人は、なぜ偶然に意味を見つけてしまうのか

人は、なぜ偶然に意味を見つけてしまうのか

記事
コラム
■ふと時計を見たら、 11:11だった

■悩んでいた時にたまたま聴いた曲の歌詞が、妙に心に残った

■何気なく引いたカードが、「今の自分のことを 言われている気がする」

もちろん、
冷静に考えれば、 全部ただの偶然です。

時計の数字は、ただの時刻。
曲は、 誰にでも聞こえている。
カードも、どの1枚も確率は同じ。

でも、私たちは時々、
その偶然を、
ただの偶然として 通り過ぎることができません。

「何か意味がある気がする」

そう感じてしまうのです。

合理的に考えれば、
偶然に意味なんてありません。

そう言ってしまえば、身も蓋もありません。

でも、人間って、
そんなに合理的な生き物なのだろうか。

私は時々、 そう思います。

恋愛だってそう。
仕事だってそう。
友人との出会いや別れだってそう。

本当は、
理由なんて分からないことばかりです。

なぜ、 あの人を好きになったのか。
なぜ、 あの会社を辞めたのか。
なぜ、 あの言葉がずっと心に残っているのか。

説明しようと思えば、 
いくらでも説明できます。

でも、
その説明が 本当に正しいのかは、
案外、 誰にも分からない。

それでも私たちは、
後から物語を作ります。

「あの失敗があったから、 今の自分がある」
「あの出会いが、 人生を変えた」
「あの時、 あの言葉を聞いたから」

そうやって、人生の出来事を、
意味のある出来事として 並べ替えていく。

でも、それって、
嘘なのでしょうか。

私は、
この点がずっと不思議に思っています。

客観的に見れば、
ただの偶然だったかもしれない。

別の道を選んだところで、
結局、 似たような人生に
なっていたのかもしれない。

意味なんて、
後から作っただけなのかもしれない。

でも、人は、
意味があったと思えたことで、
救われることがあります。

前を向けることがあります。

もう一度、 歩き始められることがあります。

意味が先にあったのか。
それとも、後から作られたのか。

そんなことは、もしかすると、
それほど重要ではないのかもしれません。

私たちは、
世界をそのまま見ているようですが、
実は、
自分なりに解釈しながら生きています。

つまり、同じ出来事が起きても、
人によって意味も解釈も異なります。

もしかすると、人間には、
意味を作らずにはいられない仕組みが
備わっているのかもしれません。

それは、
弱さなんでしょうか。

現実を受け入れられない、
人間の都合の良い癖なんでしょうか。

私は、
そんな単純なこととは思えません。

もし、人間が、
何も意味を見つけない生き物だったら。

失敗は、ただの失敗。

別れは、ただの別れ。

人生は、起きた出来事が
順番に並んでいるだけのものに
なってしまう気がするのです。

私たちは、偶然を拾って、
そこに意味を見つけたり、
意味を作ったりしながら、
生きています。

それが正しいのか。
思い込みなのか。

今の私には、
まだ分かりません。

でも、あの日の偶然を、
ずっと覚えている人がいる。

その偶然によって、
少しだけ世界の見え方が変わった人がいる。

そういう人たちを見ていると、
人間という存在は、
合理性だけでは説明できない、
少し不思議な仕組みでできているのだな、
と思うのです。

気になっている出来事の意味を探ってみたいあなたにおすすめのサービスは、こちら。


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す