「転校生の刹那の時間」
記事
小説
11歳の時埼玉の学校から東京の学校に転校し
すぐ運動会があるらしく準備と練習が始まる
アワワワワ(((゚д゚; )))ワワワワッ
そして数日後の予行練習の時に棒倒しと言う
競技をしたら女子の髪が引っ張られて大量に
抜けて病院送りになった事件が起きてしまう
この頃から運動会で危険とされてた組体操や
棒倒し等は国が危険視し始め運動会の競技で
消滅して行ってた
そんな中この学校では棒倒しが生徒達の間で
人気な競技だった為中止せず頑張って続けて
みんな楽しむ事が出来てた
しかし今回の件で棒倒しは中止せざる得なく
我々はとても残念な気持ちになる
数日後無くなった棒倒しの代わりの穴埋めで
玉入れが復活する事になった
でもこの競技は子供達に人気が無い様で誰も
喜ぶ事が無く全員仕方ないかと言う雰囲気で
しょぼくれてた
そして次の体育授業に玉入れ開始位置までの
移動から玉入れして終了しその後球を回収し
待機場所に戻るまでの練習をする
この時移動して玉入れするまでは良かったが
その後の球の回収が面倒でこれが生徒達には
不評だから無くなったんだなと感じた
その後も体育の時間には運動会の練習を行い
大体流れが解って来て運動会当日になった
ヒィー(゚ロ゚ノ)ノ
運動会当日は日曜日でこの頃まだ週休2日は
存在して無く土曜日が半ドンと言う午前中で
仕事も学校も終わる文化だった
(´・д・`)ショボーン
なので会社も学校も休みが日曜日のみだから
行事は必ず日曜日に行われてた
この日は家から体操着で登校し母親と父親は
昼食一緒に食べるお弁当を作が長引いて俺と
一緒に登校できず後から来る事になる
仕方なく俺と弟のヨッチで先に学校に行って
到着後入場行進の準備をしとうとう運動会が
始まり校庭に入場していった
この時父親と母親を探したけど見つけられず
恥ずかしがり屋の俺は父親と母親がみてると
照れて本領発揮できないから内心ホッとした
そして開会宣言も終わり所定の待機場に行き
自分達の競技の順番を待つ事になる
しかしこの間1時間以上待たなくてはならず
とても退屈で何もする事無いから近くの子と
しりとりや指相撲やあっち向いてホイ等して
待ってた
本当は地面に絵を描きたかったがこの学校は
埼玉の学校の様に砂利ではなく校庭の全面が
コンクリートで敷き詰められ絵が描けない
そしてようやく俺の出場するバトンリレーの
順番が来て同じ体勢で硬くなった体を起こし
ヨタヨタしながらスタート地点に向かった
ε-(ノд`; )フゥ…
ーつづくー