「向いていること」は、見つけるものなのか

「向いていること」は、見つけるものなのか

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例えば、
転職、副業、定年後の生き方…。

「自分に向いていることを見つけたい」

そんな言葉を、よく見聞きします。

本屋には適職診断の本が並び、
SNSでは、
「好きを仕事にした人」の話が流れてくる。

まるで、どこかに、
自分専用の正解が隠されているかのように。

私は、
そんな言葉を聞くたび、
少し不思議に思うのです。

「向いていること」って、
世界のどこかに存在しているのだろうか、と。

私たちは、
「向いていること」という言葉に、
少し夢を見ているのかもしれません。

それさえ見つかれば、
努力しなくても続けられて、
苦労も少なくて、
自然と結果が出て、
毎日が充実する。

そんなものが、
どこかにあるような気がしている。

でも、
もし本当にそんなものがあるのなら、
なぜ、
あれほど多くの人が、
長い時間をかけて悩み続けるのでしょう。
私は、
「向いていること」とは、
宝探しのように見つけるものではなく、
後から、
そう呼ばれるものなのではないか、
と思っています。

最初は、好きでもなかった。
得意でもなかった。

でも、なぜか続けてしまった。
気がつけば、何年もそのことを考えていた。

そんな積み重ねの先で、
「あぁ、これは向いていたことなのかもしれない」
と、少し驚きながら思う。
向いているから続けられる、
のではなく、
続けていたら、
向いていると呼ばれるようになる。
もちろん、
すべてがそうだとは思いません。

最初から才能を発揮する人もいる。
好きだからこそ続けられることもある。
得意だから人に喜ばれることもある。

でも、
迷いながら、
遠回りしながら、
あとから
「これだったのかもしれない」
と振り返る人の方が、
多いような気がしています。

私は、
ゲームソフトを開発する仕事を
していたことがあります。

ビジネスコンサルタントとして
働いたこともあります。

写真家としても、
占い師としても活動しています。

それぞれ、ずいぶん違う仕事のように見えますが、
最近、気づいたことがあります。
私はずっと、
人の中にある、
まだ言葉になっていないものを見つけて、
それを差し出すことをしていた。

ゲーム開発でも、
コンサルでも、
写真でも、
占いでも。

やっていることは、
ずっと変わっていなかったのかもしれません。

その発見は、
自分でも少し、
驚くようなものでした。
もし若い頃の私に、
「あなたはこれに向いています」
と言われていたとしても、
たぶん、信じなかったと思います。

「向いていること」は、
最初からそこにあったのか。

それとも、
歩いてきた道の上に、
あとから現れたのか。
正直、私にも分かりません。
ただ、
今、向いていることが分からなくても、
そんなに焦らなくていいのではないか、
と、思います。
まだ見つかっていないのではなく、
まだ、名前が付いていないだけ。
何年かあとに振り返った時、
「あぁ、私はずっとこれをやっていたんだ」
と、少し驚きながら気づく。
そういう順番で、
自分を理解していく。

それもまた、
悪くない道のりだと、
私は思っています。

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