(……なんでこんなに気になるの)
気づけば、無意識に探してしまう。
オフィスの中で、
蒼さんの姿を。
どこにいるのか。
誰と話しているのか。
そんなこと、どうでもいいはずなのに。
「……はぁ」
小さく息が漏れる。
その時だった。
「最近、距離ありますね」
背後から、声が落ちた。
心臓が、一瞬で跳ねる。
振り返る。
蒼さんが、そこにいた。
「…そうですか?」
できるだけ平静を装う。
「はい。以前より」
視線が、まっすぐこちらを捉えている。
逃げ場がない。
「気のせいじゃないですか」
そう返す。
でも、声が少しだけ硬い。
蒼さんは、少しだけ間を置いた。
「…何かありましたか?」
その一言で、
一気に心が揺れる。
(……やめて)
優しくしないで。
踏み込んでこないで。
「何もないです」
即答する。
「そうですか」
それ以上は、何も言わなかった。
でも。
その沈黙が、逆に重かった。
(……なんで)
なんで、そんな顔するの。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、
寂しそうに見えた。
その日の帰り道。
私はずっと、その表情を思い出していた。
(……違う)
距離を取るって決めた。
それが正しい。
なのに。
(……あんな顔、しないでよ)
頭では分かっている。
これは必要な距離だって。
でも。
心が、それを拒否している。
(……戻りたい)
ふと、そんな感情が浮かぶ。
前みたいに、自然に話して。
自然に近くにいて。
でも、それをしたら。
(……壊れる)
分かっているからこそ、
踏み出せない。
翌日。
「澪さん、この資料ですが」
また、いつもの距離。
いつもの声。
でも。
ほんの少しだけ。
お互いに、意識している。
その“わずかなズレ”が、
逆に距離を強く感じさせた。
(……もう戻れないのかな)
そう思った瞬間。
「…昨日の件ですが」
蒼さんが、少しだけ言葉を選ぶように続けた。
「無理に距離を取る必要はないと思います」
心臓が、大きく鳴る。
「…え?」
「仕事に影響が出るなら、本末転倒です」
あくまで“仕事”としての言葉。
でも。
(……それだけ?)
少しだけ、期待してしまった自分に気づく。
「…分かりました」
それ以上は言えなかった。
でも、その一言で。
また、バランスが揺れ始める。
距離を取れば、気になってしまう。
近づけば、壊れそうになる。
どっちに進んでも、正解がない。
それでも。
確実に、引き寄せられている。
抗えない何かに。
続く。