もう連絡することはないけれど、どうしても気になってしまう。そんな夜、あなたはそっとスマホを手に取って、彼の友達のSNSを開いていませんか。
直接彼のページを見るのは勇気がいるし、足跡がつくのも怖い。だから、彼の周りにいる人物のアカウントを辿って、今の彼を探してしまう。
画面に映る集合写真の、その端っこの方に、見覚えのあるチェックの袖が少しだけ映り込んでいる。あるいは、地面に置かれた見慣れたスニーカーがほんの一瞬だけ映る。
それを見つけた瞬間、「あ、元気でやってるんだな」と、胸の奥に溜まっていた重たい塊が、ふうっと溶けていくような感覚になる。
そんなふうに、写真の隅っこで彼の生存確認をしては、安堵と切なさが入り混じった複雑な気持ちで夜を過ごしているあなたの姿が、僕には目に浮かびます。
人からは「未練があるの?」「執着しすぎだよ」なんて言われてしまうかもしれないけれど、僕は、それはあなたがそれだけ深く人を愛せる、優しくて繊細な心の持ち主だからだと考えます。
繊細な気質を持つ方は、一度心を通わせた相手の温度や、一緒に過ごした記憶を、細胞のひとつひとつに刻み込むように大切に持っています。
だから、お別れしたからといって、はい明日から他人です、と心をパチンと切り替えることなんて、到底できないんですよね。
あなたが探しているのは、彼そのものというよりも、彼が元気で笑っているという「安心」の証拠なのかもしれません。
彼が世界のどこかで、今日もちゃんと呼吸をして、誰かと笑い合っている。それさえ分かれば、自分の心も少しだけ報われるような、そんな静かな祈りに近い気持ち。
「袖」や「靴」だけで彼だと確信できてしまうのは、あなたがそれだけ彼のことを、細やかな部分まで慈しんできた証拠です。
その観察眼も、その記憶力も、すべてはあなたの深い愛情から生まれたもの。だから、ストーカーみたいだなんて、自分のことを責めないでくださいね。
ただ、そんなふうに誰かの影を探して夜更かしをしているとき、あなたの心は少しずつ、エネルギーを消耗してしまっています。
画面の中の彼を探すために使っているその大切なエネルギーを、ほんの少しだけ、今目の前にあるあなたの日常に戻してあげてほしいと僕は願っています。
例えば、彼を探して疲れ果てた指先を、温かいお湯でそっと温めてあげること。あるいは、彼を思い出してキュッとなった胸を、自分で優しくトントンと叩いてあげること。
彼が元気であることを確認して安心した後は、どうか「今日も私は頑張って生きたね」と、自分自身の生存確認もしてあげてください。
今はまだ、彼の影を追うことでしか保てないバランスがあるのかもしれません。それはそれで、今のあなたにとっては必要なプロセスなのだと僕は受け止めています。
無理に忘れようとしなくていいし、無理にSNSを見るのをやめようとしなくていい。ただ、その行動の根っこに、あなたの限りない優しさがあることだけは、忘れないでいてください。
少しずつ、本当に少しずつでいいんです。写真の端っこの彼を探す回数が減って、代わりに自分の好きな空の色や、道端に咲く花に目が向く日が来るのを、僕は静かに待っています。
あなたは、誰かをこれほどまでに想える、本当に美しくて豊かな心を持っているんですから。
その大きな優しさが、いつか他の誰かのためではなく、あなた自身の心を温めるために使われる日が来ることを、心理カウンセラーとして心から願っています。