「うつ病になったことを後悔していますか?」
その言葉を投げかけられるたび、私の胸の奥は小さく揺れる。
今の私は、長い付き合いとなった、この病との付き合い方を心得ている。
変調のサインを見逃さず、学んできた心理学や認知行動療法を駆使してコントロールできているという自負もある。
しかし、だからといって「後悔していない」と微笑むことなどできない。
好んで傷を負う人がいないように、病を歓迎できるはずがないのだ。ときにその問いは、無遠慮に心を傷つける刃となる。
けれど、同じ暗闇をくぐり抜けてきた仲間と視線を交わし、ぽつりと溢すときだけは、その意味が180度変わる。
「あなたも、あの夜を生き延びてきたのですね」という、孤独を分かち合うための温かい祈りになる。
この病は、「おぼつかない夜に不安を抱え、なんとか生き延びようと、頑張っている人が罹患している病なのだ」と。
このかつて私は、この病の出口を「元の自分への帰還」だと信じていた。かつてのように、期待に応え、成果を上げ、キャリアを駆け上がる。それこそが完全なる「克服」なのだと。
だが、焦りと屈辱の中で足が止まったとき、ある冷徹な真実が足元を突き動かした。
「元の自分に戻ったら、私はまた同じ場所で倒れるだけではないか」
その絶望が、私に古い執着を捨てさせてくれた。
治療とは、過去の模倣ではない。壊れた器を元通りに接着することではなく、全く新しい器を形作っていく作業だ。心と対話を重ね、「これからどう生きたいか」を新しく描き直すこと。それこそが、私が歩むべき本当のゴールだったのだ。
連日投稿しておりましたが、ちょっとこの文章は推敲が必要でして遅れました
沙門蒼俊 合掌
#おぼつかない夜#うつ病#本当のゴール